第11話 悪役令嬢見習いと王子

 ファミレスで昼食を済ませた後、私達は最初に行ったのとは別のデパートに行き、今度は凛音さんと凛斗君の感想も聞きながら服やアクセサリー、メイク道具を選んだ。

最初に行ったところでは、アンジェリカもこの世界のファッションを学ぶためなのか興味深そうな声を出しながら見ているばかりだったけれど、その一ヶ所だけでもだいぶ掴めたようで、選ぶ物はどれも私に合いそうな物だった。

そして、凛音さん達の感想も聞きながら決めた事で荷物はそれなりに多くなったけど、中々使い道を決められなかったおこづかいもようやく使えたので中々満足していた。

そうして二人と一緒に買い物をする事数時間、すっかり夕方になった頃に私と凛音さんはトイレへ行った凛斗君を待ちながらその近辺のベンチに座っていた。


「ふぅ……中々こんな風に買い物をしないから、だいぶ疲れたなぁ」

「そうなんだ。手慣れた感じで選んでるように見えたから、てっきり友達と来る事もあるんだと思ってたよ」

「そんな事無いですよ。小学校から今まで友達も全然いませんでしたし、一応来る前に下調べしたり凛斗君を助ける前も別のデパートに行ってたので選びやすかったんだと思います」

「……もしかして中々友達がいなかったのは、凛斗に絡んだっていう幼馴染みが理由かな?」

「……はい。と言っても、あの二人の本性に気づけなかった私がバカだっただけで、あの二人以外にも話したり遊んだりする相手を作っていれば良かったんです。

少し前までの私は平太の隣にいるならこれくらいは出来ないといけないなんて考えて勉強や合気道を熱心に頑張って、後は一緒にいたいという思いがあったから平太達を優先していました。

でも、二人からしたら私はもう幼馴染みどころかどうでもいい女になってます。あの二人は須藤さんに熱を上げて、須藤さんを守って気に入られるためなら凛斗君みたいに少し須藤さんを見たり声をかけたりしてきた相手にも突っかかっていくくらいなので、正直な事を言えば私だけじゃなく他の女の子にはまったく興味もないんだと思うんです。平太と一緒にいたいと思っていた頃の私みたいに……」

「梨花さん……」


 凛音さんは少し心配そうに私を見る。今思えば、少し前までの私は今の平太達に少し似ていた。誰彼構わず突っかかってみたり好きだからといってエッチな事をしたりはしなかったけど、他の男の子だけじゃなく、友達になれたかもしれない女の子にも興味を示さずに平太が好きだから平太の隣にいたいからという理由で色々頑張ってきた。

でも、こうして我に返ってみると、その姿はあまりにも愚かだった。誰かを好きになるというのは間違ってない。好きになるというのは、かつての私のように何かを頑張るためのエネルギーになるから。だけど、そればかりに集中するのが良いわけでもなかった。そして、あの時の私はそれに気づけなかった。

だから、須藤さんに熱を上げる平太達からあんな風に言われ、こうしてアンジェリカや家族、チャットの人達や部活仲間以外で話す人がいなくなったんだ。言ってみれば、恋で盲目になっていた私の自業自得と言えた。


「……やっぱり、私は誰かを好きになるなんて向いてないのかな」


 俯きながらそんな事を呟いていたその時だった。


「……そんな事は無いんじゃないかな?」


 凛音さんの言葉にハッとしながら顔を向けると、凛音さんは凛斗君を見ている時と同じ優しい笑顔を見せていた。


「たしかに恋に溺れてしまっていたのは良くないよ。だけど、梨花さんからしたらそれは初恋だったんだよね?」

「……はい」

「だったら、初めてなんだから熱くなるのも仕方ないよ。あまり無い方が良いだろうけど、恋する事に慣れてる人と違って、落ち着いて相手との距離を縮める方法を考えたり相手に自分を意識してもらうために頑張ったりするのは中々難しい。

そんな状態なら少し頑張りすぎてしまってもおかしくないよ。俺だって初恋はそんな感じだったから」

「凛音さんが……?」

「ああ。中学生の時、すごく好きになった子がいたんだけど、その子の名字が“姫野”で俺が王寺だから、姫と王子でお似合いだなんて言われてて、少し恥ずかしかったけどそれ自体は嬉しかった。

その後、どうにかその子に意識してもらうために筋トレやランニングで体作りに励んで、今みたいに筋肉を程よくつける事が出来た。これならあの子にも意識してもらえる、あの子に相応しい自分になれてる、そんな思いがあったけど、俺の初恋は終わったんだ」

「でも、どうして……?」

「……見ちゃったんだ。その子が他の男子と学校で人に言えない事をしているのを」

「……それって、まさか……?」


 ある事を想像しながら訊いた私の言葉に凛音さんは静かに頷く。


「……想像通りだよ。その時の姫野さんの姿は今でも忘れられない。他の男子と身体を重ねながらうっとりとした顔でソイツを見ていて、ソイツが俺の事を話題に出したら、興味ないとか姫と王子でお似合いだなんて言われて迷惑だったとか色々言っていて、俺は最後までそれを見ている事が出来ずに逃げ去り、そのショックから家で吐いたよ。

その後、姫野さんとその男子が付き合ってるっていうのが広まって、それからはお似合いだなんて言われなくなったし、それがトラウマになったのか俺は女性に恋する事が出来なくなったんだ」

「恋が出来ない……」

「まあ、だからといって男が好きになったわけでもなく、恋愛対象は女性のままだよ。ただ、凛斗はそんな俺の事を心配して、自分も誰かと恋愛する事も考えなくなったし、そもそも女子と関わる事もしなくなった。

だから、さっきはホッとしたよ。事情はどうであれ、凛斗が異性と一緒にいた上に嫌ってる様子もなかったから、凛斗も俺の事を気にかけずに一緒にいても大丈夫だと思えた相手と出会えたんだなと」


 そう言う凛音さんの表情は穏やかで、凛斗君の事をしっかりと心配している事がハッキリとわかり、凛音さんと凛斗君はお互いに相手の事をちゃんと大切にし合えているんだなと感じた。


『……このリンネという方、中々素晴らしい方ですわね。梨花、次に好きになるならこういった方にしても良いのではないですか?』

『うーん……まあ、今は恋なんてする気はないけど、たしかにそうだね』


 アンジェリカと話をしていた時、凛音さんはふぅと息をつき、おもむろに携帯電話を取り出した。すると、待受画面は公式から配布されている『花刻』の壁紙の一つで、私はそれに驚きながらも凛音さんに話しかけた。


「凛音さん、それって……『花刻』の壁紙ですよね?」

「そうだけど……もしかして梨花さんもやってるのかな?」

「はい。春頃からプレイしてますけど、すごく面白いですよね」

「ああ。俺もプレイ歴はまだそんなでもないけど、“チャットルーム”に入るくらいにはハマってるよ。そこではちょっとキャラを変えて、俺じゃなく僕って言ってるけどね」

「『花刻』のチャットルーム……」


 その瞬間、私はある人と凛音さんが重なり、まさかと思いながらある事を聞いた。


「……凛音さん、そのチャットルームでのハンドルネームって、『リン』ですか?」

「え……どうしてそれを……?」

「……私、『アン』です」

「……え」


 私のハンドルネームを聞いた凛音さんは、信じられないといった顔で驚き、アンジェリカはそんな私達の様子にクスクスと笑う。チャットルームに入った翌日、どうやら私は思わぬオフ会をしてしまっていたみたいだった。

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