~最終話 女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた後に~

 騎士団の寮の前で結婚指輪の入った紙袋とユリナに貸したショールを持って待っていたエリックは、リサの帰りの遅さに心配が募っていた。

 こうして待って、早一時間と少し。夜も深まり、ユリナが婦女暴行の犯人を近づけやしないといったものの不安は募る。

 だが騎士として今後もいるという事は、今回は守ると言われているものの危険だと言われる地域に行けとリサが命令された時、エリックは見送らなければならないのだと思う。

 そう思えば前線で戦う騎士も大変だろうが、待つ方も待つ方なりの大変さを感じる。

 結局リサが返ってきたのはもう、日付が変わろうかとした時で、ショールをユリナに貸しているせいで何処か寒そうにしていた。


「遅いな。日付変わったぞ」


「犯行時刻がいつも遅いのよ。でも今日は釣れずじまいだったわ。被害者が出てない事を祈るばかりよ」


「お前に被害がなかったなら良かった」


 きっと犯人はユリナ達に始末されているはずだ。今日やると言えば今日やるのがユリナなので安心しても良いだろう。


「そんなの返却いつでも良かったのに。こんな夜まで待ってなくても」


 ショールに目をやったリサはそんな事、露知らずショールだけエリックの手から受け取ろうとしたので、手をグイっと引っ張りリサを抱きしめようとした。

 だがリサは距離を取ろうとし、急いでリサの背に腕を回す。


「おわっとぉ。急に引っ張んないでよ!」


 甘い空気を作り出そうとするのだが、リサはエリックの胸板をグイっと押しやる。男と女と言えど、文官と騎士。何故ここで力比べをしなければならないのかと思いつつ、腕に力を込めるが、結果だけ言えばエリックは負けた。

 リサはエリックから距離を取り、怒り出す。


「何すんのよ! ここ寮の近くよ。くだらない噂好きいっぱいなんだから余計な事しないでちょうだい」


「お前には雰囲気を大事にするとかないのか……。相変わらずだが空気読めよ」


「今日ほど空気読んだ日はないわよ」


 恐らくユリナとの事を言っていると思われるが見当違いもいいところである。それを正しに来たとも言うのだが。


「空気を読まれた覚えはない」


「そう? まぁ、明後日の誕生日に教えてあげるからさ。楽しみにしてなさいよ」


「お前が空気を読もうとすると逆に怖いんだが、何しようとしている」


「誕生日プレゼントだし、あんたが喜ぶこと考えてるわよ」


「俺が喜ぶことがなんなのか分かるはずない」


 そもそも今日ユリナに結婚指輪を購入させられたのは何も任務だけの話ではない。今日はリサの誕生日なのだ。

 毎年、仕事の給金で買えるものを贈ってきた。だが今日はその仕事の給金を貯めてやっと買えたものを贈りたくて贈る。

 それはリサには分からないかもしれないし、リゼックというブランドは有名だとユリナが言っていたから何となく勘づいているかもしれない。

 だがリサが明後日のエリックの誕生日に用意しているものには何か嫌な予感がした。


「なら教えてあげるわよ。でも準備が整うのはあんたの誕生日で最短だと思うけど?」


「言ってみろ」


「婚約破棄よ。あ、私に非があるように手回しするからそこは安心するのよ! だからあんたはすぐ再婚約しても問題ないと思うわ」


 もう天を仰ぎたくなるのは本日で何度目だろう、とエリックは思わずにはいられなかった。

 確かに勘違いさせる行動をここ少しの間、任務と前払いの条件でしていたことには全面的にエリックに非がある。そこは認める上に謝罪もする。だが婚約者に事実を問いたださずに、婚約破棄される事にはショックを受けざるをえなかった。

 リサにとってはエリックはそれまでの存在だったのか、と。


「……10年婚約していた俺が喜ぶと思ったその心は」


「ん? だって10年婚約してて結婚しないって私たちは縁ないと思うのよね。そんな中、あんたが女性と懇意にしてるって噂回ってきたし、いい具合かしらってね」


 はぁあああ、と深いため息をつくエリックに、リサは首を傾げている。


「何でそうなるんだよ! 馬鹿なのか! アホなのか! 結婚する気ないなら婚約なんぞとっくに破棄してるわ!」


「はぁ? 逆に結婚する気があるなら10年も婚約状態な訳ないじゃない」


 エリックは目を手で覆う。クソが、と思わず言葉も漏れてしまう。

 確かに自分が自立して、舞姫の隣に立てるまで成長し、且つリサを騎士のまま結婚後もいれるようにする為に婚約状態を10年も続けていたのは異常かもしれない。

 エリックのただのエゴと言ってもいいだろう。だがエリックはリサを手放す気はなく、今、まさに飛び立とうとしているのだから、もう隣に立てるまでとか言ってられないと、握りしめていた結婚指輪の入った紙袋をリサに押し付けた。


「日付は過ぎた。だが、受け取れ!」


「誕生日プレゼントにしては高すぎよ。買ったなら分かると思うけどリゼックって高いんだからね」


「……そんなもんじゃねぇよ。いいから受け取って、開けろ。もう雰囲気とかどうでもいいわ」


 値段なんか関係ない。舞姫を自分の隣に立たせる契約をする大切な指輪だ。

 ユリナが選んだ、というところが情けないところだが、デザインが気に入らなければまた作り直せばいい。ただ、今は渡すことが大切に思えたのだ。

 リサは紙袋を受け取り、ちゃっちゃかと開けて、指輪を見て止まる。


「分かったか?」


「まぁ、あんたにしちゃ趣味良いんじゃない。お嬢さんに喜ばれると思うけど、なんか雑に開けちゃったじゃない」


「……俺の婚約者は、エリック・リウェンの婚約者は、リサ・ローランドだ」


「知ってるけど」


「結婚指輪は婚約者に贈るものだ」


「うん。だから婚約破棄するから、お嬢さんと再婚約して贈ればいいと思うのよ。もしかしたらさ、あんた10年ほっといた責任感じてるかもだけど、やっぱりさ、愛してる人と結婚したほうがいいよ。私、あんたに不幸になってほしくないもの」


 エリックは再度大きくため息をはぁああとつく。

 確かにエリックが誤解をさせたのは認めるが、エリックの心を占めるのは何時だって剣を持って舞うリサしかいなかった。


「俺は婚約者を愛してる。いや、もう違うな。はっきり言えば馬鹿でも分かるだろ? エリック・リウェンは、リサ・ローランドを愛してる。だから結婚してほしい」


 ド直球勝負にエリックは出たが、それでもリサは訝し気な目線を送ってくる。

 ここまで誤解がリサに浸透しているとは思わなかった。言っても噂をユリナが広め始めてから一週間ぐらいの出来事だからだ。


「どっちが馬鹿なんだか。あのさぁ、本当に無理しないでほしいの。昇進の打診もあったし、私は婚約破棄で死んだりしないわ。だからちゃんと愛する人に渡してほしい。大丈夫よ。ちゃんと私の家には婚約破棄について手紙を出したわ」


「は?」


「明日には両親から返事も来ると思うし、何にも心配なんかいらないわよ」


「は?」


「だぁかぁらぁ、婚約破棄についてはもう私からは両親に打診済みなの! 分かる? だから心配いらない」


 リサに結婚指輪を梱包しなおし返されて、エリックは少し茫然とする。


「あのね、私、浮気症な男嫌いなの。お嬢さん、幸せにしてあげなさいよ」


 ショールだけ持って去ろうとするリサをまたエリックは手を引いて止めた。

 ローランド侯爵とは逆に結婚する了承を直接もらい、早く結婚しろと言われたくらいなのに、リサがそんな手紙を出せばプロポーズを失敗したかと思われているかもしれないと思う。

 貴族然としたローランド侯爵なので恐らく、王家の紋章入りの手紙もあるし破棄は絶対にしないと言い切れるが、当のリサの心がエリックに向かない。


「俺は一途だ。今日の女性は同僚だ。俺に女の好みは分からん。だから連れて行った。それだけだ」


 任務とは言えない為それだけ言って、梱包しなおされた結婚指輪をエリックが梱包を解いて出す。

 そしてちょっとキザったらしいかとも思ったが、リサの前で跪いた。


「家の力なんか使いたくなかった。だから10年待たせたのは俺の不甲斐なさが原因だ。俺にも昇進の話が来た。漸くお前に胸張って言える」


 昇進の話なんてもう少し前から来ていたが勇気が出なかっただけだとは言えなかったが、もう飛んで行ってしまう舞姫の隣に相応しくなくてもいい。これから相応しくなればいい。

 エリックはリサの目をまっすぐに見て、伝えた。



「待たせた。結婚してください」



 結婚指輪の入った小箱を開いてリサに差し出した。

 もうこれでエリック自体が嫌いだと言われれば、簡単には諦められないかもしれないが、覚悟をした。


「本当に、私のことが……好きなの?」


「小さいころからだ。俺が親父にお前と婚約させてくれって頼んだ」


「政略じゃないの?」


「違う。まぁ思惑は後付けで出来たかもしれないが、はじまりは俺だ。俺に剣の腕はなかった。だから女性で剣を振るえるお前が羨ましくて、剣を握っている姿を初めて見たとき目を奪われた。今思えばその瞬間、惚れたんだと思う」


 そう言えば今までに見たことないくらいに綺麗にリサが微笑んで、結婚指輪を受け取った。

 舞姫の隣に共に居ていいと、言葉がなくても嬉しくて、エリックはその場に座り込んで、頭が壊れたかのように笑った。


「なに? 壊れた?」


「いや、嬉しいだけだ」


 その日、見事にエリックのプロポーズは成功し、両家共に後日挨拶に行き、ローランド侯爵には少し笑われた。


「あのさ、結婚後も騎士で居られるのエリックのお蔭でしょ。ありがと」


「別に俺のお蔭じゃないな。ただ優秀だって言ってたから、リサの努力だ」


「でも騎士でいるとエリックにも迷惑がかかるかもしれない。エリックに被害が及ぶかもしれない」


「構わない。俺も侯爵夫人という肩書をリサに付けてしまうんだ。お互い様だろ」


 リサはそう言えば笑った。

 そして久々にリウェン家の稽古場でリサが剣で舞う姿を見せてもらう。

 当時とは圧倒的に力強さも、舞うスピードも違うが、変わらない事もある。

 それはエリックの目を奪う。



 ――――――――――



 あれからさらに1年の月日が流れた。

 リサは変わらず騎士団におり、エリックも変わらず文官をしている。

 ただ変わったのはリサ・リウェンになったこと。

 そして指にリゼックの指輪をリサとエリックが着けている事だ。



 舞姫は隣に降りたってくれたのだ。


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女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた(連載編) 宮野 楓 @miyanokaede

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