第2話

「お母様、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。ありがとう」


本当は全く大丈夫ではない。だけど、この子の前で無様な姿なんて見せられない。早急に頭の中で騒ぐ声を黙らせて情報収集をする。


世界一美しいわたくしは、これくらい軽く出来ないといけない。


……よし、きつかったけどなんとか理解したわ。ここは白雪姫という童話の世界。わたくしは目の前に居る可愛い可愛い白雪を虐め抜いて、追い出して、殺そうとして、最終的に熱した鉄の靴を履かされて処刑される、と。


ないわ。


前世の記憶と人格とやらが混ざり合った今なら絶対にあり得ないと言える。過去のわたくしはアラサーで独身。趣味は妹の子どもに貢ぐ事。あまりに色々与え過ぎて妹からキレられたのは良い思い出だ。事故で死ぬ間際、妹が泣きながら謝ってたのは覚えてる。謝る必要はない、わたくしが悪かったの。いくら叔母でも、やり過ぎだった。そう言ったけど、妹は泣くばかりで……今は元気に過ごしていると良いけど。


今思えば分かる。


妹の娘ちゃんも可愛かった。白雪には負けるけど。けど、あまり子どもを甘やかすのは良くない。親は、子どもが成長する間に様々な事を教えないといけない。白雪はきっと、本当のお母様からたくさんの事を学んだのだろう。これからはわたくしが、目の前に居る可愛い白雪を立派に養育する必要がある。


物を与えるだけだったわたくしは、いい叔母ではなかった。妹よ、姪っ子よ、本当にごめんなさい。


せめて誕生日とクリスマスだけにするべきだったわ。


ああ、そうだわ。白雪の誕生日はいつかしら?


彼女はお姫様なんだもの。盛大なパーティーをするべきね! そうだわ! ドレスも仕立てないと!


仕立て屋を呼ぼうとベルを取ると、妹の怒った顔を思い出した。いけない。また暴走するところだったわ。


これからは暴走しそうになったら妹の顔を思い浮かべましょう。


「……おや、白雪姫様。どうして泣いておられるのですか?」


「あ、宰相様。お医者様を呼んで下さい。お母様が倒れたんです」


ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる宰相。コイツが白雪をここに来させたんだわ。わたくしが白雪を虐めてる所を糾弾しようとしたのだろう。


「は? 倒れた? 魔女が?」


ふぅん。この男、わたくしが魔法を使える事を知ってるのね。なら、容赦しなくて良いわね。


「大丈夫よ。白雪は優しいわね。それより宰相。話があるわ。どうして白雪の存在をわたくしに伝えなかったの? 白雪は、存在を公にされていないわね? こんなに可愛い子を、どうして隠すの?」


「……それは」


「お母様、わたくしの事を知らなかったのですか?」


「ええそうよ。こんなに可愛い娘が出来るのなら、もっとたくさん荷物を持って来たのに。わたくしが幼い頃に使っていたドレスや髪飾りがあったのに、全て姪っ子にあげてしまったのよ。白雪の事を知っていたら、半分は持って来たのに。白雪の黒髪に似合いそうな髪飾りもあったから残念だわ」


姪っ子は可愛いが、白雪はもっと可愛い。白雪に似合いそうな物がどんどん頭に浮かぶ。今更返せなんて言えないわ。アンティークの高級品もあったのに。


「髪飾りとは、どのようなものですか? 見た事がないので、教えて頂けませんか?」


「髪飾りを知らない……? 宰相! 白雪は国王陛下の娘よね? 姫よね? 王族よね?」


よく見ると、白雪の服装は姫と言うには質素だ。あまりに美しいから、服装なんて気にしていなかった。宰相を睨みつけると、カタカタ震えている。もう! カツラがズレてるわ。


「宰相、答えなさい。この国で最も高貴な女性は誰?」


「そ……それは……女王陛下……です」


「違う。やり直し」


「……あ、あの……」


「最も高貴な女性はこの部屋に居るわ」


大ヒントでしょう? さっさと答えなさいよ。


「……し……白雪姫様でしょうか……?」


「60点。堂々と白雪と答えなさい。わたくしはあくまでも国王陛下から政務を代行する権限を頂いているだけ。だけど白雪は、将来この国の真の女王になるわ。宰相が分かってないなら、誰も分かってないわね。白雪を国王陛下の次に尊重するようにと城中の者に通達しなさい。それから、今まで白雪の世話をしていた者を呼びなさい」


姫にこんなに質素な服を着せるなんて、おかしい。横領でもしてるんじゃないの?


「……お、おりません……」


「は?」


「宰相様は悪くないんです。わたくしを産んでくれたお母様が、2年前にご病気でお亡くなりになってしまわれたのです。わたくしは病弱で、ずっとお母様が面倒を見てくれていました。だから、あまり城の者と話した事はないのです。ようやく元気に動けるようになったのに、今度はお母様が体調を崩されてしまって」


「白雪、あなたは何歳かしら?」


「10歳です」


「わたくしが貴女の母になるから安心なさい。もちろん、貴女を産んでくれた素晴らしいお母様の事はずっと大事にするのよ」


「はい……嬉しいです……お母様……」


泣いて抱きついてきた白雪を強く抱き締める。つまりこの子は、たった8歳で頼るべき母を亡くし、その後は誰からも気にかけられず生きて来たのだろう。

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