付かず離れずの幼馴染みは、絶交する。

DANDAKA

第1部. 付かず離れずの幼馴染みが、絶交するまで。

1-1. 掛け合ってルーティーン

1-1-1. いつもの朝(章悟Side)

 高校一年生男子・しのづかしょうの平日の朝の行動パターンは大体決まっている。


 六時に目覚ましをセットしているものの、大抵はそれより少し前に起き、トイレで用を足し、うがいをして水を飲み、母さんから教えてもらった体操をする。


 その後、一階のダイニングキッチンで朝食の準備をし、廊下に出て窓を開ける。その先には別の家の窓があり、カーテンが掛かっていて中を確認することはできない。


「ご飯できたから、早く起きて!」


 大きな声で呼び掛けるけれど、その部屋にいる「とう」は何の反応も返さない。目覚まし時計が鳴っていても、眠気の方が勝っているみたいだ。また夜遅くまでゲームでもしていたんだろう。


 このまま放っておくわけにもいかないので、窓を開けてその部屋に入っていく。曇り空の広がる朝とはいえ、エアコンのタイマーが切れていることもあってそこそこ暑い。暦の上ではもう秋なんだけど。


 ベッドの上には、寝息を立てている「灯子」の姿があった。僕が部屋に入ってきたことに気付いていないのかもしれない。


 枕の横には一台のゲーム機。やはりゲームをしているうちに寝てしまったようだ。「夜更かしはしない方が良いよ」と忠告はしているけれど、どこ吹く風のようだ。


 そんな彼女、「すがさわとう」は一言で表すならは、僕のおさなみだ。今は、Tシャツに短パンという軽装でベッドの上に寝転んでいる。まあ、この時季の灯子は家ではほぼ同じ格好なんだけど。


 胸が大きくて脚が長く、大人びた顔立ちをしているけれど、こう見えても僕と同じ高校に通う同級生だ。


「早く起きて! 学校遅れるから!」


 一向に起きる気配が無いので、僕は灯子の耳元に顔を近付けて大声でそう言った。


「……んっ?」


 さすがに今の言葉で灯子は目覚めたようで、体を起き上がらせる。


「おはよう」


 そんな僕の声が聞こえているのかいないのか、灯子は着ているTシャツの襟をつかんだ。


 寝汗で湿ったそれを着替えようとしているのだと思い、僕はすぐさま窓を伝って篠塚家の方へと戻っていく。たとえ相手が寝ぼけていようとも、異性のそういうシーンを見ないようにするのがマナーだということは理解しているつもりだ。


 あと、そこまで見たいわけでもない。


     * * *

 

 篠塚家に戻った僕は、目玉焼きにトースト、サラダにヨーグルトに牛乳といういつもの朝食メニューを二人分、ダイニングのテーブルに並べていった。二人分といっても、灯子は結構食べるのでこうやって並べてみると三、四人分くらいはあるように見える。


 並べ終わったところで、灯子がダイニングに入ってくる。玄関の開く音がしなかったから、多分、窓の方から入ってきたんだろう。距離的にもそっちの方が近い。


 さっきとは違うTシャツを着ているけれど、これから登校するんだったら制服に着替えた方が早かったんじゃないかと思う。まあ、わざわざそれを指摘するつもりはない。


「また、寝癖付いてるよ」


 僕がそう言う通り、灯子の短いくりいろの髪の毛が跳ねていた。ドライヤーを使う習慣が無いみたいなので、入浴後にベッドに寝転んだりするとよくこうなってしまうのだ。


 僕は近くの戸棚からタオルを取り出し、それをお湯でらし、席に座った灯子の頭に巻いていく。こうやってある程度時間を置けば、寝癖が直るという算段だ。


「いただきます」

「……ん」


 そして、僕も椅子に座り、他に誰も交えずに二人での食事の時間が始まった。


 菅澤家は親が二人とも仕事が忙しく、その影響で灯子は小さい頃からすぐ隣にある篠塚家で食事をとることが多かった。ただ、ここ最近はうちの母さんも仕事が忙しくなってきたようで、数年前から父さんは単身赴任で別の家に住んでおり、そういう事情もあって二人のみで食卓を囲む機会が多いというわけだ。


 色々と思い返しながらふと灯子の方を向くと、小さな容器に入った黒い液体を凝視していた。


「ああ、それドレッシングだよ。自分で作ってみたんだ。しょうとお酢とごま油を混ぜたんだけど」


 その言葉を受けた灯子は、容器を持ち上げてサラダにかけ、口に運んでいく。


「どう? 美味しい?」

「……まあ、うん」


 相変わらずの薄い返事だった。少なくとも、嫌がってはいないみたいだ。


 小さな頃から、灯子は常にこんな感じだ。言葉数が少ないうえに抑揚が無く、表情もほぼ一定。特に朝はぼうっとしているのかその傾向が強い。


 このようにして、タオルを頭に巻いた状態の灯子と過ごす「平日のいつもの朝」は過ぎていった。普段通り、灯子はトーストを三枚完食した。


     * * *


 制服に着替えて家を出た僕達は、最寄りの駅から電車に乗って数駅移動し、その駅を降りて数分ほどの場所にある高校へと向かっていった。あと少しで校門が見えてくる。


 別に二人で一緒に行くと取り決めたわけじゃない。ただ、同じタイミングで家を出て同じ目的地に向かうので、必然的にそうなってしまうというわけだ。


 僕の横を歩いている灯子は今でも明らかに眠そうで、その大きな目を細めながら何度もあくびを繰り返している。


「もうちょっと早く寝た方が良いよ」

「……ん」


 相変わらず、返事は一瞬だった。十聞いても一しか戻ってこない。


「昨日、眠気覚まし用のタブレットを買ったんだけど、食べる?えっと、確かこの中に……」


 そう言って僕は足を止め、バッグの中に手を突っ込む。確か内側のポケットにしまっていたはずだ。


 しかし、僕の記憶が間違っていたのか、いくら探したところで目的の物は見当たらなかった。他の箇所も探してみても、やはり見つからない。


「ごめん。持ってくるの忘れたかもしれない。購買に行けば売っているかも」


 再び灯子の方を向こうとしたところで、僕はあることに気付いた。


「……灯子?」


 僕がバッグの中を探している間に、さっきまで近くにいたはずの灯子が姿を消していたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る