30話 ギャンブルに予言はご法度です
それからしばらく、僕の稽古はボロボロだった。
「はい、ストップ! 何やってんだ、
「は、はい、すみません!」
「ここ最近どうした。ずっとミスばっかじゃん。何か悩みでもあんのか?」
「は、はい、すみません!」
「話聞いてるか?」
「は、はい、すみません!」
「九州の方ですごい台風が発生したそうですね」
「は、はい、すみません!」
「もういい、続けるぞ!」
何度稽古を止め、
そして、そんなに怒られたにもかかわらず、全くダメ出しの内容が頭に入らないから性質が悪い。
僕の頭の中はたった一つの事象で満ち満ちて、一歩たりとも他者の踏み込む余地が存在しなかったのだ。
それはどれだけ忘れようとしても消えるどころか日に日に存在感を増していき、数日たった今、耳や鼻から溢れるほどに成長していた。
………
しかも、二百万馬券当ててたんか。
え、二百万馬券って何? 仮に百円買ったとしたら二百万円になるってこと?五百円なら一千万円で一万円なら……すごっ。
そういえば、やたらと奢りたがる人だなとは思っていたけれど。その割にアルバイトをしている様子はなかったし……そうか、競馬か。
いや、いいんだけどね、別に!
多喜さんだって二十歳を過ぎた大人なのだから。国に許されたギャンブルをすること自体に問題はない。誰憚ることなく堂々とやればいいんだ。
ただ引っかかるのは買い方というか、予想の仕方というか、その………。
多喜さん、予言使ってね?
って、ことなんだ。
それはまずいだろう、色々と。
競馬に予言を持ち込まれると話は色々変わってくるぞ。何が変わるって、印象が変わる。色々と。
「ねえ、
いや、待て。落ち着けよ。いくらなんでもそんなことあるわけないじゃないか。
今まで多喜さんの何を見てきたんだ。あの多喜さんに限って予言をギャンブルに利用しようだなんて、そんなことがあるはずがない。あのスラスラ出てきた馬の名前だって………。
「海堂くんってば」
他の誰かに聞いたとか?
そう、それだよ。別に森田先輩だけが世界に一人の有識者ってわけでなし。競馬ファンなんてそれこそスタジアムを埋め尽くすほどいるはずだ。その内の誰かから予想を聞いて、それを森田先輩に確認しただけ。
多少苦しい説ではあるが、それでも多喜さんが予言を競馬に持ち込んだと考えるよりはまだ可能性があるように――
「おーはよー!」
「いてぇっ!」
いつもより明らかに強めにポルシェが額に突っ込んできた。
「話聞いてるの、海堂くん!」
気が付くと、目の前で多喜さんがめっちゃ怒っている。
「は、すみません! 聞いてました」
「めっちゃ嘘つくじゃん。もう何回も名前呼んだのに」
「そうなんですか? あれ、ここどこでしたっけ?」
見回すと、グラデーションのように徐々に景色が頭の中に入ってくる。ああ、王城寺学院前駅のロータリーじゃないか。
「なんでこんなところにいるんでしたっけ? ああ、自主練か。違う、スーパーヒーロー活動ですよね」
「ちょっと、本当に大丈夫?」
怒り顔を心配顔に変形させて多喜さんが言う。ふわふわの髪の毛は珍しく一つに束ねられていた。
「最近変だよ、海堂くん。具合でも悪いの? あ、わかった。さてはお腹が空いてるんだね。よーし、ここはお姉さんがお腹一杯ご馳走してあげ――」
「いいですよ!」
無意識に想定以上の大声がこぼれ出ていた。鞄に手を入れた姿勢のまま、多喜さんがびくりと肩を震わせる。
「ビックリしたぁ。どうしたの、海堂くん」
「すみません。驚かせて。でも、もう奢るのはいいですから。不自然ですよ、これ以上は」
「あ、いや、奢るっていうか、その、わたし、あのー」
おずおずと鞄から手を引き抜く多喜さん。
握られていたのは財布ではなく、角張った大きな………巾着袋? これって、もしかして。
「お弁当、作ったんだよねー」
弁当?
「いつもマフィンばっかじゃ飽きるかなって。でも、まあ、これも奢りといえば奢りの範疇かもだし、海堂くんが不自然だって思うなら…………本当にいらないの?」
「いります!」
しまいかけた鞄からチラリと引き戻された巾着袋に向かって、僕は元気よく手を挙げた。
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