第10話 王寺兄弟
男の子と一緒に歩く事数分、一軒のファミレスが見えてきた時、その前に一人の男の人が立っており、その人は軽く腕組みをしながら時折周囲を見回していた。
「……あの人、誰か待ってるのかな?」
「ああ、それは俺ですよ。あの人、俺の兄貴ですから」
「え……」
平太達から逃がすためにアンジェリカが言った言葉が本当だった事に驚いていると、そんな私を見て笑うアンジェリカの声が聞こえてきた。
『あら、だいぶ驚いていますわね。まあ、私も驚いてはいますわよ。いるかもしれないという予想の元に言った言葉がまさか本当だったわけですから』
『そうだよね……』
アンジェリカと話をしていると、男の子はファミレスの前で待っているお兄さんに向けて大きな声で呼び掛けた。
「おーい、兄貴ー!」
お兄さんはその声に気づいた様子で顔を上げると、ゆっくりと私達に近づき、私達の目の前で静かに足を止めた。
紺色のサマージャケットと薄い灰色のシャツから覗いている筋肉がついて程よく焼けた健康的な肌、スラッとした長い足を包む青いジーンズといった格好はモデルさんのように見えており、爽やかそうな雰囲気と整った顔つきも手伝って同い年の女性からは人気が高いのだろうなと容易に想像がついた。
「ようやく来たな、
「この人はさっき出会った人で絡まれてた俺を助けてくれたんだ」
「絡まれていた……?」
「はい、実は……」
私は凛斗君のお兄さんにさっきの出来事を話した。話している最中、お兄さんは凛斗君を心配そうに見ていたが、話し終えると、優しく微笑みながら頭を撫で始めた。
「そっか……それは災難だったな。でも、見た事はたぶん間違いないんだろ?」
「たしかに見たけど……ウチの学校だと見ない感じの顔だなと思ったくらいで、あんな絡まれ方をするような風には見てないよ」
「まあ、そうだろうな。でも、今度からはお前が女の子を助けられるようにならないとな。頼り甲斐のない男は好かれないぞ?」
「わ、わかってるよ……!」
お兄さんに頭を撫でられながら言われている事で凛斗君は恥ずかしさを感じているらしく、軽く顔を赤くしながらチラチラと私の事を見ていた。
そして、凛斗君を撫で終えると、お兄さんも私に視線を向け、静かに頭を下げた。
「ウチの弟を助けてくれて本当にありがとう。話を聞く限りだと、だいぶ気丈に振る舞っていたようだけど、君も本当は怖かったんじゃないか?」
「怖さはなかったです。ただ……その絡んでた二人が私の幼馴染みで、春頃に転校してきた須藤さんに熱を上げた事で私に対して冷たい態度を取り始めたり私の事をブスだとか身体にしか興味ないみたいな事を言われたのがだいぶ傷ついていたから、中々踏み出せなかったです。
助けた時も私をバカにしたり下に見てるような発言ばかりだったので、やっぱり二人にとって私はもうどうでも良い存在なんだなって思って少し悲しかったのはたしかですね」
「そうか……」
凛斗君のお兄さんが少し哀しそうに言った後、私は自己紹介がまだだった事に気づいた。
「そういえば、まだ名乗ってませんでしたね。私は安寿梨花、この辺の高校に通っている高校二年生です」
「安寿さんか。俺は
「王寺凛斗です。それにしても……さっきの梨花さんと今の梨花さんはなんだか雰囲気が違って見えるなぁ。さっきは綺麗で凛々しい感じだったけど、今は優しく可愛い人って感じだし……」
「あ……ああ、さっきのは自分を奮起させるために少し強気なキャラクターを演じただけなんだ。そうじゃないと、私も凛斗君を助けに行けなかったし……」
「さっき話してくれた事情もあるようだからね。けど、そうやって自分の身を呈してでも誰かを助けられる人は俺は好きだよ。俺はそういう事が出来ないからというのもあるけど、優しさと凛々しさ、心の強さを持った女性は美しいと思ってるからね」
「そ、そうですか……」
初めてだった。年上の人からというのもそうだけど、異性からそういう自分をちゃんと褒めるような言葉を言われたのは初めてだったのだ。
あの平太や平次も合気道を始めた事をすごいとは言ってくれたけど、ここまでの事を言ってくれたのは凛音さんが初めてだったから、私は少し照れてしまった。すると、そんな私を見てアンジェリカはクスクスと笑う。
『あら、照れちゃって可愛らしいですわね。まあ、先程は私が代わりにリント様を助けましたが、助けると決めたのは梨花ですからその賛辞を受けるのは貴女が相応しいと思いますわよ?』
『アンジェリカ……うん、ありがとう』
『どういたしまして』
アンジェリカに対してお礼を言っていた時、凛斗君のお腹から再び音が鳴り、凛斗君は少し恥ずかしそうな様子を見せた。
「う、また……」
「ははっ、食べ盛りだから仕方ないよ。さて、それじゃあそろそろ昼食にしようか。梨花さんも時間は大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です。今日は少し服やメイク道具を見てみようと思って出掛けてきただけですし、予定があるとすれば夜くらいですから」
「そっか……あ、それなら俺にその手伝いをさせてくれませんか?」
「え?」
「……珍しいな。凛斗がそんな事を言うなんて……」
本当に珍しい事らしく、凛音さんがとても驚いていると、凛斗君はニカッと笑いながらそれに答える。
「だって、それでも返しきれないくらいの恩義があるだろ? それに、何か買うんだったら荷物持ちがいた方が便利だし、父さん達も帰ってくるのは夜だから、兄貴だって俺と合流しようとしたわけだしさ」
「たしかにな。まあ、そういう事なら俺も手伝おうか。俺だって凛斗を助けてもらった恩があるし、服やメイク用品を見るなら、男から見た感想があった方が参考になると思う。もちろん、梨花さんさえ良かったらだけどさ」
「私は良いですけど……本当に良いんですか?」
「ああ、もちろん。俺から見ても梨花さんはとても可愛らしい人だし、良からぬ男に付きまとわれてもおかしくないからな。ただ、形としてはその絡んできた幼馴染み達と同じになっちゃうからそこは申し訳ないけど……」
「凛音さん……」
凛音さんの言葉を嬉しく思いながら考えた後、私は頷いてから答えた。
「それじゃあお願いします。私もあまり異性と出かける機会は無かったので、これも良い機会ですから」
「うん、わかった。それじゃあまずは腹拵えをしようか」
「うん!」
「はい」
凛音さんの言葉に凛斗君と一緒に答えた後、私達は話をしながらファミレスに向けて歩き始めた。
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