storyー04

 ヴォイチェク——タゼルバイエン公国の南方に位置する町の酒場で頭を抱えている女がいた。

 薄汚れた外套ホワイトローブの上を泳ぐは、まるで蛇のようにあっちへこっちへとうねっており何処どことなく不気味な雰囲気を醸し出している。


 目にしたのがそんな後ろ姿だけだったならば10人が10人、彼女から距離を取って関わらないようにつとめただろう。

 だが、正面から向かい合ったならばその美しさに見惚れて彼女の憂いを晴らすべく話し掛けたに違いない。

 そして、鈴を転がすような彼女の声を聞いた者はより親身になろうと前のめりになる。


 ——もっとも、側に控える2人の男と張り合って、勝ちを得ようなどと考える猛者が現れる様子は今のところないが。


 店の中央。

 テーブルを埋め尽くすほどの料理を注文し、女を膝の上に抱え込んだ金髪の美丈夫——クリスティアンは、獰猛どうもうな笑みをたたえながら言った。


「そんな安物の髪飾りを渡されて喜べると本気で思っているのか? なあ、

「ええっと……」


 女——フレデリカは言葉を濁した。

 仮面と魔道具を外したのはクリスティアンに願い乞われたからだが、髪の色とうねりに関してはだ。


 私を愛しているなら話を聞いて欲しいという、恥も外聞も捨てた訴えで男たちの暴挙を止めた後。

 道を急ぎ、目的の地に辿り着いた彼女は発生源ごと圧縮した瘴気を土地の浄化を完遂させた。


 これを中和するのに時間が掛かっており、いまだ体内に残る瘴気が髪色や髪質といった外見的特徴の変化に表れているという訳だ。

 他にも瞳が赤く染まっていたり。

 爪が艶やかに黒ずんでいたり。

 体調面に問題はないものの、とにかく凶々まがまがしい。


 元の姿を知ればこそおそおののいても致し方ない中、気に留める様子なく真っ向から対峙した赤髪の青年——エリックはムッとした表情で言い返した。


「華美過ぎるものを渡しても彼女を困らせるだけだろう。何より、贈り物に優劣を付ける方という評価こそ取り下げるべきではないか?」


 なお、彼がフレデリカに差し出した髪飾りはクリスティアンに言わせれば“安物”だが一般的な平民にして3ヶ月程度の給与額に相当する。

 あしらわれている石はガラスながらも宝石のような輝きを放っており、細工は細かく、添えられたリボンの色合いこそ落ち着いているものの十分、華のある逸品だ。


「バカめ。本人が優劣を付けぬからこそ周囲が気を配ってやらねばならないのだろう」

「それこそ愚かしい。自己満足に過ぎん」

「お二方とも、どうかその辺りで……」


 火花を散らしていた2人の視線がフレデリカに向けられる。


「まさかと思うが、この者からの献上品を受け取るつもりか?」

「いえ」

「何か至らぬ点でも?」

「そうではありません」


 クリスティアンの言い分を肯定するつもりもなければ、エリックからの贈り物を受け取るつもりもない。

 そのように気を遣ってもらう必要はないと言っているのだ。


 それにと、フレデリカは髪飾りを見詰めた。


「不躾で申し訳ないのですが、その……エリック様の懐について、あまり良いとは言えない状況であると……」


 質に入れたとして、いくらになるかは分からないが無いよりはマシであろう。


「なんだ他人の金で用意したのか?」

「いいえ。事実無根です」


 曰く、サンルスク教会——ハーヴィルベイトの国民の多くが属する宗教団体——への寄附金を減額したことが噂の発端であろうとのこと。

 金銭的な問題が理由ではないらしいが。


「あなたは正しくたたえられるべき存在です」


 エリックは至極真面目な表情で述べた。


 ——教会の庇護下に入ることで救われる民。

 ——フレデリカの偉業をもって救われた民。


 どちらも等しく尊ばれるべきものであり故に寄附金は二分するべきである、と。

 有事の際、先立つものが必要になった時のために備えてくれているらしい。


「ほう。ただの愚者かと思えば中々分かっているではないか」


 感心したように頷いてみせたクリスティアンの膝の上でフレデリカは頬を引き攣らせる。


 因みに婚約解消の話は本当のことだそう。

 フレデリカへの支援を反対され、話し合いを重ねるも理解は得られず、破局に至ったとか。

 当然である。


 関わりを持たない者にとってのフレデリカは、ただの悪名高き銀の魔女シルバーウィッチだ。

 支援の話に理解を示せる方がどうかしている。


「お気持ちは嬉しいのですが……どうか、どうか私のことは捨て置いてください……!」


 婚約解消はもうどうにもならないにしても金銭的問題を抱えていないのであればまだ立て直せるはずだ。

 祈るような気持ちで手を組んで訴える。


(宗教と同列扱いというのも少し、恐ろしいと申しましょうか……!)


 信仰されても困る。

 ただでさえ行き過ぎた好意を向けられやすいのに、組織化なんてしたらどのような惨状に繋がるものか。


「安心してください、フレデリカ嬢」


 エリックは心得ている、とでも言うかのように微笑んでみせた。

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