18話 ガードマンには通行止めの強制権がないらしい
こうして、僕と
多喜さんの予言は大学の鐘突き堂に四、五日ごとに届けられるらしく、そのインターバルの間に危険な予言をすべて処理していくことになる。
当たり前だが日本は平和な国なので、銀行強盗や銃撃戦、誘拐、宇宙人の襲来などといった通常のスーパーヒーローがこなすような予言は降ってこない。
多喜さんのノートに書き連ねられるのは、交通事故や転倒、切り傷、落し物忘れ物、迷子といった日常生活の延長上にあるリスクだ。
ただ、一見何のことはない地味な予言でも簡単に処理できるものは滅多になく、中でも他の人間を動かす必要が出てくるとその難易度は飛躍的に跳ね上がるのだった。
「あれ、
「あ、黒田………と彼女さん? おはよう」
「初めまして。おはよーございまーす」
スラリと背の高い彼女を伴った学部の同期黒田淳は、田んぼの続く道の端に突っ立っている僕に向かって怪訝そうに挨拶を寄越した。
「え、何してんの、海堂。こんな所で。大学行かんの?」
「あー、いやえっとねー、ここ通行止めなんだって」
「……ん? 何が?」
「いやいや、だからそのー、通行止めなんだよ、この道。通れないみたいだよ」
「今、車通ったけど」
「いやいやいや、車はいいの。人だけ通行止めなんだって」
「そんなことあるか?」
「うーん。ある、みたいなんだよねー。ははは」
「え、何? それをお前が知らせてるってこと?」
「……うん」
「いや、わかんねーわかんねー。誰が通行止めにしてんの? 警察? 大学にそんなことできねーよな?」
「えーっと、それはー」
「おう」
「……小さな女の子が言ってるんだ」
「おう?」
「やだ………キモ」
「昔さ、ここら辺で女の子が親に殺されたらしいんだよ。ほら、この道の先のとこ。カーブの向こうに古い橋があるだろ、今にも崩れそうなボロボロの橋。その上で殺されたんだって。その子がさ、僕に言うんだ。来ちゃダメ来ちゃダメって」
「あー、あれ? 海堂ってそういうこと言っちゃう系だっけ?」
「……ねえ、カズくん。この人いつもこんな感じなの?」
「ああ! 聞こえる! また女の子の声が! 来ちゃダメって言ってる! 聞こえるよ!」
「おー、おー。いかついな、お前」
「ねえねえ、カズくん。もういいじゃん、あっちから行こう………あんまこの人と一緒にいたくない」
「お、おお、わかった。じゃあ俺達あっちから行くわ。あれか? もしかして演劇の練習か? 頑張れよ」
「いいから行こうって。じゃあ失礼しまーす………カズくん、もうあの人と会わないほうがいいよ」
「じゃーなー」
彼女さんに引きずられるようにして遠ざかっていく学友に手を振った。
……よし、何とか通行止めに成功した。
すまんな、黒田。遠回りをさせて。それにしても彼女さん、心の声がダダ漏れだったなぁ。
今頃何を言われているのだろうか、ちらちらとこちらを振り返る黒田と彼女。二人が角に消えるまで見送ってからスマートフォンを開く。
よし、そろそろ時間だ。五、四、三、二、一―――。
時間ピッタリにそれは聞こえてきた。
甲高い車のブレーキ音と、金属と金属が擦れ合う嫌な音。
スマートフォンをポケットにしまって道路を駆けた。雑木林に囲まれたカーブの向こう、僕の作り話の中で女の子が殺された橋の少し前。
あれか。
グニャリと曲がるガードレールに、軽自動車が頭から突っ込んでいた。
ややあって、運転席から若いドライバーがよろめき出てくる。多少足取りはふらついているけれど、見たところ怪我はしていないし体に大きなダメージはなさそうだ。
「……嘘だろ、納車して三十分なのに」
精神的には致命傷を負っていそうだけど、そこまではもうどうしようもない。
可哀想に。せめて彼――田中健二さんの前途に幸せがありますように。祈っているとポケットの中でスマートフォンが鳴った。
『お疲れ様。案件無事終了です。カフェテラスで会いましょう』
カーブの反対側を見張っていた
どうやらすっかり、『案件』というワードが気に入ったらしい。
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