第34話 宴の後

 魔人の城ではちょっとした宴が行われ、幹部だけでなく城に仕える多くの者が美味しい食事やお酒を楽しんでいた。

 小さな姿の精霊も参加しており、食事を食べる訳では無いが、幹部の者達と楽しく色々な話をしていたのだ。

 そこに舞とジルコンが入って来た。


 誰もが二人の姿に目を奪われた。

 ジルコンが美しい魔人である事は周知の事実であった。

 しかし舞のドレス姿が今までの可愛らしいお嬢さんという感じではなかったのだ。

 黒髪で黒い瞳そして雪のような白い肌の、この世界ではあまり存在しない風貌をより美しく見せたその姿に、誰もが目を奪われたのだ。

 ブラックはもちろんの事、森の精霊も例外ではなかった。


 精霊はブラックが舞の手を取る姿を見て、チクリとするものを感じたのだ。

 とても悔しい気持ちとなり、自分もブラックと同じように舞の手を取りエスコートできる姿であればと思ったのだ。

 精霊は今までは自分の森や自分が作る空間で無ければ、人と同じ大きさにはなれなかった。

 しかし、急に精霊は明るい光に包まれたかと思うと、小さな姿から変化したのだ。

 精霊は意図せず、周りと変わらない大きさになっていたのだ。

 それを見た舞が嬉しそうに精霊に声をかけたのだ。


「驚いたわ、ここでもその姿でいられたのね。

 とても素敵よ。」


 精霊はそんな風に言ってくれる舞を見下ろすと、心が温かくなるだけでなく、舞を抱きしめたくなる衝動に駆られたのだ。

 だが、横にはブラックがいたのでその気持ちを抑えるしかなかった。


「ありがとう、舞。

 舞もとても綺麗ですよ。

 何故か急にこの姿になれたのですよ。

 ちゃんとした実体のようなので、食事も取れそうですよ。」


 精霊は嬉しくてつい舞の手を取ったのだが、ブラックの痛い視線を感じたのだ。

 だが、そんな事はお構いなく精霊は舞を独り占めしたくなったのだ。


 そのやりとりを見ていたジルコンは不謹慎ではあるが、面白いと思っていたのだ。

 どう見ても精霊という存在でありながら、彼は舞に特別な感情を抱いている。

 それに気付いていない舞。

 舞はブラックの事を好きなのだろうが、ブラックが心から舞を大切に思っていることに気付いていない。

 ブラックも直接的にはあまり訴えず、昔と変わらず紳士的な優しい王を演じている。

 舞の鈍さとブラックの態度が問題なのだろうが、そこに精霊が混ざる事で中々面白い状況になると、ジルコンはニヤニヤしながら三人を見ていたのだ。

 

 ブラックは、舞が精霊を褒めているのが面白くなかった。

 精霊には助けてもらった恩もあるのだが、それとこれとは別の話であった。

 だが、ブラックは魔人の王である立場を忘れてはいなかったので、皆の前ではいつもの冷静な姿を見せていたのだ。

 そして様々な思惑の中、夜はふけていった。 



            ○


            ○


            ○



 宴が終盤になると、人もまばらになっていった。

 舞はみんなと話すのが楽しくて、お酒もかなり進んだのだ。

 酔い覚ましにバルコニーに出て、夜風に当たって考えていた。


 今日のブラックを見て、私は再度思ったのだ。

 やっぱりブラックは魔人の国の王であり、この国にとって大切な人なのだ。

 ブラックを慕う多くの魔人がいる事を実感したのだ。

 私は側にいたいと思うが、ブラックは私に構っている余裕などきっと無いだろう・・・


「舞・・・具合が悪いのですか?」


 振り向くとブラックがすぐ後ろに立っていたのだ。

 見上げたその姿は、お酒のせいかいつも以上に素敵に感じたのだ。

 端正な顔立ちだけじゃなく、私を呼ぶ声や立ち振る舞い、そして舞の世界ではどこかの国の王子を思わせる素敵な衣装もとても似合っていて、私は見惚れてしまったのだ。

 そして今の私では、ブラックには全く釣り合わないと思ったのだ・・・


「いいえ、大丈夫よ。

 ちょっと、飲み過ぎたみたい。」


「そうですか・・・舞、あの時の話の続きをしたいのですが。

 こちらの世界にずっといられるのですか?

 私の近くにいられると思っていいのですか?」


 私の肩に手を置き、ブラックは私の顔を覗き込んだのだ。


「・・・父にもちゃんと話したので、しばらくはカクの所にいさせてもらおうと思います。

 だから、ブラックとも以前よりは会う機会が増えるわ。」


 私はこっちの世界に拠点を移す事は決めていたが、やはりこの城ではなくカクとヨクのいる人間の国で生活しよう思ったのだ。

 本当はブラックの側にいさせてもらおうと思っていた。

 しかし、今のままではダメ・・・誰もが認めてくれるような女性になってからではないと。

 ブラックはこの国の王なのだ。

 私はこの魔人の国に必要だと思われる存在になりたかったのだ。

 もしブラックが望んでくれてもそれは優しさからであり、私は守られるばかりの存在になるだろう。

 それではダメなのだ。

 

 それに私はこちらの人間の世界、そして魔人の世界など色々と知りたい事が沢山あった。

 カク達の薬師の仕事ももっと知りたかった。

 まだ、知らないことばかりなのだ。

 だから・・・


「舞、私はてっきりこの城に来てくれるのかと・・・」


 ブラックに見つめられてそんな事を言われると、私の決心が揺らぎそうであった。


「そう思っていたけど、やっぱりブラックに迷惑をかけるわ。

 だから、たまに会いに来るだけの方がいいかなって・・・」


「全くそんな事は無いのですが・・・

 ・・・わかりました。

 いつでも城に遊びに来てくださいね。

 待ってますから。」


 ああ、やっぱり・・・

 私はすぐに理解を示したブラックを見て、少しがっかりしたのだ。

 私が思うほどは、ブラックは私を思ってくれてはいないのだろう。

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