4-8 人の和をつなぐ希望。

「Hinamiさん、Utanoさん、こんにちは。初めてのメールです。私は最近になってレズビアンだと気づいた高校生です。友達を通してミセミセのことを知り、歌声にも人柄にもすっかり夢中です。こんな素敵なお姉さんたちに会えて、とても心強いです」


「私たちも嬉しいです、ありがとう!」

 Hinamiさんの返礼。可愛いと格好いいのバランスがとてもいい声だ。


「さて今回は、人生とビアンの先輩であるお二人に聞いてほしい悩みがあります。近所に住んでいる幼馴染の男子のJくんについてと、私の出産に対する意識についてです」

 コメント欄に目をやる、男子が絡むことへの反発は今のところない。


「まずは幼馴染についてです。Jと私は生まれたときから高校まで、家族ぐるみでずっと交友があります。あたしにとっては彼氏でも親友でもなく、兄弟のような存在でした。しかし、明確な恋愛感情はなくても、いずれは彼と結婚するのだと考えていました。他に親しい男子もおらず、子育てをしたい願望があったため、それが一番しっくり来るから……という理由です」

 結婚に対する感覚へ突っ込みが来るかもと思ったが、それはなかった。Utanoさんの読みは続く、澄みきって心地いい声だ。


「今年になって私はJから告白され、そのうち恋心もついてくるだろうと考えて承諾しました。しかし彼と付き合ううちに、自分の性愛は彼には向かないこと、レスビアンであることに気づきました。私がビアンであることを彼は受け容れてくれましたが、性的に合わないまま結婚することはできないと二人とも考えています。とはいえ、彼は長年私との結婚を考えていたらしく、まだ心が納得しておらず辛そうです」


 読み手がHinamiさんに交替、読んでもらうのがコンビで良かった。


「もう一つは、私の出産への意識についてです。

 私は、物心つかない頃に母を亡くしています。つい最近までは事故で亡くなったと聞かされていましたが、私を産むときに亡くなったというのが真実です」

 Hinamiさんの声は、Utanoさんよりも低めだしニュアンスもドライだ。こっちをUtanoさんが読んだら辛そうだな、という推測が浮かぶ。


「親にどんな事情があれ、その子供が親になるかは子供が自由に選ぶべき……というのが一般論でしょうし、他の親子についてだったら私もそう思えます。

 しかし自分のことになると、一般論では割り切れません。自分も母親になることでしかお母さんに報いられない、という考え方に一番納得しています。とはいえ、結婚したいと思える男性はJだけですし、子供のことを考えると精子バンク等も気が進みません」

 精子バンクが頼りの女性カップルもいるだろうが、自分の希望は明確にしておきたかった。

「長くなってしまいましたが、この二点が私の悩みです。

 Jには私から自由になってほしいし、私も産まねばという気持ちに区切りをつけたいのですが、自分だけでは道筋が見つかりません。お二人のお話を聞かせてください。


 ……ということです、ギバンナさんありがとうございます!」


 すぐに「長文ですみません、読みお疲れ様でした!」と送ると、Utanoさんが拾ってくれた。

「確かに長かったけど……ガチの相談はこうあるべきっていうのかな。対話ならちょっとずつ聞いてまとめていくことを、全部端的に入れてくれてるんだよね。とても真面目な人だなって思ったし、こういう詰め方は私も好きです」

「ねえ、こっちが気になりそうなことを押さえてくれてる」


 二人に好評で良かった。コメント欄も似た反応である、シリアス慣れした枠なのだろう。


「さてさて、これはウタが答える質問かな?」

「だねえ。一般論は分かっているみたいだし……うん、私の思い出話をします。常連さんは聞いたことあるかな、Mくんの話です」


 Mくん、というイニシャルの響きに。Utanoさんにとってとても大切で、苦しい思い出なのだろうと直感する。故人を語るときに特有の空気、という予感の通り。


「Mくんというのは、私の中高の親友です。

 私がレズビアンだと最初に言えた人で、私とヒナを応援してくれた人で、私に好きと言ってくれた人で、今は天国にいる人です。彼に会えたから、私はこうやって皆さんにお話しています」


 友人というだけでなく、彼女のバックボーンに関わる男性らしい。いま故人ということは、かなり若くして亡くなられたのだろう。


「私がビアンだって気づいたのは高校の途中だったけど、そのときはもう彼とずいぶん仲良くなってたの。そして、彼が私を好きでいてくれていることにも気づいてました。普通だったらもう友達じゃいられないくらい、彼を裏切ってしまったのが私です。

 それでも友達を続けてくれて、一緒に音楽やってくれたから、私は男性を……立場の違う人たちのことを、信じようって思えました」


 好意に拒絶を返したこと、裏切ってしまったこと。どこかあたしに近い負い目をUtanoさんは背負ってきた――多分、ずっと下ろせていない。


「Mくんにとって私は、周りでたった一人の特別な女子だった……みたい、です。私にとっても、たった一人の特別な男の子でした。

 だから、私がヒナと付き合った後もね。二人で結婚して、お父さんとお母さんになるのが幸せなんじゃないかって考えてました……彼だけじゃなく私も、子供を諦められなくて。

 けど私は、彼には別の女性と結ばれてほしいと願っていました、だから一緒に生きることは出来ないって伝えてきました。それが叶うこと、彼を愛する女性がいたことも、後になって知っています……高校生の頃に見えていたより、世界はずっとずっと広かった。その人しかいないって思い込んでいた時間は、きっと過去になれます」


 Utanoさんの声は泣きそうで、けど崩れなかった。きっと何度も何年も、彼と向き合ってきた。その想いの深さが声に乗って、あたしの世界の靄を晴らしていく。


「なのにMくんは、その広さを知ることなく、自分の可能性を見限ったままで、未来を奪われてしまいました。

 だから私は、彼にしてあげたかったぶんまで、誰かの世界を明るくしたいです。同性愛者の気持ちも、女性への恋に苦しんだ男性の気持ちも、男性への恋に悩んだ女性の気持ちも、痛いくらい分かる私だから出来ることがあると思ってます。


 かつてMくんが私と望んだような、お母さんになる生き方を、私は選んでいません。けど、彼と私みたいに悩んだ誰かを支えられるように頑張っている今を、私は彼に誇れるつもりです。あのときの願いと違っても、間違いじゃないです。

 だからギバンナさんも、きっと別の道を誇れます。自分だから出来ることがあるって決めて、本気で歩んだ道は、きっと自信になります。そうやって誰かを支えるギバンナさんのことを、天国のお母様も、別の道を歩んだJくんも、自慢に思えるはずです。だから真剣に自分に向き合って、可能性を信じてあげてください。

 あなたは、あなたがいま思うよりもずっと、誰かの力になれる人です。誰かとの関係に悩んだぶんだけ、別の誰かに寄り添う力を持てます」


 Utanoさんの澄み渡った声が紡ぐ、真摯なエール。

 可能性を信じて――という言葉が、頭の隅に追いやっていた道を照らす。

 一番憧れていた姿を、白日の下へ引きずり出す。


「……抽象的なんだけど、これが私の答えです」

「はい、ウタありがとう……ちょっと私も泣けてきちゃった。私から具体的なのを付け足すと、お二人には第三者の女子に介入してもらうこと、ギバンナさんは自分の進路を真剣に考え直すことがオススメです」

 Hinamiさんからの補足に、決心が固まる。まずは結華梨に相談すること、それから進路は――あの仕事を、真剣に目指してみよう。


「偏見交じりの推測なんだけどね。ギバンナさんは多分、勉強も得意で、自分の人生をすごく真剣に考えられる高校生だと思うの」

 Hinamiさんの回答は続く。他の回を聞く限り、Hinamiさんも恵まれた家庭で育った高学歴である。そこで得た知識を他の人に分かりやすく伝えるのも、ミセミセの大きな魅力だ。

「自分が何をやりたいかだけじゃなくて、誰のために自分の人生を使いたいかを軸にしたら、とても立派な大人になれるはずです……ウタと二人で幸せになることばっかり考えてる私が言うのも、ちょっとダブスタなんだけどね」


「いや、ヒナだってここのリスナーさんのためにすごく頑張ってるじゃん?」

「私にとってはどこまでもウタの夢のお手伝いだから」

 Hinamiさんの姿勢は潔い。二人とも、理想を語りはしても嘘は言っていないのだろう。


 深呼吸――肺を満たす空気はさっきより澄んでいる、視界も思考もクリアだ。御礼のコメントを打つ。


「お二人とも本当にありがとうございます。解決の道筋が見えてきました、相談して本当に良かったです!!」


 Utanoさんが応じる。


「こちらこそ、お話できて嬉しかったよ。

 私たちが生きる未来が今より明るい、なんて言える世情じゃないとしても。

 未来のあなたは、今のあなたよりずっと眩しくなれるから。ずっと、心から応援しています!」


 そして、少しだけ涙混じりの声で。


「あなたの、大事な男の子との絆を。どうか、守ってあげてね」

 

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