第1話 愛する日常

「ご飯の時間だよー。」 


 遠くから元気な呼びかけが聞こえてくる。

ディアナは汗を拭い、その返事に手を振って答える。

 そろそろ昼時ということを教えてくれるいつもの声。

彼女はいつものことながらそれが嬉しくてつい口元を緩ませてしまう。


「そろそろ戻ろうかな……。」と区切りをつけて家に戻る。


 彼女の家は少し大きい。民家とは違い木造ではなく石造り、扉の上には翼を象った金色の装飾が施されている。

派手ではないがどこか人を惹きつけるような紋章だ。

 ここが彼女の家、村にひとつの育児院である。

 彼女のほかに子どもが三人、初老の男が一人席についていた。

三人の子ども達は一人を中心とし楽しそうに会話している。それを見て男性は朗らかな笑みを浮かべている。平和や日常という言葉がよく似合う光景だ。

 ディアナは料理を並べ席に着く。

 食事の挨拶とともに食べ盛りの子供たちはガチャガチャと食器を鳴らしながら手をつけ始める。


「仕事は順調かい?」

 席に着き一番初めに彼女に声をかけたのは初老の男だった。

顔に掘られた皺に細い眼からは彼の苦労や、自身の人生の過酷さを感じさせるが彼が笑みを絶やすことはない。その顔はディアナにとって見慣れたもので安心できるものでもある。ディアナはそんな彼が好きだった。


「ベルマさん、明日には種芋を植えようと思います。」

「そう、相変わらず早いね。」と軽く笑いパンをちぎり口にほおった。


 彼の名前はベルマ・ゴートこの育児院の管理を担っている。今、預かっている子供はミリディアナを含むと四人、ここにいる全員である。

 この育児院にはベルマ以外に大人はいない。男一人の子育てそれゆえの苦労は絶えないが貰い手が見つかった子供たちは皆、彼と貰い手を交互に見つめ、惜しみながら去っていく。

 そんな、どの子にも平等の愛情と優しさを持って接することができる彼はきっと本当の親にも負けてはいない。「無理はしないように。」と話を締めくくる。

 口数はあまり多いほうではない。

 そんな彼だからだろうか男の子はやんちゃに育ちやすい傾向にあるのかもしれない。

「ベルマも手伝ってくれりゃいいのにさ。」

「それは悪かったよ。」と苦笑い。


 院長を『ベルマ』と呼ぶ彼の名前は『ジル』ディアナを除く三人の中では一番の年上だが年相応にやんちゃでもあった。

 そんな彼に「さん」付けを促すディアナというのもいつもの光景だ。

 優しい院長に、礼儀を教えるディアナと教育のバランスは悪くないのかもしれない。


「そういえば、今日は手袋が売れたんだ。サーシャが縫ってくれた皮の手袋だよ。」


 一人の少女が笑顔になる。おっとりしている彼女は『サーシャ』今はディアナから裁縫や料理を習っている最中で自分の作ったものが嬉しかったのだろう。今日の料理もほとんどサーシャが作ったものだ。まだ、年齢が十にも満たない彼女が皮手袋を縫うのは大変なことだったろう。手には複数のテーピングの痕が見える。

 それを横目に「みんないいなぁ」とつぶやく彼女は『メイ』彼女は育児院に来て間もない。

 しかし、一番のおしゃべりであり、ディアナを昼食に呼んだ元気な声の正体も彼女である。

 話の中心にはいつも彼女がおり話題を提供するのも彼女だ。

 彼女の話す内容は年相応のものではあるが彼女がいる限り沈黙はありえない。


「そうか、それなら畑を耕そう。」

 そんなジルの額をディアナは軽く小突いた。

「メイにはまだ早いよ。鍬だって重いし、危ないでしょ?」


 まだ、小柄な体躯の彼女では鍬を振るうには力が足りず、裁縫を覚えさせるには手付きが怪しすぎる。そんなわけで彼女は家の掃除などをしている。


 ジルは「俺だって重いよ。」と小声で悪態をつくがミリディアナは続ける。

「それにメイはメイでお皿洗いとか、お掃除もやってくれてる。」


 メイは不服そうな顔をする。


「ひとりは退屈だからお姉ちゃんのお手伝いがしたい。」

「そ、そう?」


 素直な彼女はこうやって可愛らしいわがままを言うことがある。

 それには、やっぱり答えたくなってしまうものだ。すこしだけ顔を赤くして


「じゃあ、頑張ってもらっちゃおうかな」


 そんなディアナの手のひら返しにみんなが笑った。

つられてもディアナも笑ってしまう。

彼女にとってずっと続いてほしい時間はゆっくりと過ぎていった。

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