第1話 閉じた心

「……ただいま」


 雲一つない綺麗な夕焼け空とは真逆の気持ちで私は家のドアを開ける。すると、リビングからお母さんが顔を出し、少し心配そうに私を見た。


「おかえり、梨花りか。もしかして今日も……」

「……うん、平太へいた君とは帰ってきてない。今日こそはって思ったんだけど、やっぱり須藤すどうさんと一緒にさっさといなくなっちゃって誘えなかったよ」

「そっか……」

「それじゃあ私は部屋に行ってるね」

「うん、夕飯が出来たら教えるからね」

「ありがとう、お母さん」


 お母さんにお礼を言った後、私はお母さんの心配そうな視線を背にそのまま自室へと向かい、ドアを静かに開ける。部屋に入って勉強机のそばに通学鞄を置いていると、近くから気持ち良さそうな艶っぽい女の子の声が聞こえ、私はすぐに耳を塞ぎながらその場にしゃがみこんだ。

声の主は今春ウチの学校に転校してきた須藤すどう留衣るいさんで、それが聞こえてくるのは隣の家から。隣の家はウチと昔から家族ぐるみの付き合いをしてきた陸野家りくのけで、そこの子供である陸野りくの平太へいた君と平次君とは小さい頃からの友達、いわば幼馴染みだ。

平太君と平次君は昔はとても優しくてカッコよく、特に勉強も運動もそつなくこなす平太君に私は好意を抱いていたからそんな平太君に相応しくなりたいと思って、勉強も頑張ってきたし何かに使えるかと思って合気道も始めた。

すると、その努力を認めてくれた平太君は将来は私と結婚するのも良いかもと言い、恋人同士ではないけれど、お互いに好意を抱いている友達以上恋人未満のような関係を続けていた。

けれど、その日常は高校生になった事で崩れ落ちた。高校2年生になった春、ウチのクラスに須藤さんが転校してくると、その愛らしい容姿と少しドジっ子なところに男子は次々と惹かれていき、それは平太君と平次君も例外じゃなかった。

その結果、一年下の平次君も含めて二人は私から離れて須藤さんとばかり話すようになり、私が何か話そうとしても邪魔だとかウザイだとか言って怒りと侮蔑がこもった視線を向け、二人から拒絶されたという事実にショックを受けて私は家族と本当に仲の良い女の子の友達以外には心を閉ざすようになった。

そうして私という邪魔者がいなくなったからか二人の須藤さんへの執着と好意は更に暴走し、これまでは私がいたポジションは須藤さんの物になって、夏の初め頃から二人は須藤さんと肉体関係を結んだ。

流石におばさん達がいない時間を見計らっているようだったけど、その声は今みたいに私に聞こえようがお構い無しに響き、これまで仲良くしてくれていた二人が須藤さんの身体に夢中になって気持ち良さそうな声を出したり愛してるや大好きといった言葉を言うのが私には辛すぎて、こうして聞こえてきた瞬間に耳を塞ぐようになっていたのだ。


「……嫌だ、もう嫌だよ……」


 そうして耳を塞ぐ事数十分、ようやく満足したのか二人の愛し合う声は止み、私はすぐに机の上のゲーム機とイヤホンを手に取ると、ベッドの上に寝転がりながら最近の逃避先になっているゲームを始めた。


「……やっぱりこれをやってる時は落ち着くなぁ」


 ゲームは『恋の花開く刻』という名前のRPG要素も含んだ恋愛シミュレーションで、平民出身のヒロインのドローレス・ボールドウィンが色々な攻略対象と交流しながら授業などを通して魔力を高めていき、最後には邪神信仰をしている教団が目覚めさせた邪神を自分が最終的に選んだ攻略対象やクラスメート達と一緒に倒して世界を救うといった内容で、平太君と平次君から拒絶されてどうしようもなくなっていた時に偶然見つけてからずっとやり続けてるゲームだ。

その攻略対象は誰もがイケメンな上に位が高く、全員のルートをクリアした後に選べるハーレムルートではクラスメートの代わりに攻略対象達とパーティーを組んで邪神を倒し、最後はヒロインが全員から愛されて終わるというエンディングだった。

だけど、正直な事を言えば、私はあまりこのドローレスが好みじゃない。ドローレスはヒロインだけど、結構性格が悪くて攻略対象以外との会話イベントでの選択肢はどれも素っ気なく、同じ平民出身の生徒に対してどこかバカにしたような態度しか取らないという中々酷いキャラクターなのだ。

このゲームはR-15程度に描写を抑えた攻略対象とのエッチなシーンもたまに入るけど、そのシーンのドローレスすらプレイヤーからは嫌われていて、前にやっていた好感度調査ではダントツの最下位だったりする。


「……けど、公式も嫌われ系ヒロインとして作ったらしいし、これが妥当だよね。私の場合、ドローレスが須藤さんと重なるのも嫌いな理由だし」


 その考えが勝手な事はわかるけど、嫌いな物は嫌いなんだ。そんな事を考えながら何周目かのプレイをしていた時、画面には少し気の強そうな綺麗な女の子が現れた。


「あ、アンジェリカだ」


 その子の名前はアンジェリカ・ヨーク、バルベ皇国の第一皇女でありこのゲームの攻略対象であるパルナ皇国の第一皇子のクリストファー・ターラントの婚約者で、ドローレスや他のキャラに対して高圧的な態度を取っては反感を買っているいわゆる悪役令嬢という奴だ。

だけど、このアンジェリカはプレイヤーからはだいぶ好かれていて、クリストファールートとハーレムルートでドローレスが他の攻略対象と一緒にアンジェリカを糾弾する断罪シーンでのアンジェリカの悪事はプレイヤーからすればドローレスの自作自演や悪意による物なのはわかっているから、ドローレスに熱を上げてアンジェリカばかりを責め立てる攻略対象達にイライラしてしまう。

だけど、アンジェリカはその状況を嘆いたり汚い言葉で罵ったりはせずにその罪を被って自分から命を絶っていて、その最後まで高貴な女性である事を貫いた姿に私は憧れを抱いていた。


「……アンジェリカ、本当にカッコいいなぁ。私がこんな風に優雅でカッコいい人だったら今みたいにウジウジせずに次に向けて歩き始めてたのかな……でも、平太君と平次君とはまだ仲良くしたい気持はあるし、明日また頑張ってみよう。きっと何度も話そうとすれば二人もまた話してくれるはずだし……」


 そう口にはしていたけれど、正直それが望み薄なのはわかってる。二人はいつも須藤さんばかりを見ていたし、朝出る時間が被っても挨拶一つすらしてくれなくなったのだから。


「……おばさん達も私の事を気遣ってはくれるけど、平太君達の交遊関係に下手に口を出すのもまた違うからって言ってたし、私が頑張らないといけないんだ。二人の心がもう須藤さんにあったとしても、また話すくらいはしたいし……」


 また三人で笑ったり話したり出来る日を信じて私はベッドに寝転がりながら夕飯の時間までゲームに没頭した。

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