この日の訪問者

ねぎま

第1話 ノックの音が

「ドン! ドン!」 


 僕はその日、ノックの音――というよりも、安眠をむさぶる僕の頭を土足で這い回るかのような轟音――で目が覚めた。


「ドン! ドン、ドン! ドン! ドン!」


 ノックの音は更にそのボリュームを上げて僕の部屋に鳴り響く。


「一体、今何時だと思っているんだ?!」


 いつの時代にも人の迷惑を顧みない非常識な人間がいるものだ。



 今年は20XX年、癌もすでに不治の病ではなくなって数十年。人類は種としての最盛期をむかえているかのように、繁栄と太平の世を謳歌している。


 僕は壁に埋め込まれた、電波全方位感知時計に目をやった。


 時計の表示は午後一時前を指している。


 どうやら、非常識なのはむしろ僕の方なのかもしれない。


「さて、本日の訪問者は誰かな?」


 僕は、誰に言うでもなく独り言をつぶやきながらベッドを抜け出した。



 こんな、荒唐無稽な話をしたところで信じてらえないのは重々承知の上で聞いてもらえればありがたい。


 この部屋に引っ越してきて、今年で三年程ほどになるが、それ以来ずっと人智を超えた不可思議な現象に遭遇している。


 実害がないという意味では迷惑というわけでもないのだが、不定期にある日突然この部屋に訪れる不可思議な訪問者には未だに慣れることがない。


 ある時は、セックスシンボルとして名を馳せた往年のハイウッドの有名女優。


 またある時はおちゃめな写真で有名なさる高名な物理学者。


 ポップミュージックの歴史を変えたとされるイギリスの四人組ロックバンドが来た時は腰を抜かしそうになった。


 しかも、ポップミュージックの歴史でもっとも有名かつ最重要バンドである彼らのファンである僕は、あろうことか、つい調子に乗ってなにか一曲歌ってほしいとリクエストしまったのだ。


 すると驚くことに、バンドのリーダーが即興で、バンドの熱烈なファンである僕も聴いたことがない曲を披露してくれるではなか! 


 世に出ていない彼らの新曲だったのかも知れないのに! 


 ああ~、あの時うっかり録音していなかった自分を何度責めたかしれない。


 また、謎の微笑みをたたえる貴婦人の肖像画で有名な、ルネサンス期の画家で発明家も訪問者に名を連ねている。


 第二次で世界対戦で一時ヨーロッパを手中に収めた独裁者が現れた時は、さすがにどのように応対するのが正解なのか、対処の仕方に気を使ったものだ。


 果たして、僕が引っ越してくる前からの事象なのは知らないが、少なくとも契約時に立ち会った不動産会社の担当者からはなんの説明もなかったはずだ。


 また、こちらからクレームをつけるということもしていない。


 この部屋には……というか、この部屋の玄関ドアには何故か過去からの訪問者を受け入れる不思議な機能でも備わっているのだろうか。


 ここは五階建て集合アパートの最上階。


 あいにく、エレベーターなどといった気の利いた乗り物はとっくに故障して、修理もされないまま数年間も放置されたままだ。


 この廃墟寸前のオンボロマンションのオーナーがどんな人なのか知らないが、余程の資産家か、さもなければお金にルーズな大家さんであるのだろう。


 頭がズキンズキンと痛む。


 脳の中で鐘が鳴っているようで、自分の不始末を責めたところで頭痛が和らぐわけでもなく、僕は仕方なく惰眠を貪ったツケだと観念しながら布団から抜け出して玄関へ向かった。


 昨夜の深酒がまだ身体に残っているとはいえ、さすがにこんな時間まで眠り込んでいたとは我ながら歳をとったものだとちょっぴり反省した。


 執拗に玄関のドアをガンガン叩く、歓迎されない訪問者に文句を言えた義理ではない。


 玄関ドアを叩いて住人を呼び出そうとする訪問者に応対すのはもはや慣れ子になっていた。


 ドアフォンを知らないということは、まただいぶ遠い過去からのお客人だなと検討をつけながら、私は玄関のドアを開いた。

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