1-5-3. これは泥水ではない(灯子Side)

 妙な達成感と共に学校を後にした私は、そのまま真っ直ぐ家へと帰り、すぐさまゲームを始め、あっという間に夜になり、章悟が窓の向こうから私を呼び掛けてきたので、普段通りに、窓から篠塚家に入ってダイニングへと向かった。


 そして、私は普段通りに椅子に座ってテーブルの上に載っている料理を視界に収める。ちゃわんに盛られている白飯も、お椀に注がれている油揚げが多めのしるも、小鉢に入っているほうれん草のおひたしも、普段通り。


 ところが、メインとなる鶏肉と野菜の煮物に関してはそうじゃなかった。


 なぜか全体が黒ずんでいた。例えるなら、泥水に漬かっているような感じ。


「……それ、なんだけどね、間違えて鉄鍋で作っちゃったから、鉄が染み込んだみたいで。でも、味は問題無いから」


 章悟が弁解するけど、食べる気が湧いてこない。「これは泥水ではない」と頭では分かっていても、どうしても箸が伸びない。


「いらない」

「それなら、おかずどうする? 昨日のカレーはもう無いよ?」


 章悟が言う通り、私達は今日の朝に昨日の残りのカレーを食べ切ってしまっていた。なので、私は椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開けて焼肉のタレを取り出した。客として行ったら万札が数枚は飛びそうな高級焼肉店監修のやつだ。これがあれば白飯をいくらでも消費できる。さすがに毎日だったら飽きると思うけど、たまにならば問題無い。


 それにしても、鍋を間違えるなんて一体何があったんだろう。よっぽど急いでいたのか、または、何か違うことに気を取られていたのかもしれない。


 そう思いながら、私は茶碗に盛られた白飯にタレをかけ、口の中へとかき込んでいった。

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