第2話 深き絶望と出会い
翌日の放課後、私は今日こそ平太君達と帰るために急いで帰る準備をしていた。須藤さんと仲良くなってからというもの、平太君達は結構すぐに帰っていってしまうようになっていたけれど、須藤さんは他の男子生徒とも話したり帰ったりしている事もあり、帰る準備をしながら軽く教室内を見回してみると、既に須藤さんの姿はなく、平太君が悔しそうにしているのが目に入ってくる。
その姿を見て少し安心していたその時、平太君は私に視線を向けると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。その突然の出来事に驚きつつ、もしかしたらという期待を胸に抱いていると、平太君は私の目の前で足を止めた。
「梨花、ちょっとこっち来いよ」
「それは良いけど、どうしたの?」
「お前に話しとく事があるだけだ。ほら、行くぞ」
「あ、うん」
その態度や声は冷たかったけど、久しぶりに平太君の方から話しかけてくれた事が嬉しく、私はすぐに準備を整えると、通学用鞄を持ってから平太君の後に続いて歩き始めた。
今日は私が所属する合気道部の活動はお休みで、生徒達がもうそれぞれの部活動に行ってしまった事で廊下は静まり返っており、私達の間に一切の会話がなかった事も相まってその静けさが少し怖かった。
そして歩く事数分、誰もいない廊下の隅に着くと、平太君は足を止めて私の方に顔を向けた。けれど、そこには以前までの優しい笑顔はなく、私に対しての嫌悪や侮蔑が入り交じった顔があった。
「へ、平太君……」
「……お前さぁ、いい加減ウザいんだよ。お前が話しかけてくるせいで留衣もなんだか申し訳なさそうにするし、空気も悪くなるし……自分が邪魔なのわかってるのか?」
「じ、邪魔って……」
「だって、そうだろ。俺達は留衣と話したいのにお前みたいな奴が来たらその時間すら無くなるし、その内に他の奴に留衣を取られる事だってある。お前のせいで俺達の幸せが失われてるんだよ。ただの幼馴染みのくせに……なに彼女面してんだよ」
「そんなのした覚えないよ! それに、須藤さんと関わるようになってから、平太君も平次君もなんだか変わったし……私からしたらこれまでの二人に戻ってもらいたいだけで──」
「そういうのがウザいって言ってんだよ!」
平太君の怒号は廊下に響き、その反響と迫力に私が立ちすくんでいると、平太君は冷たい目で私を見る。
「……留衣はお前みたいな魅力の欠片もないようなブスと違って俺達のところに舞い降りた天使、聖女みたいなものなんだよ。話してても面白いし、ヤってみても良い反応を返してくれるし、留衣のおかげで俺達は変われたんだよ。本当の俺達にな」
「本当の平太君達……」
「まあ、そんなに俺達とまだ関わってたいなら、好きな時に俺達にヤらせろよ。お前みたいな貧相で感度も悪そうな女となんて最悪だが、俺達の退屈しのぎやストレスの捌け口くらいにはなるだろ」
「な、何を言ってるの……? 平太君、本当にどうしちゃったの!? いつもの平太君に戻ってよ!」
「……ちっ、まだそんな事言ってんのか。あーあ、興醒めだな。俺達に身体を捧げるつもりもないみたいだし、お前とはもうこれっきりだな」
「ま、待って……!」
「それじゃあな、“安寿さん”」
そう言って平太君は去っていき、平太君の態度と言葉の酷さに私はその場に膝をつく。悲しかった。悔しかった。今の二人が本当の二人だというなら、これまでの私はどれだけ愚かだったんだろう。そんな二人と一緒にいて、好きになってしまった私が情けなくて悔しくてたまらない。
「……帰ろう」
目から溢れる涙で顔を濡らし、膝をついた事で落ちていた鞄を拾って私は昇降口へ歩き出す。雨が降る中、その足取りはとても重く、私は声も上げずに泣きながら歩く。もう顔を伝うのが雨なのか涙なのかすらわからない。それくらい私の心はぐちゃぐちゃでもうこのまま死んでしまおうかと思うくらいだった。
そんな気分のままで歩き続けて帰宅した後、雨に濡れたままの暗い顔をした私を見たお母さんはただおかえりと言ってくれ、その気遣いに私はまた泣きそうになったけれど、どうにか涙を堪えて私は濡れた制服や鞄をお母さんに渡してからお風呂に入った。
浴槽に既に溜められていたお湯は私の冷えきった心と身体を温め、私はお風呂でひとしきり泣いた後に上がり、そのまま自室へと向かった。そして部屋の中に入った後、寝巻き姿でベッドに寝転がると、ようやく安心したのか小さく息が漏れた。
「……明日が休みでよかった。こんな気持ちのままで学校に行っても授業に集中出来ないもん。とりあえず夕飯まで『花刻』でもやろう。プレイしてれば少しは気持ちも明るくなるはずだし」
そう言って机の上のゲーム機を手に取ると、私は『恋の花開く刻』をプレイし始めた。何周もしているからかストーリーはわかっていたけれど、私にとってゲームに熱中する事が逃避の方法になっていたし、それなりにやり込み要素もあるから、何周しても中々飽きないのだ。
そうしてプレイしていた時、何度目かになるハーレムルートの断罪シーンが画面に映し出された。婚約者の言い分すらまともに聞かないクリストファーと早くアンジェリカを断罪したいという気持ちを隠しきれていない表情のドローレス、そしてドローレスに魅せられた男性キャラ達。そのシーンを見ていた時、ふとさっきの平太君との出来事を思い出してしまい、私の心は再び重くなった。
「……あんな事を言うわけだし、二人とはもう関わらないようにしよう。その方が、私達にとって……きっと、良いわけだし……」
思い出した事で私の目からは再び涙が溢れる。本当の二人があれだというなら私はもう本当に関わらない方が良いのだろう。けれど、どうしても思い出の中の二人の姿は忘れられず、絶望と失望の中で私は死にたいと思う程に辛さを感じていた。
もし、ここに剥き出しの刃物が置かれていたら、アンジェリカのように首もとにあてがって引き裂いてしまおうと思える程で、やはり私の中で二人の存在は大きかったのだと実感させられた。
「うっうっ……嫌だよ、二人ともう話せないなんて……嫌だよぉ」
涙と共に出てくる心からの否定の言葉。けれど、当の本人達の心の中には既に私はおらず、身も心も須藤さんに捧げてしまっている。そんな二人の姿が過去の二人の姿を押し潰してしまい、その事が私にはたまらなく悲しかった。
「……なりたい、アンジェリカみたいな強い人に。こんな悲しみなんて苦にもならない程、色々な物に長けていて誰にも文句を言わせないような強い人に……!」
画面の中で首から血を流しながらも高貴さを失わずにいるアンジェリカの姿を見ながら独り言ちたいたその時だった。
『……あら。私、他の方からはこんな風に見えていたのね』
「え……?」
突然聞こえてきた声に驚き、私は辺りを見回す。けれど、部屋の中には私しかいない。
「い、今の声って……?」
『……どうやら貴女には聞こえているようね。まあ、私程ではないけれど、それなりの容姿をしているようだし、及第点といったところかしら』
声が再び聞こえてきた。けど、よく聞いてみると、私には聞き覚えがあった。
「あ、貴女ってもしかして……」
『まあ、自己紹介をしないのは無礼でしょうね。私はバルベ皇国の第一皇女、アンジェリカ・ヨークですわ』
私が予想していた人物、アンジェリカ・ヨークの声が頭の中に響き渡った。
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