~6 10年の月日が流れる寸前に~

 今日も終わらない仕事と格闘しつつ、エリックとユリナはいつも以上の力で裁いていた。

 何故ならいつもは三人で熟しても終わらない仕事が、本日は二人対応だからだ。一人の同僚は子どもが生まれるという、良い理由でのちょっとした離脱だ。

 だがユリナ曰くその同僚は近々別れてもらうらしいので、怖いものだと思う。そしてエリックにはリサとくっ付いてもらわないと困るというので協力してくれるらしい。


「でさー、疎いエリックも気づいたと思うけど、もう作戦実行してるからねぇ」


「何故かお前との噂が広まっているな。リサが聞いて勘違いしたらどうしてくれる」


「そこんとこは大丈夫。見ながら調整するから。それより動いてもらう方だけど、まずリウェン家との約束を反故してもらうほうね」


 ユリナは一通の手紙をエリックに渡してきた。きちんと封蝋されており、そこに押されているのは王家の紋。ただ事じゃないとユリナを見返す。


「それ、ローランド家の当主にエリックから『今日』渡してちょうだい。定時で上がって、ね。もちろん、その後、戻ってくるのよ。仕事、終わらないんだから」


「中身は、何が書いてある……」


「秘密。でも結果、エリックと結婚後もローランド家はリサ・ローランドを騎士として残すと言わせる内容よ」


 王家の文章を意図も簡単に持ってくるユリナの正体も気になるが、中身も気になって仕方がない。ローランド家の当主は一時的にリサの騎士職を許しただけに過ぎないからだ。

 だが王家の何かしらでも書かれていれば、確かにリサを騎士に残さざるをえないだろう。断る選択はほぼ無いはずだ。ただ内容がリサにとって負担になるようなものではないのを祈るのみだ。


「確かに今日、届けよう」


「ちなみにあっちは今日、離婚させるわ。割と時間なかったわ~」


「子ども生まれたか、まだ生まれてないかくらいだろう」


「女の子が生まれたよ。だけどそうも言ってられないのよね。多分、お届け物終わって帰ってきたら分かるわ」


「なんで離婚させるかを、か」


「今は言えない。ただこれだけ。あの子にはあたしが関わっていることは内緒よ。憎まれるのも慣れてはいるけど、まだ任務に支障が出る」


 そう言われればエリックには頷くしか出来なかった。

 ユリナは王家の紋章入りの文章を持ってくることといい、噂話を広めるスピード、何もかもが上層部が絡んだ仕事をしている事を匂わせる。恐らくエリックにはわざとであるのは間違いがないが。


「あ、後ね、これはもちろん別日だけど一緒にリゼックに結婚指輪を買いに行くわよ。これは任務だから拒否権なーし」


「ふざけるな! リサの好みも何もかも考慮されてない」


「調査済みに決まってるでしょお。まぁ別の女と買いに行くってのが肝なんだけど、それ、エリックじゃ用意出来なかったでしょ?」


 それと指さされるのは王家の紋章入りのリサがこれからも騎士で居られる内容らしい手紙だ。これがその通りであれば、エリックにはこれ以上のものは手に入れられなかったのは事実。

 しかし他の女性と結婚指輪を買いに行く。恋人の噂が立っている女性と一緒に行く。これはリサの耳に入ったらやばいのではないか、とエリックも考える。恐らく逆の立場ならすぐさまリサの元に駆けて、真実を確かめようとするだろう。そして嫌な気持ちになるだろう。

 だがリサは果たしてエリックと同じように、嫌な気持ちになってくれるのかという不安も浮かぶ。これ幸いに婚約破棄でもされたらどうしようかとも考え、仕事の手は止めないが何とも言えない気持ちが渦巻いて仕方がなかった。


「ま、安心しなさいって」


 ユリナの言葉に安心はできないまま、仕事は定時を迎え、ローランド侯爵に手紙を渡しに行くべく送り出される。

 ローランド侯爵には今日のユリナに聞いた時点ではあるが、夕方行く旨は連絡しており、スムーズに侯爵に会うことが出来た。

 まだ婚約だけしてもうすぐ25の歳にもなろうとして結婚しない娘の婚約者をどう思っているのだろうか、と来て思ったが、顔には出さないようにする。


「ローランド侯爵。お時間取っていただき、感謝します」


「義理の息子になるというのに堅苦しい挨拶はなしでいいよ。要件を聞こうか」


 応接間に通されて、椅子に座るよう促されて座り、さっそく要件ときた。

 エリックはローランド侯爵が世間話に時間を割くのを良しとしていないと悟り、王家の紋章入りの手紙を差し出した。流石にその紋章を見たローランド侯爵の顔色は変わる。

 後ろで控えていた執事は何も言わずにペーパーナイフを差し出し、侯爵はそれで中身の確認を声も出さずに行う。


「……君は内容を知っているのかな?」


「知らされていません。ただリサが結婚後も騎士で居られる手紙だ、とだけ言われましたが、それだけでは中身の想像は出来ませんでした」


「ふむ。素直だな。結論だけ言えばそうだ。君と結婚後もリサには騎士を務めさせたい、とローランド家当主としてお願いしたい」


「私にとってはリサは剣を握ってこそ輝いているので、騎士として居させてやりたいと思っていたので、こちらからもお願いしたいほどです」


「ではリサが騎士で居ることは決定だ。そしてリサと結婚をしてほしい。婚約期間が長すぎると思わないかい?」


「それについては面目ございません。近くリサにプロポーズしたいと思います」


「当主である私がリサと結婚してほしいと言っているのだ。ここで君が結婚すると言えば後はリウェン侯爵の了承で終わるよ?」


「それでも、です」


「こういうのは娘を思っていくれているとして喜べばいいかな。だが私はあまりリサにそういった感情がない。他の娘たちにもだがね」


「それでも良いと思います。持てと言われて持つ気持ちではありませんから。その分、私がリサを幸せにしたいと思います」


 ローランド侯爵はエリックの回答が面白かったのか笑って、あぁいいね、と呟いた。


「貴族らしくなくて、でもいいよ。どうか、娘を頼むよ。そして断られないでくれ」


 最後に不吉な言葉を言われてエリックも、うっとなったが善処しますといい、仕事を理由に退室した。

 結局手紙の内容は分からなかったが、恐らくローランド侯爵も教える気がなかったと思われるので、気にしないことにした。最悪気になればユリナに聞けばいい。恐らく彼女は一言一句手紙の内容を把握しているはずだからだ。

 外に出れば赤みがかった空の頃に仕事場を出たはずなのに、真っ暗になっていたが、それでも馬車を自宅ではなく仕事場へ向かわさなければならない事に絶望しつつ、エリックは執務室に戻ってきた。

 戻ってくれば同僚が泣いて仕事場にいた。それをユリナが必死に励ましていた。


「お帰り、エリック」


「あ、あぁ。それより……」


 同僚に目を向ける。今日、ユリナに離婚させると言われていたとは言えないが、その通りになってしまったのだろうか。


「エリック、俺、もう本当どうしたらいいんだぁあああ」


「待て。事情が分からん」


「事情? 俺も分からないんだよ。ただ俺は娘が生まれたから、今日は縁起がいいもの食べさせようと思って、買い物から帰ってきたら、家がなかったんだ」


「奥さんや、子どもは?」


「焼死体が三人分見つかって、それぞれ妻と子どもたちが着ていた服の破片が、面影が残って……」


 そこから言葉を詰まらせ泣く同僚の肩を叩き、慰める。

 離婚させると言っても当事者同士の気持ちもあるし、そんな簡単にいくのかと思っていたが、一番簡単で確実な方法があった事を知った。これならば間違いなく、離婚させることが出来る。

 だがここまでせねばならなかったのかと思ったが、ユリナの事は同僚に知られるわけにはいかないので慰めるのに徹した。

 一通り泣いた同僚は、後の事が色々あるためもう少し休むとだけ力なさげに言い、仕事場を去った。

 同僚がいなくなったのを確認してから、エリックはユリナに声をかける。


「どうしてだ」


「ん? まぁ、それだけの事をしただけだよ。後は残党狩りだけって感じ」


「詳細は聞いても無駄か」


「侯爵になった時にどうしても知りたかったら聞いてよ。そしたら答えれる範囲は答えてあげる」


「遠いな」


「まだ若いからねぇ。いずれ嫌でも知るときが来るまで知らなくていいんじゃない?」


「同い年のはずだが」


「特殊なの。あたしはさぁ、感情欠落者って言えばいいかな? だから泣かれても、ふーんとしか思わないし、任務の為なら生まれた赤子でも容赦はしないよ」


 感情欠落者と言いながら、同僚だけはちゃっかり助けているユリナはきっと感情を押し殺しているに違いないとエリックは思った。ここ数年一緒に働いているが、感情は多彩な方だと思うのだ。

 だから見ない事にした。ユリナは仕事をしながら、目から涙を零していた。それを書類につかないように拭いながら、仕事をする様を見て、責めることは出来ない。

 そして定時を迎えたら、ユリナは復活していて元気になっていた。


「さぁ、リゼックに結婚指輪を買いに行くわよ。エリックくん?」


 先ほどまで泣いていたい人物と同一人物か、と思いたいが、楽しそうにエリックの腕を取り、されるがままにエリックは結婚指輪を買いに、リサとではなくユリナと行く羽目になっていた。

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