第2話 もうひとつの出会い

山を降りて畦道をしばらく進むと、周囲を塀に囲まれた敷地と併設された駐車場が見えてくる。

塀の中にある巨大な屋敷のような建物が、温泉旅館夜桜だ。

ふう。と細く息を吐き、俺は踏み出す足に力を込めた。

夜桜の建物を余すところなく囲っていた塀が、正面だけくり抜かれてアーチを作っていた。木でできたアーチの上に「夜桜」と文字が掘られている。

場所が間違ってないことを確信してから、敷地内へ入ろうとしたその瞬間だった。

「あ、あの!ちょっとやめてください!」

「少しだけ、少しだけ付き合ってよ~。もっとおしゃべりしようよ~」

敷地内の奥から争う声が聞こえる。

様子を伺ってみて、俺は「げっ」と顔を顰めた。

どうやら、建物の入り口前でスーツ姿の中年男性と少女が揉めているようだった。

男の方は背を向けているため顔が見えなかったが、頭皮の薄さから察するに五十は超えている。頬が真っ赤に染まっているので相当酒が回っているのだろう。格好から見るに会社帰りのサラリーマンといったところか。典型的な酔っぱらいオヤジといった感じだ。

一方、少女の方は俺とさほど年が変わらなそうだ。カーディガンの上からでもわかるほど凹凸がはっきりした健康的な体つきをしているが、顔立ちはあどけないので年上にも年下にも見えた。

「あの、ごめんなさい。私、早く帰らないと行けないので……」

「そんなこと言わずにさあ。三十分だけ!三十分だけ付き合ってよ!ね?」

少女は愛想笑いを浮かべながら、どさくさに紛れて伸ばされた手を振り払っていた。

「ほ、本当に困ります!それに私まだ未成年ですし、お酒飲めませんよ~」

どれだけセクハラまがいの接触をされても、少女は決して相好を崩そうとしなかった。

彼女の考えが理解できず、俺は首をかしげた。

どうして彼女はわざわざ男の相手をしてるのだろう。

どう考えても話は通じそうにないのだから、はっきり断るなり建物の中に逃げ込むなりしてしまえばいいのに。

そう思って、俺はしばらく様子を見ることにした。

本当は早く建物に入りたいのだが、騒ぎは建物の前で起きているので避けられそうにもない。

かといって仲裁に入れば、更に話がややこしくなりそうで、迂闊に首を突っ込めない。

だから、理想的な展開は少女が逃げ出すことだ。間違いなく、それが最も穏便に済む方法だろう。しかし彼女は一向に動こうとしなかった。

「そんなこと言って~。本当は行きたいんじゃないの?」

強く拒絶されないことに味をしめたのか、男は少女のお尻にまで手を伸ばし始める。

そこで、ついに少女の瞳に露骨な嫌悪感が宿った。

「や、やめてください!人を呼びますよ!」

彼女は語気を強くし、男と距離を取った。

そんな彼女の対応を見て、俺は「あーあ」と頭を抱える。

気丈な態度を見せたのはファインプレイだ。だが、理性のない相手にその対応はまずかった。

「あ?」

初めて抵抗されたことが気に障ったのか、男はドスの利いた声を出した。

「ひとだあ?上等だ!呼んでみろや!」

上機嫌だった様子が一転して、怒鳴り散らす。

少女が短い悲鳴をあげた。

それをみて、言わんこっちゃない。と俺は呆れた。

酔っ払いは特にそうだが、判断能力が浮ついた人間に牽制は効かない。この場合、正解なのは何も言わずに人を呼ぶことだったのだ。

しかし、今更何をダメ出ししたところで、後の祭りでしかない。

俺は短く息を吐くと、二人のそばに大股で近づいた。

「あの。そのへんにしといたらどうですか?」

「あ……」

少女はもみ合いながらも奥に立っていた俺に気づいていたのだろう。

俺が声をかけると、安心したのか困ったのか区別のつかない吐息を漏らした。

「ああ?」

対して男は背を向けていたため、はじめて第三者の存在に気づいた様子だった。

ダミ声と共にふりむき、俺をにらみつける。

威圧しているつもりなのだろうが、特に何も感じない。

「えっと。嫌がってらっしゃるみたいなので、離してあげてはいかがでしょうか」

いやに丁寧な敬語を用いながら、諭しにかかってみる。願わくばこれで冷静さを取り戻してほしい。

しかしそんな願いも虚しく、俺の言葉はむしろ男の神経を逆撫でしただけだった。

「んだよてめえ。邪魔すんなよ」

若干呂律が回っていない暴言を吐きながら、男は大股で距離を詰めてくる。

こうなるから嫌だったんだ。

俺は動かず、嘆息した。

動かなかったのは足をすくませていたからではない。動く必要がなかっただけだ。

「え、あの……」

不穏な空気を感じ取ったらしい。少女が不安げな瞳で俺たちを見つめている。

俺はそんな彼女に恨めしげな視線を送った。

なんでさっさと逃げなかったんだ。という言葉を込めて。

その間に男は胸倉に手を伸ばしてきた。

少女の顔が強ばる。

彼女の表情を視界の端に捉えながら、俺は掴まれる寸前に身を引き、逆に相手の手をつかんだ。そのまま苛立ちを込めるように力を入れる。

「っぐ!」

それだけで男は顔をしかめた。

手を振りほどこうとしているので離してやると、男性は大きくあとずさり、「痛いな!」と、手をさすった。

俺は再度息を吐く。

なんで新天地に来て早々、こんな厄介ごとに巻き込まれなければいけないのだろう。

いや、ほぼ自分から首を突っ込んだようなものだが。入り口を防がれている上に女の子が脅されていればああするしかないだろう。もし傍観していれば、男の手は少女に伸びていたかもしれないのだから。

「危ない!」

少女が切り裂くような声で叫んだ。

見ると、男が形のない怒声を発しながら半身を引いていた。

大げさな予備動作だ。

握りこぶしが俺の顔面へ迫ってくる。

「ひゃあ!」少女が両手で顔を覆った。

凄惨な場面が訪れると思ったのだろう。正解だ。

刹那、重量物を引きずる音が鳴る。

「ああ……」少女の口から吐息が漏れる。

数秒後、少女は恐る恐る覆っていた手をどけると、再び悲鳴を上げた。

「え、ええ?」

続いて困惑し、首をかしげた。

どうやら開けた視界には、彼女が危惧したものと違う光景が広がっていたらしい。

「な、なにがあったんですか?」

訊ねる声が震えていた。

その目は、うつ伏せに倒れ伏した男の凄惨な姿に釘付けになっている。

さあ、と俺は首を傾げた。

「酔っ払ってるから足元が覚束なかったんじゃないか? 俺のことを殴ろうとして勝手に転んでたぞ」

まるで他人事のように無表情で、俺はいった。

もちろん、嘘だ。本当は拳をかわし、その勢いを利用して倒したのだ。

だが少女はそこについて詳しく聞いてくることなく、「そ、そうなんですか……」と頷いた。

それから彼女の目線が俺に向く。怪訝な眼差しだった。

「どうかしたか?」

「あ……えっと……」

訊ねると、少女は話し方を忘れてしまったように口を半開きにしていた。

それだけで言いたいことはわかった。

あんなふうに襲いかかられたのに、この人はどうして平然としてられるのかな。

なんて思っているのだろう。

怖いなんて感情、随分前に忘れちまったからな。

物言わぬ少女にそう答えてやりたかった。が、余計なことは言わないでおく。

それから少女は呻いてる男に視線を向け、顔を顰めた。

男は敷石で膝を擦りむいたのだろう。ズボンの膝小僧の生地が破れ、だらだらと血が流れている。アルコールが効いているせいで、出血量が多い。小範囲にちょっとした血の池が出来ていた。

男の痛々しい姿に吐き気を催したのか、少女は口元を抑えていた。

「これ、救急車呼んだ方がいいですかね……」

男はいまだに苦しんでいて、一向に立ち上がる素振りを見せない。

だがまあ、ちゃんとうめき声は上げているので意識はある。怪我も見た目ほど深刻ではないだろう。

「大丈夫だろ。それくらいじゃ死にゃしねえよ」

俺は男を一瞥すると、冷たく言い放った。

「死ぬ死なないの問題じゃないような……」

少女が引きつった笑顔を浮かべる。

自分に仇なす存在であろうと、情けをかける、か。

俺にはないピュアな心だ。

そう思ったときだった。

「ちょっと!なんの騒ぎ?」

奥の建物の引き戸がたたきつけるように開かれ、着物姿の女性が出てきた。

女性は息を荒くして周囲を見回すと、

「いや本当何があったの!」

目を限界まで見開いて、叫んだ。

「女将……」

少女が声をあげる。

傍らで俺は、「ああ。やっぱり知ってるのか」と納得していた。

着物の女性──改め高田 真弓さんのことは、俺もよく知っている。この真弓さんこそが夜桜のオーナーであり、俺の下宿を快く受け入れてくれた人だから。

真弓さんは俺の存在に気づいていたようだが、なにも言ってこなかった。

代わりに少女の方を向いて言った。

「ひなな。とりあえず店の奥から救急箱持ってきてくれる? 概ね想像つくけど、何があったかはその後で聞くわ」

「わかりました」

少女はうなずくと、小走りで建物の中へ入っていく。

彼女の姿が消えると、真弓さんはまつげが長い目を俺に向けてきた。

「さて、こんな状況だけど、久しぶりね。来人(くると)くん」

「お久しぶりです」

俺は小さく会釈した。

真弓さんは頷くと、顔の向きはそのままに、依然として倒れ伏したまま、呻き続けている男に目を向けた。

「これ、もしかしなくてもあなたがやったのよね?」

聞かれて俺は「その人が勝手に転んだんですよ」と肩をすくめた。

ちょっと白々しすぎただろうか。

しかし真弓さんはまるで信じていない様子ではありながらも、「ま、そういうことにしておきましょうか」と頷いた。

それから彼女は男に「お客様、大丈夫ですか?」と声をかけた。

正直気にかけてやる必要はないと思うが、旅館の女将という立場上ないがしろにするわけにはいかないのだろう。

親切に肩を抱き、身体を起こしてやっている。

「あ、うう……」

男は情けない声をあげながら、なんとか正気を取り戻したようだ。

だがすぐに、自分の膝から血がだくだくと流れる様を見て、小さく悲鳴を上げた。

軽く錯乱する男を、真弓さんが宥める。

ほどなくして少女が戻ってきて、男は軽い手当ての後に返された。

その際、俺の顔をきつく睨んできたが、何も言わずに帰っていった。

それでいい。まあ、喧嘩をふっかけて返り討ちに遭った、なんて言えないよな。プライドが邪魔をして。

「……で、一応何があったか説明してもらえるかしら。ひなな」

男の姿が見えなくなって数秒、真弓さんが少女にたずねた。

少女はうなずくと、ことの顛末を話した。

仕事が終わって帰ろうとしたところに、入り口前で鉢合わせた客に絡まれたこと。

いくら誘いを断っても折れてもらえず、困っていたところに俺が現れたこと。

そして逆上した男が俺に殴りかかって、盛大に転んでしまったこと。(ここに関して彼女は目を塞いでいたため、俺から聞いたことをそのまま伝えていた)

それら一連の話を聞くと、真弓さんは「やっぱりね」とため息をついた。

「ひなな。一応言っておくけど、そういう時は相手にせず逃げるのよ? ていうか、今日みたいに店が近いなら逃げ込んで来ていいからね?」

「あはは……ごめんなさい」

「別に謝らなくていいわよ。無事だったならそれでいいわ」

殊勝にうなずく少女の頭を、真弓さんがほほえみながら撫でる。

まるで親子のようだ。なんて思いながら、俺はそのやり取りを見ていた。

一無で。二撫で。

三撫で──はすることなく、真弓さんがこっちに視線を移す。

「さてと。改めていらっしゃい、来人くん。それと、うちの従業員を助けてくれてありがとね」

「いえ、それくらい全然……」

答えながら、俺は真弓さんの後ろに控えている少女を見る。

目が合うと、彼女は柔らかい笑みを浮かべた。

話の流れでわかっていたことだが、彼女は夜桜で働いているようだ。

それなら、こんな場所に一人でいたことも納得出来た。夜桜は食事処としても営業しているとはいえ、実際のところは居酒屋に近い。だから、若い女性が一人で来るような場所ではないからな。

「あら、ひななのことが気になる? じゃあ、紹介しときましょうか」

俺が探るように少女を見ていると、真弓さんがそれに気づいて少女を前に押しやった。

「この子は朝比奈ひなな。先月からうちでアルバイトしてもらってるの。今年から高校生だから……来人くんと同い年ね」

「あ、ひななです。よろしくおねがいします」

少女──改め、ひななが頭を下げる。

「俺は霞河来人。よろしく」

答えながら、俺は右手を差し出す。

顔を上げた少女は首をかしげたが、すぐに俺の意図に気づいたようだ。

ぎこちない笑みを浮かべながら、恐る恐る握り返してくる。

そうして握手をしながら、俺は『やっぱりか……』と内心ため息をついた。

握られた手にやけに力が込められている。

さっきの出来事が原因だろう。どうやらひななは俺を警戒しているようだった。いや、下手したら恐れられているかもしれない。

成りゆき的にそうなるのは無理ないと思うが……俺がここに住んで彼女がそこで働いているなら、変な禍根は残したくなかった。これから顔を合わせるたび気まずい思いをするのは嫌だ。

そう思って考える。

どうすれば彼女の警戒を解くことができるのか。

手を話すと、今度は真弓さんがひななに俺のことを話す。

名前はもう言ったので、今日からここに住むという旨と、高校も同じだという旨を。

どうやら、あらかじめそういう人間が来るという話は聞いていたのか、ひななはすんなりと納得していた。

ていうか、高校も同じなのか。いや、古川町に高校なんて一つしかないのだから、当然同じになるか。

母が古川町の出身だから、進学面の事情も聞いている。

より偏差値の高い場を求める意識の高いやつは、寮に入るなり一人暮らしをするなり、地元を出て遠くの私立学校へ行くらしい。それ以外は、ほぼ全員が地元の唯一の公立高校である古川高校へ進学するそうだ。

そんな母は地元へ出て東京の学校へ進学したらしい。母の場合は学力よりも、薙刀がやりたくて地元を出たみたいだが。そんな突飛な理由ではあれど、成績がよかったために反対はされなかったそうだ。

結局薙刀は高校を出たらやめちゃったけど、東京の高校に行ったおかげで練習試合に来たお父さんと出会えたのよ。と嬉しそうに話していたのをよく覚えている。

対して俺はそんな母とは真逆のことを行ったわけだが、もしやこれが俺の運命の出会いなのだろうか。

なんて馬鹿なことを考えてみる。

運命の出会い云々よりも、俺はまずひななの警戒を解かなければならない。

「えっと……俺たちって同年代なんだよな?」

ちょうど真弓さんとひななの会話が途切れたころを見計らって、俺は口を開いた。

「そ、そうですね」

「だからまあ、その……なんだ。そんな必要以上にかしこまる必要はないと思うんだ。だから楽にしてくれ」

「……へ? あ、はい」

ひななはキョトンとした顔でうなずいた。

ああ……ダメだ。

もし自分が言われた側だとしても、そんな反応になるだろうなって思うような言い方になってしまった。

人と仲良くなろうと歩み寄ることに慣れていないせいで、そんなぎこちない言葉しか出てこない。

次の言葉を探して、ぐるぐると思考する。

そんな俺を見て、真弓さんが突然吹き出した。

「そんな言い方だと伝わらないわよ。来人くん」

「……え?」

「要は、あなたがここで暮らすなら、ひななとは頻繁に会うことになるんだし、仲良くしましょう。って言いたいんでしょう?」

「……そういうことです」

まるで心の中を見透かしたような言葉に、俺は首肯した。

不器用すぎて変な言い回しになったが、つまるところそういうことなのだ。

「ほら、来人くんがこう言ってくれてるんだから、ひななも堅苦しい態度はやめたら? 彼とはタメなんだから、敬語も使わなくていいと思うわよ」

さらに、俺が言おうとしていたことを先回りして言われてしまう。

そう。どっちかというと、俺はバルコニーで出会った少女のようにぞんざいな態度で来てくれるほうが嬉しいのだ。

もちろん、普段から誰に対しても丁寧な言葉遣いをしてるなら別だが……違うのなら堅苦しい言葉遣いはやめにしてほしい。

「わかりました。そういうことなら……」

真弓さんの言葉にうなずくと、ひななは再び右手を差し出してきた。

直前に自分がしたことなのだから、その意図はすぐに分かった。俺は迷わず手を取る。

まだ若干強い気はするが、今度は余分な力は伝わってこなかった。

「よ、よろしくね。クルくん」

言いながら、ひなながにぱっと笑顔を浮かべる。

そんな彼女の言葉に、俺は首を傾げた。

「く、クルくん?」

誰だそれは。と周囲を見回してみるが、今周りには俺含めて三人しかいない。

「もしかしなくても、俺のことか?」

「うん。来人くんだから、クルくんかなって思ったんだけど。ダメだったかな?」

「いや、ダメじゃないけど……急だったから驚いただけだ」

本当に急に呼び始めるもんだから、つい気づいてないふりをしてしまった。

ただまぁ、呼ばれてみて悪い気はしない。

というか、あだ名をつけられたならこっちもつけるべきだろうか。

朝比奈ひななだから……ひなちゃん? ひなひな?

なんだろう。甘ったるすぎて気恥ずかしいぞ。というか、俺がそんなあだ名を連呼するのは絵的にきつい。

なにか、いい感じの呼び方はないものだろうか。

朝比奈の「朝」をとって、アーサーとか?

……わかってる。自分で言っててそれはありえないなと思ったよ。

そんな風に葛藤していると、ひななが何かに気づいたように「あっ」と声をあげた。

「クルくんは私のこと、好きに呼んでいいからね。呼びやすい呼び方でいいよ」

どうやら呼び方に難儀していることに気づかれてしまったようだ。

「そっか。じゃあよろしくな。ひなな」

向こうが名前をあだ名にしているのだから、俺もせめて名前で呼ぶことにする。

すると、こころなしかひななが嬉しそうに笑った気がした。

「さて、意気投合したところで一つ頼まれてくれるかしら。来人くん」

会話がひと段落したタイミングを見計らって、真弓さんが口を開く。

なにをですか、と俺は訊ねた。

「ひななをね。送ってあげて欲しいの。長旅で疲れてるのに悪いと思うんだけど、心配だから」

「それくらい、全然構いませんよ」

なんだ、それくらいお安いご用だ。俺は二つ返事で頷いた。

確かに疲れてはいるが、体はほとんど動かしていないので全く問題ない。

むしろ、この後時間があったらランニングに行こうか、と考えていたくらいだ。

無論、ひななを送るなら走れないが、夜の散歩だと考えればいい。

「というわけで、良かったわねひなな。超強力なボディーガードがついたわよ」

「あはは。頼もしいです」

真弓さんが冗談めかしたようにいうと、ひななは屈託のない笑みを浮かべた。

それから俺の方を見て、申し訳なさそうな顔になる。

「でもクルくん、本当にいいの? 私の家、結構遠いけど」

「別にいいよ。ずっと座ってたから体力は有り余ってるし」

遠いといっても所詮バイトで通えるような距離だ。せいぜい一キロちょい、多くて三キロくらいだろう。

俺はいつも早朝と夕方にその倍以上は走ってるので、全く問題ない。

無論、ひななを送り届けるのが目的なのだから、走ることは出来ないが。それなら単純に楽になるだけの話だ。

そう伝えてやると、ひななは「すごいね」と感心しつつ、「それなら大丈夫だね」と笑った。

「じゃあ、お願いします」

「おう」

話が決まると、俺たちはさっそく夜桜の敷地を出た。

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