怪談・壱

長万部 三郎太

背後を見てはいけない

ありきたりな怪談のひとつに、風呂場というジャンルがある。

やれ『水場には霊が寄る』だの、『鏡に映る』だの……。


幼少期こそそのような話に怯えて育ったわたしだが、二十を越えてからはすっかり忘れてしまった。



ある盆の帰省。


久々に実家に帰ったわたしは、懐かしくも古めかしい昭和感あふれる風呂に入った。


浴槽でしばし体を温めたのち、洗体を済ませたわたしはおもむろに頭からお湯をかぶると髪の毛を洗い始めた。



思い出したくない時に限って、記憶は蘇るものである。


『洗髪中に背後を見てはいけない。何故なら……』


わたしはこの妄想を消そうと、必死になった。

しかし、一度浮かんだ邪念はそう簡単には消えない。


突如、背中に冷たい風が当たった。

確実にヒヤリとする感触があったのだ。


さすがのわたしも身動きができず、金縛りにあったかのような衝撃を受けた。


シャンプーの泡で目が見えづらいが、正面には鏡が設置してある。

視線を上げるべきか悩んだものの、勇気を絞りそれを『見る』ことにした。



鏡には……女が映っていた。

よく見えないが、どうやら女が背後にいるようだ。



そして。



「アンタ、帰っとったんね。

 誰が風呂に入っとるんかと思ったよ」



姉であった。





(実話シリーズ『怪談・壱』 おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪談・壱 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ