黒板って見やすいように内側に反ってるらしいよ
男は白衣を着て赤くて回転可能な椅子で女を見ている。医者と冠するヒトだったので、ついでに診てもいた。
「今日の調子はどうですか?」
「白い風景で一人、ここに確かに私はいるのに」
「……安心してください。あなたは一人ではありませんよ。私が、いや私たちが責任をもって正常な状態に戻します」
医者は胸を張って女に安心感をアピールする。黒板のように大きな胸板は、黒板と逆方向に少しだけ反っている。
「正常……」
「あなたの心の病気はきっとよくなります。今の医療は昔では手も足も出なかった病も、すぐによくなるくらいにまで発達しているんです」
「そうなの」
女は心底興味がなさそうに生返事をする。医者は手に持っていた紙になにやら書き込んでいる。
「まずは症状の確認からですね」
「私を置いていくのね。私のコトなんて見もせずに、文字に押し込めてあなたは行くのね」
「おいてなんて行きませんよ。病院にはスタッフが常勤しています」
「黒いワンピースはあなたに見てほしかったのに。かわいく整えた髪はあなたに乱してほしかったのに」
女は黒いワンピースをひらひらと手ではためかせる。セリフの中で描写した服装を地の文で確定させる。
「どこをみているんです。僕じゃないんですか?上には何もありませんよ」
男は頭上を見上げるが、寒色の照明と乳白色の天井しか彼の瞳には映らなかった。
「お願いします。会話はできませんか?幻視をみているのでしょうか?それとも幻聴がきこえますか?」
女は文字通りひとつだけ次元が低い男を眼中にいれず、ただただ上を見上げる。上の次元を見据え、こちらに目を合わせている。
「医者はここにはいない」
さっきまでいた医者は跡形もなく。
「ここは診察室じゃない。しろくてなにもない世界」
白い部屋は部屋としての機能を失い、ただ白くだだっ広い空間になった。
「こんなことに何の意味なんてない。私はただの…………」
女の目の前で本が山のように燃えている。本が見えないほど高いところから火に向かって定期的に落ちている。BPM120で落下している。
「……終わりが近づいているんだわ。文字の世界の限界がきて、あなたの記憶にさえすぐに残らなくなって。創作として、そしてフィクションとして、どうでもいい存在にファイル分けされて、人間ドラマと刺激のある物語に希釈されていって」
女の声に濁りが混ざる。
「こんなの、殺されるのと一緒よ」
女が泣き崩れたかどうかはこちらには関係のない話だった。なぜなら、これは物語以上でも以下でもなく、描写以上は存在せず必ず終わりが存在し、描写さえ満足にされないのなら、あとはデータベースに格納されるただの文字列だったのだから。
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