第17話【国王視点】

「白雪……、どうして……」


愛するミレーユにそっくりになったマルガレータ。白雪と呼ばれ、みんなに愛されている私の一人娘。


ようやく前を向き生きていこうと思ったのに悪女が私の娘を拐ってしまった。


「許さん……今すぐあの女を捕らえろ」


「罪状はなんでしょうか?」


騎士団長が、低い声で問いかける。そんなもの、分かりきっているではないか。


「魔女が我が国の至宝である姫を拐ったんだ。即刻捕えて、処刑しろ」


「……そうですか。では、今この時をもって俺を解任して下さい。後任はもう指名してあります。優秀ですから、問題ありません。城の外に居る護衛が急いでここに向かっています。護衛が来たら、俺は出て行きます。もう貴方様にお仕えする事は出来ません。今までお世話になりました」


騎士団長は、昔からの友人でミレーユと結婚した時も間近で護衛をしてくれた。私の結婚を、泣いて喜んでくれたのに。


「どうしてだ……。急に辞めるなんて」


「以前から考えていました。マルガレータ様のお言葉で陛下が変わられる事を期待していたのですが、臣下である私が主人である陛下に期待するなどあってはなりませんでした。もう辞めます。お元気で」


「待ってくれ! 騎士団長!」


「私はもう騎士団長ではありません」


「……頼む……臣下としてではなく、友人として教えてくれ……私の……なにがダメだったんだ」


「全部だ」


「ぜん……ぶ?」


「ミレーユ様を偲ぶのは良い。だが、どうしてマルガレータ様を放っておいたんだ。悲しいのはお前だけじゃない。家族を失ったのは、お前だけじゃないんだぞ。マルガレータ様は子どもだったのに、お前が料理長に変な命令をしたせいでずっと寂しい思いをなさっていたんだ!」


「……ミレーユが死んでから……ずっとなにをしていたか記憶にないんだ……」


「料理長にマルガレータ様の食事の指示をした事も覚えてないのか?」


「なんとなくは覚えてる。料理長と話すまで、自分が正しいと信じていた。ミレーユの葬儀が終わって、姉さんが来て……それから……」


「はぁ……。あの人も魔女だからな。弱っていたお前に魔法をかけたんだろうな」


姉は、既に幽閉してある。

もう2度と出てくる事はないだろう。


「なら、私のせいではない……よな」


「マルガレータ様の家庭教師によると、人にかける魔法は長持ちしないそうだ。多少心を揺さぶる事は出来ても、普通は数時間で切れる。大魔女でも1週間保てば良い方らしいぞ。 2年間、あの方に毎日魔法をかけられたと言うなら別だが、そんな事はないだろう? お前は宰相様としか会話をしなかったんだからな。それから、カタリーナ様が魔女だからと疑うなよ。あの方は人を操るような非道な魔法は使えないそうだからな」


姉と会ったのは、ミレーユの葬儀が最後だ。つまり姉のせいではなく、私自身のしてきた……いや、しなかった事による結果か。


きっかけは、姉の魔法で操られた事だったかもしれん。でも、その後にいくらでも挽回は出来た。2年もあったんだ。それなのに私は嘆いてばかりで、娘の事を気にしていなかった。


少しでもマルガレータの事を気にすれば、すぐに異常に気が付いたのに。マルガレータの家庭教師も姉の手配だった。おかしいと宰相は何度も進言してくれた。それなのにミレーユの事ばかり考えていた私は、彼の話を聞き流していた。


あの日、カタリーナに会って倒れてから……少しずつ頭が働くようになって……それなのに……何で私は彼女を疑ったんだ……。


「私が……悪かったのか」


「最愛の妻を亡くして落ち込むのは分かるが、長過ぎたな」


「マルガレータは、私の顔を忘れていたよ。ははっ……なんて……情けない父親なんだ……。あの子を救ったのは……カタリーナなんだな……」


「俺はカタリーナ様がお前も救ってくれると思っていた。マルガレータ様があんなに明るくなられたのはカタリーナ様のおかげだ。そんなカタリーナ様を処刑しろと言うなら、俺は騎士をやめる。俺は国と民と王族を守りたくて騎士になった。お前の命令は、カタリーナ様を殺してマルガレータ様の心を壊す。いくら国王の命令でも聞けない。俺は国を出る。もう2度と会う事はないだろうけど、フリッツの幸せを祈ってるよ」


「さっきの命令は撤回する。それでもダメか……?」


「無理です。主君を尊敬していない騎士など側に置いてはなりません。大丈夫、新しい騎士団長は私よりも寛大です。今の陛下なら、きっと騎士達の信頼を得られます。……けどな、俺はもう無理だ。悪いな。女王様はなんだかんだでお優しいから誠心誠意謝ればきっと許して下さる。マルガレータ様は……どうだろうな。親と思われてないし、彼女の方が難しいかもしれん。全てはこれからのフリッツ次第だ。頑張れよ」


そう言って、交代の騎士と入れ替わりで彼は居なくなってしまった。


ああ、私は長年仕えてくれた騎士の、友人の……信頼を裏切ったんだな。


あんなに優しい男だったのに、彼は一度も振り返ってはくれなかった。

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