第9話 友の素性

 死んだ母ユリアが、息子のレウスに遺した手紙。

 そこには、レウスはユリアの姉の子供であると、記されていた。

 そして、レウスには生き別れの双子の妹、レイアがいる事も記されていた。



 レウスは無表情のまま、裏山の中腹から、ふもとの故郷の村を見下ろす。

 気を失ってた人たちも、すでに意識を取り戻していた。

 そして、残された村人達と、人間の兵士達による殺しあいが始まっていた。


 殺しあいと言っても、温厚な魔族の村人達と、武器を持った人間の兵士。

 それは一方的な虐殺だった。


 これにはレウスの心も、少し痛む。

 母ユリアを見殺しにした村人達に、レウスは未練はない。

 とは言え、これまで同じ村で暮らしてた村人達。

 見知った人たちが殺されるのは、気分の良いものではない。


「おい、どうなってんだよ。これ。」

 レウスが連れてきたドレイクも、意識を取り戻す。

 ドレイクも村の異変を、目の当たりにする。


 レウスは、何て答えていいのか分からなかった。

 ドレイク以外を見殺しにした自覚はあるから。


「こんな時のために、」

 とドレイクはつぶやいて、その続きを言いよどむ。

 そう、人間に攻められた時のために、ユリアが居た。

 しかしドレイクは、思い出す。

 自分が気を失う直前に見た光景。

 レウスの放つ槍を、ユリアが受けた光景。


「母さんなら、そこで眠ってる。」

 言葉を失ったドレイクに対して、レウスがつぶやく。

 ドレイクが振り向くと、ほら穴の奥に、土がこんもり盛られていた。

 埋葬の知識も何もない、その葬り方に、ドレイクは絶句。


「ごめん、おまえを連れてくるのが精一杯だった。」

 母の墓を見せた後、レウスはドレイクに謝った。

 自分の母ユリアの末路を知った後、ドレイクが気にかけるのは、ドレイクの母の事だろうから。


「まじかよ。」

 ドレイクはそうつぶやいて、その場に崩れこむ。


 ドレイクもレウスの言わんとする事を、理解する。

 今目の前でおきてる惨劇から、レウスが連れ出せたのは、自分だけだったのだと。

 あの惨殺されてる村人の中に、ドレイクの母もいる。


「くそ、くそ、くそ!」

 ドレイクは涙を流しながら、地面を叩く。

 あのユリアさんでも、人間の兵士どもには敵わなかった。

 他の村人達が、敵うはずもない。

 ユリアが対峙したのはレギアスだけだったけれど、ドレイクは遠巻きから見ていただけで、気づいてはいない。他の兵士達となら、普通に戦える事を。


 ドレイクは、ふらりと立ち上がる。そして歩きだす。


「どこへ?」

 レウスは呼び止める。


「決まってるだろ、母さんを助けにだよ。」

 ドレイクは言外に、レウスも来るだろ、と含む。

 戦力で言えば、今やレウスもユリアにヒケを取らない。

 ドレイクだって、レウスに次ぐ戦力だと言う自負がある。

 自分達ふたりなら、僅かでも村人達を助けられる。


「そうか。」

 レウスは今一度、村に目を向ける。

 なぜか勇者アバリスの幼女の姿が、見当たらない。

 ちなみに、レウスは「養女」と言う言葉を知らない。

 なぜレギアスが「幼女」と言ったのか、分からない。

 そんな幼女の姿が無い今、ドレイクだけでは荷が重いが、レウスも一緒なら、なんとかなる。はず。


 しかしレウスには、この村の事など、最早どうでもよかった。


「一緒に来ては、くれないんだな。」

 思案するレウスを見て、ドレイクはつぶやく。


 レウスにその気があったのなら、こんな所まで退避はしないだろう。


「ごめん。そんな気になれないよ。母さんが受けた仕打ちを思ったら。」

 レウスが助けたかったのは、ドレイクだけ。

 ドレイクが助かったのに、再び戦禍に飛び込む気など、レウスにはなかった。


「そうかよ。」

 ドレイクにも、レウスの言い分はよく分かる。

 ドレイクの幼い頃、この村を襲った疫病から救ってくれたのは、ユリア達だ。

 でも今は、そのユリアを魔王軍関係者として、疎んでいた。


 ドレイクは、ひとりで立ち向かう決意を決める。

 ユリアさんの息子であるレウスは、頼れない。


 歩きだすドレイクの腕を、レウスが止める。

 ドレイクはレウスの手を振り払おうとして、ハッとする。


 自分の右手首をつかむ、レウスの左手。

 その左手首にはめられた腕輪に、ドレイクは見覚えがあった。


「おまえ、それどうしたんだ。」

「それ?」

「その腕輪だよ。」


 レウスのはめてる腕輪。

 それはドレイクがまだ物心つくかつかないかの頃、疫病の治療が終わった時に、ドレイクの頭を撫でてくれた、ある人物がはめてた腕輪。

 その人物の顔とかはよく覚えてないが、この腕輪は印象的に記憶に残っている。


「これ、か。これは父さんの形見らしい。」

 レウスは悲しげにうつむき、左手首の腕輪を右手で押さえる。ユリアからの手紙を持った右手で。


「俺、母さんの子供じゃなかったみたい。」

 レウスは消え入る声で、そう続ける。


「いやいや、そんな事、」

 ドレイクは思わず突っ込みを入れる所を、なんとかこらえる。

 レウスがユリアの子供でない事は、誰も口にしなかったが、村人全員周知の事実。

 魔王が勇者に殺されたとの報告と前後して、ユリアはこの村に帰ってきた。

 幼い赤子を連れて。

 その赤子の素性を聞く事は、誰にも出来なかった。


「その手紙、ユリアさんから、か。」

 ドレイクはレウスの持つ手紙に視線を落とす。

 レウスはうなずく。自分が母さんの子供ではないと口にした事で、また悲しみがよみがえり、言葉にする事が出来ない。


「見せてもらっても、いいか。」

 ドレイクの言葉に、レウスはうなずき、手紙を渡す。


 ドレイクはユリアの手紙に目を通す。

「な、」

 そして思い出す。


 ユリアさんの姉って、確か魔王の妃。今まで忘れていたが。

 そして幼い自分の頭をなでた、あの腕輪の持ち主。それが魔王である事を。


「ははは、」

 手紙を読み終えたドレイクは、かわいた笑いを浮かべ、手紙をレウスに返す。

 ドレイクは理解する。レウスの素性を。

 そしてユリアさんが、なぜ敵であるあの少女を庇って死んだのかを。


「ドレイク?」

 そんなドレイクに、レウスは聞き返す。

 レウスは村の子供達の中でも、理知的で物分かりのいい方だが、今のドレイクの思う所は分からなかった。

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