プロローグその2


「あうー…」

さて意気揚々として入っていった部室だったけど、ものの見事に打ちのめされた。いや、比較対象が、そもそもテーマが悪かったのだ。今回のテーマは「夏の暑さも吹き飛ばしてしまうホラー」。碧夜ちゃんや愛美ちゃん、菜月先輩は五臓六腑まで凍らせてしまうようなホラーものが大得意だし、絶望ものを書かせたら璃華ちゃんの右に出る者はいない。香澄ちゃんと颯希、灯里ちゃんと美桜先輩の四人はレパートリーが広くてどんな話でもそつなくこなしてしまう。レパートリーの少ない私としてはうらやましい話だ。杏里ちゃんと杏菜ちゃんは人に「読ませる」作品を常時生産できる超人だ。わかってはいた、わかってはいたんだけど、今回のはかなり自信があったので、ショックである。

「打ちのめされてるねぇ、歌音ちゃん。」

「…七美先輩…。」

机に突っ伏していた私に声をかけてきたのは、七美先輩だった。いつものにやにや顔だが、心配の色も見て取れる。その後ろからひょこんと顔をのぞかせたのは、颯希だった。

「しっかたないよー、みんながすごすぎるんだから。私は歌音の文章好きだよ?」

「文芸部の皆の創作力はもはや学生レベルではありませんから。というか、歌音の文章もなかなかだと思いますよ?」

くすくすと笑いながら慰めてるのかけなしているのか判別のつかない言葉を口にする颯希と、いつの間に現れたのか私の頭のポンポンと撫でながら慰めてくれる優佳。

「私なんてまだまだ。もっと精進しなきゃ。…あと、好きって言われるのはうれしいけど、颯希に言われるとなんか腹立つ。」

「相変わらず歌音が私にひどい。」

「ん、颯希はギルティ。情状酌量の余地もないですね。」

「優佳もひどい!!」

「「仕方ない、颯希だもの」」

「納得でーきーなーいー!!」

手足にじたばたさせ、私たちの言葉に抗議する颯希。そんな颯希を無視して、私と優佳は二人で話を始める。

「そういえば今日は全員集まるって言ってたよね。…の割には人少なくない?」

そう優佳に問いかけながら、私はぐるっと見回してみる。杏里ちゃんと杏奈の二人は相変わらずラブラブだし、そんな二人に璃華ちゃんがちょっかい出そうとして、碧夜ちゃんに阻止されてるのもいつものこと。美桜先輩と菜月先輩は二人並んでほほえましく歓談に興じている。現在部室にいるのは、私を含めて10人。現在活動中の部員は15人なので、後5人足りない事になる。

「千乃と涼花は兼部してる部のミーティングやってから来るっていってましたよ。」

「愛美ちゃんと灯里ちゃん、あと香澄ちゃんは図書館行くって言ってたよ?楽しみにしてたファンタジーの続編が入荷したから借りてくるって。あれ、私の楽しみにしてたんだけど、しばらく借りられそうにないな~。」

なるほど。私の疑問に答えてくれたおふたりのおかげで残り5人の行方に得心のいった私は二人に会話に交じることにした。

「あ、その作品なら知ってます。私も続編が出るの待ち焦がれていた一人ですからね。」

「でも、かなりマイナーな作品じゃないですか?私聞いたことありませんよ?」

私の言葉にきょとんとする優佳。そんな彼女に七美先輩と私は目を輝かせて言葉をつなぐ。

「今、水面下でブームが来てるんだよ。こう、じりじりと火がついている感じ?」

「ミスディレイクっていうのかな。読者の視線の誘導の仕方とか、複線の張り方とかがすごく神がかってるの。…いいなぁ、私もあんな作品が書きたいよ。」

ポツリとつぶやいた私の言葉に優佳がきょとんとしてこちらを向いた。

「歌音のは十分人を引き込むものだと思いますよ?今回のも…なんでしたっけ?」

「「もう誰も信じられない」のこと?あれは題材がよかっただけ。『汝は人狼なりや?』って知ってるでしょ?」

「この前みんなでやりましたね。ほんと、璃華ちゃんとかすごくイキイキ騙ってましたっけ。」

「でも、歌音ちゃんの文って謙遜するほど悪くないと思うよー?」

優佳の言葉に私が苦笑して答えると、七美先輩がにやにやして確認をとってくる。その言葉に頑として返事を返すわたしに、優佳は完全にあきれた様子だ。

「…歌音は強情ね」

「事実を言ってるだけよ!」

むすっとした私とあきれ顔の優佳、私達に険悪な雰囲気が流れる。

「まぁまぁ、喧嘩はよくないよ。あ。そういえば知ってる?」

「?なにをですか?」

私たちの剣呑な雰囲気を察したのだろう。七美先輩が唐突に話題を振ってきた。

「例のファンタジーの作者ってね、この文芸部のOGなんだって。」

「え、そうなんですか?」

優佳のあげた驚きの声に七美先輩はにこっと笑って言葉を続ける。

「うん、10年くらい前の先輩らしいよ。アシスタントとか、出版社の人も先輩の人みたい。」

「へぇ。その世代の人ってすごかったんですねぇ。」

「なんだか行動力に満ちてる!!って感じですよね。」

優佳の感心したような態度と私のキラキラと目と輝かせた私に七美先輩は苦笑しつつも、言葉を続けた。否、続けようとした。

「そうそうでね「「「ただいま戻りましたー!!」」」

七美先輩の紡いだ言葉はちょうど入口から入ってきた愛美ちゃんたち三人によってさえぎられた。さらにその後ろには。

「遅れましたー!」

「あの、急いできたんで。…勘弁してください…。」

きらきらーと光をまとって明らかにはつらつとした少女と、ものしずかそうで少し顔色の悪い少女がいた。

「あ、涼花と千乃も来た。」

「…あいかわらず対照的というか…。」

「…あ、全員そろったって事は」

「「みんなー!ミーティング始めるよ!!」」

全員そろったのを確認したのだろう。美桜先輩と菜月先輩が部屋にいる全員に声を掛けた。

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