第36話 嘘

 舞は広間を抜けると、自分の部屋に急いで戻っていった。


 私はブラックや精霊の言葉に心が掻き乱された。

 部屋のドアを急いで閉めて、すぐにベッドに転がったのだ。

 私は部屋の天井を見ながら、胸に手を置き二人の事を思い出してみた。

 ブラックの態度に少しがっかりしたところに、精霊に抱きしめられるなんて、実はかなり驚いたのだ。

 今日の精霊は光で作られた姿ではなく、私たちと変わらない実体であった。

 初めて会った時の精霊は少年のような姿で、その後は小さな子供の姿となり、そして今は素敵な青年の姿であったのだ。

 だが、以前から中身は私なんかよりずっと大人で冷静であった。

 だから私はいつも頼って心配ばかりさせていたのだ。

 でも、精霊に抱き寄せられあんな風に耳元で囁かれたら、もう意識せざるを得なかった。

 何でも無いように微笑んだが、本当は私の心臓はドカドカして、普通ではいられなかった。

 私を抱き寄せた精霊の力は強く、まだ私の身体に感覚が残っていたのだ。

 それに今まで気付かなかったが、私に触れた精霊は私の好きな生薬のような匂いがしたのだ。

 ブラックの態度にがっかりしたからといって、精霊の行動にドギドキするなんて自分でも何だか身勝手に感じた。

 しかし、それが正直な気持ちだった。

 自分のいた世界では、ブラックや精霊のような態度の男性と全く遭遇した事がなかったので、私はどう行動すれば良いかがわからなかった。

 ただ二人とも大切である事は確か・・・

 ああ、もうわからない・・・

 私は答えの出ない事を考えている間に、いつの間に眠りについていたのだ。


 次の日私はカクとヨクの待つ家に戻る事にした。

 ブラックはいつもと変わらず、優しく声をかけてきたのだ。


「舞、家まで送りますよ。」


 精霊は夜のうちに森に戻ったようで、少しだけホッとしたのだ。

 精霊とどんな顔をして話せば良いかわからなかったのだ。

 ブラックはいつものように私の手を取り、一瞬で人間の国に繋がる洞窟の前に移動したのだ。

 しかし、ブラックは洞窟の中では私の手をずっと繋ぎながらも黙って歩いていた。

 ちょうど行き来する人も多くなかったので、私とブラックの足音がやけに響いて聞こえたのだ。

 何となく気まずい雰囲気をどうにかしたく、私はブラックに声をかけようとした時、ブラックが話しかけてきたのだ。


「舞・・・」


 私が驚いてブラックの顔を見ると、少し戸惑った表情をして話し始めた。


「舞・・・昨夜は精霊に何か言われましたか?」


 一番聞かれたくなかった事を聞いてきたので、私は言葉がすぐには出なかった。


「ああ、話したくなければいいんですよ。

 ちよっと気になっただけですから。」


 質問して来たブラックの方も、何だか動揺しているように感じたのだ。


「特に・・・私、かなりお酒を飲んでいたから正直記憶が曖昧で・・ブラックとも話した事も所々抜けてる感じなの。

 でも、そんなに大事な話はなかったと思うけど・・・」


 ・・・私は嘘をついたのだ。


「そうですか・・・確かに昨夜はよく食べて飲んでましたね。」


 私に微笑みながら話すブラックを見て、少しだけ罪悪感を感じたのだ。

 洞窟を抜けると一瞬でカクとヨクのお屋敷の前まで着いたのだ。


「舞、まだこっちに滞在してますよね。」


「ええ、自分の世界に戻って準備を整えには行くつもりだけど、まだ数日はここにいると思うわ。」


 私がそう答えると、ブラックは大きな両手で私の手を包み込み微笑んだのだ。


「わかりました。」

 

 そう言うと、ブラックは一瞬でその場から消えて何処かに移動したのだ。

 その時、勢いよくお屋敷の扉が開いたのだ。

 

「舞〜やっと帰ってきた。

 手紙が届いてはいたけど、心配してたんだよ。

 すぐに帰ってくると言ってたからさ。」


 泣きそうな顔で、カクが飛び出してきたのだ。

 そして相変わらず私に抱きついて中々離さなかった。

 後からヨクも笑いながら外に出てきたのだ。


「これ、舞が困っておるだろう。

 まずは休ませてあげなくては・・・お帰り、舞。」


 私は二人の顔を見てホッとしたのだ。

 そう言えば、カクによく抱きつかれるが、ドギドキする感じというものは全くなかった。

 私にとってカクも大事な一人ではあるが、弟みたいな家族と思っているからなのだろう。


 そして私はお屋敷に入ると、すぐにカクとヨクにお願いしたのだ。


「お願いがあります。

 私をここに住まわせてください。

 そして、この世界の事や薬師の事など勉強させてください。」


 私はそう言って二人に頭を下げたのだ。

 

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