【心と体が視えない彼女】

楠本恵士

第1話・視えない彼女〔港が見える丘〕

 SE・港、豪華客船の汽笛


Transparent


T「この港が見える丘、すごいね。あの豪華客船どこに行くのかな?

ねぇ、あたしの声、ちゃんと届いている? キョロキョロしないで、ちゃんとあたしを見て……」


T「あたしは、君の近くにいるよ。えっ、あたしの姿が見えないの……そっか、やっぱり、君にも見えていなかったか……ちょっと、残念」


T「てっきり、見えていると思った……だって、あたしの方ばかり見ていたから……あっ、客船が港を出ていく。バイバイ」


 SE・汽笛


T「君のコト、もっと知りたいな……ねぇ、ベンチに座ってなんの本を読んでいたの?

多次元宇宙論? へぇ、難しそうな本を読んでいるんだね……だからかぁ、君になんとなく惹かれたのは納得」


 SE・子供が遊んでいる声


T「この公園、結構親子連れも来るんだね……さっきの話しの続きだけれど、君、学生だよね……どんな部活に入っているの? あっ、待って言わないで当てるから。

あんな難しい本を読んでいたから理系の部活かな、科学部とか」


T「なに、そのニヤニヤした顔……えっ、帰宅部なの、この近くに住んでいるの? えっ、何? 停めてある赤い自転車を指差して……あっ、家遠いんだ」


T「また、会えるかな? この場所で……それはムリっぽい。今日はたまたま、天気が良かったから自転車で遠出をして来てみて。

偶然にあたしと、出会ったんだ……これって、もしかして運命的な出会いかな? えへっ」


 SE・時刻を知らせる公園のチャイム(ベル)音


T「もうこんな時間……帰らなくちゃ。じゃあ別の場所に日時を決めて会おうか……出会ったばかりなのに、少し強引すぎる?

こんな美少女と出会えるチャンスなんて滅多にないぞ……君のコトがもっと知りたいから、応援もして励ましてあげたい……どうしてかって」


T「最初に見た時に、自信がなさそうな顔をしていたから……君、理系とかの大学に進んだ方が本当にいいよ、君は科学者とか発明家が向いている。君ならできる! あたしが保証する…その根拠? それは今は秘密…じゃあ、駅前の銅像の前で今度の休日に待ち合わせなんてどうかな? まだ、駅前の銅像あったかな?

えっ、あるに決まっている…そ、そうだよね」


  ◇◇◇◇◇


 視えない彼女〔駅前の待ち合わせの銅像〕


 SE・人が行き交う雑踏音から、雨の降る音に。


T「来てくれたんだ……朝から雨予報だったから来てくれないと思った、ううん、あたしは全然平気……何時間でも待っていられる。

君の方こそ大丈夫? ずぶ濡れじゃない……雨の中を駅前を探して走り回ってくれたんだ。

ごめんね、あたしがちゃんと、どっち側の駅前銅像か言わなかったから。

まかさ、二つ別々の銅像があったなんて……本当にごめん」


 SE・強まる雨音


T「うわっ、雨が強くなってきた。早く建物の軒下に避難しないと。

君、ずぶ濡れだよ……早く」


 M・雨から逃れた喫茶店の軒下、店内から微かに聴こえてくる音楽


T「あっ、あたしこの曲楽好き。古い曲だけど……えっ、最新の先月発売された曲? そうなんだ、あっ、ハンカチ……ありがとう、あたし濡れないから大丈夫だよ。

雨で少しだけ輪郭見えているって……どう、あたしの姿。髪が長くて驚いた? ショートヘアだと思っていたの……前はショートヘアだったけれど、今は肩の辺りまで髪を伸ばしているから」


 SE・雨のあがる水溜まりの音。


T「雨、あがったね……どうしたの? 顔色が悪いよ、ガタガタ震えている……大変! 今日はもう帰った方がいいよ……あたし、君には触れないから……本当にごめん、ムリさせちゃったみたい」


  ◇◇◇◇◇


 視えない彼女〔君の部屋〕


 SE・雨垂れ音


T「大丈夫? まだ少し熱がある感じだよ……ごめんね、あたしには何もできない……あたしは、ここに居るように見えて、本当は居ないから……どういう意味かって? 今は言えない」


T「へえっ、こんな本や音楽を聞くんだ難しそうな本ばかり読んでいると思っていた……あっ、君はサッカー好きなの? 部屋にポスター貼ってあるけれど? 小学生の時に一時期、熱中していたのか……意外、少年サッカーのチームに入っていたのね……でも、どんなに努力しても試合に出れなかったからやめちゃったんだ……それが君の自信が無さそうな理由だったんだね……ごめん、そんな理由があったの知らないで。

無責任に、理系の大学に進んで科学者か発明家になった方がいいなんて言っちゃって」


 M・雨から逃れた喫茶店の軒下で、二人が聴いた音楽


T「うん、熱が下がって元気になったらサッカーの試合、一緒に観に行こうね」

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