第18話

「これでいい?」


荷物と思われるものはほとんど転送した。夫の部屋以外の物は移ってる筈。だけど、部屋の数や城の構造が違うから、多少の移動は必要だと思う。家具なんかの大きな物は不自然のない場所には移したけど、小物や食料なんかはバラバラに置いてあると思う。そう言ったら、すぐに使用人達は住環境を整える為に動き始めた。


荷物の移動を魔法で手伝うかと申し出たけど、あとは自分達でやるからと固辞されたわ。鏡は帰ると言って姿を消した。あとで聞きたい事が山程あるんだから、逃がさないわよ! 鏡だけはわたくしの手元に転移してある。これだけは人に渡せない。鏡はわたくしからは逃げられない。


どうすれば良いか迷うわたくしと違って、使用人に的確に指示を出す白雪は既に女王の風格を漂わせていた。


「わたくし、今日だけはお母様の手料理が食べたいです」


だけど、わたくしに甘える姿は年相応の子ども。これからもこの子の成長を見守っていけるなんて、幸せだわ。……だけど、あの男は実の娘がこんなに素晴らしく成長する姿を見られないのね。そう思うと、急に夫が可哀想になった。ああ、もう夫じゃないんだっけ? 離婚の手続きは済んでないけど、この時代は婚姻届なんてない。夫がわたくしと別れると言えばそれで終わりだわ。あーあ、短い結婚生活だったわね。


白雪の母ではなくなるわたくしが、このままここに居て良いのかしら。


……ええい! わたくしは悪女! 持ち主の白雪が良いって言うんだからここに住んでやるわ!


「分かったわ。それじゃ料理が出来る格好に着替えるわね。わたくしの部屋はどこにするの?」


いっそ、屋根裏とかで良いんだけど。


「わたくしの部屋の隣ですわ。お母様の為に最高の部屋をご用意致しましたの」


何でよりによって最上級の部屋にする訳?!


「いちばんいい部屋は白雪が使いなさいよ」


「やです。お母様が優先です」


頬を膨らませる姿は子ども。それなのにとっても美しい。……そうよ。あんな男に白雪を任せていたらすぐに狙われてしまうわ。


腹を括りましょう。わたくしは白雪の母なんだもの。この子を守る為に最善を尽くすわ。


「分かったわ。部屋に案内してくれる?」


「はい! こちらですわお母様!」


白雪は、自分のものになるのだからと城の構造を把握していた。相変わらず努力家だわ。


「それじゃ、着替えるわね。良かったら白雪も一緒にお料理をする?」


「良いのですか?! 実は以前から興味があったのです」


「そういう事はちゃんと教えてちょうだい。全ては叶えられないかもしれないけど、出来るだけ白雪のやりたい事が出来るようにするわ。あなたはわたくしの大事な娘なんだから、もっと我儘を言って良いのよ。もちろん、ダメな時はダメと言うわ。それで白雪を嫌ったりなんてしない」


「やっぱりお母様はとっても優しい方ですわ。鏡先生の言う通りでしたっ!」


「か、鏡? 鏡が何を言ったの?」


「お母様は冷たいと誤解されるけど、誰よりも優しくてわたくしの事を愛してくれていると……」


くっ……。鏡め……! 今夜にでも色々問い詰めようと思ってたけど、無しよ!


「チョロいよなー女王様は」


まるでタイミングを見計らったかのように、鏡が現れた。男の姿だし、白雪や使用人達が無反応だからわたくしにしか認識出来ていないみたいね。それなら反応なんてしてあげない。チラリと鏡を睨み、彼を無視して白雪を愛でる。


あの鏡の笑み……わたくしの機嫌がいい事を分かってるわね。


「白雪、鏡先生以外にも家庭教師を増やそうと思うんだけどどうかしら?」


「しばらくは鏡先生だけが良いです。今まで何度も家庭教師の先生が変わりましたけど、怖い人ばかりで……。鏡先生は、初めての優しい先生なんです。他の先生は、まだ怖くて……」


「くっ……! 分かったわ。白雪の望み通りにしましょう」


「ありがとうございますお母様!」


可愛い娘の願いは叶えたい。けど、後ろでニヤニヤしてる鏡にはひとこと言ってやりたいわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る