(V)RFPS

月見夜 メル

(V)RFPS

 天気の悪い日は、閉じ籠ってゲームをするに限るとは、誰の言葉だっただろうか。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「あにきー、右から2体来てるよー」


「ごめんそっちは任せる!手が放せない……」


「はいはーい……っと」


 雨音の染み込む、薄暗い3階建てアパートの一室。1組の兄妹が、その中央の床に背中合わせで座っている。額から目の辺りを覆うような群青のヘッドマウントディスプレイを身に付け、戦闘機の操縦桿にも似たコントローラーを右手で握っていた。


『現実と変わらぬ臨場感をあなたに!!』という謳い文句で発売された、最新鋭のVRギア。兄妹はそれを身に付け、非日常の世界へ身を投じていた。視界には、涙を流す鈍色の空と、同じ色に染まる街並みが広がっている。


 兄妹の操作に呼応して、独自の改造を施されたドローンが、その黒光りする機体を飛翔させた。2人はそのドローンに装着されたカメラと視覚をリンクしている。


 その視界いっぱいに映るのは、青白く腐った皮膚や傷痕も生々しいゾンビの群れ。緩急も安定しないフラフラとした動きでドローンに掴みかかろうとしてくる。


 兄の操るドローンは悠々とそれをかわし、機体下部に懸架されている改造ネイルガンを解放した。高速で射出された鉄釘に頭蓋を撃ち抜かれ、ドローンの一番近くにいたゾンビが濡れたアスファルトに沈む。


(緩やかにしか上昇出来ないのが難点だな……でも貴重な武器だ)


 乏しい物資をやりくりして、兄妹が苦労して組み上げたドローン唯一の武装だった。多少重量はかさむがそれ以上にリターンが大きかった。


「オッケー、物資回収。帰還させよう」


「よくやった。そろそろタイムリミットだしな」


 入手したアイテムを強靭なアームで抱えた妹の大型ドローンが兄のドローンに合流する。2機は兄のドローンを先頭に、行く手のゾンビを散発的にネイルガンで倒しながら進行した。高度は十分取っているが、ゾンビも石を投げるくらいの知能はあるため油断は出来ない。


 やがてドローンをホームポイントに帰還させ、兄妹はようやく安堵の息を吐いた。


「ミッションコンプリート。おつかれー、あにき」


「お疲れ!」


 兄がコントローラーのスティックを勢いよく指で弾いた。


 瞬間、改造ネイルガンの懸架されたドローンが、。次いで、『経口補水液』と印字された段ボールを抱えた妹の大型ドローンも飛び込んで来る。兄妹の視界に、ヘッドマウントディスプレイを装備した自分たちの姿が映った。


「回収回収!急ぐぞ!!」


「あにき、ミサイル到達まであと13時間あるよ。慌てて持ち出すもの忘れてく方が問題だから落ち着いてー」


 各々ドローンを停止してVRギアを外し、非常持ち出し袋に回収したての経口補水液やドローンとその操作デバイスを詰め込んで行く。傍らでは、手回し式の懐中電灯に付けられたラジオが、似たような内容の緊急警報を流し続けていた。


 要約すると、“発生したゾンビを殲滅するため、一定期間後に兄妹のいる街をミサイルで吹き飛ばす”というもの。2週間前に為されたその宣告を聞き、ドローンを利用して籠城していた兄妹はここ数日物資回収のペースを早めていたのだ。


 斯くして、集めた食糧や物資、弾薬鉄釘とドローンを持ち、兄妹はアパートを飛び出す。ゾンビの湧いていないルートはドローンを利用してリサーチ済みだった。


「あーもー……こんな命かかったFPSは二度とゴメンだわ」


「同感だ!やっぱりゲームは楽しんでこそ!!」


 ネイルガンを手に言い合いながら、兄妹は雨音の中に姿を消した――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(V)RFPS 月見夜 メル @kkymmeru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ