悲哀症候群

かなしみが横たわっている

等身大のかなしみが横になっている


「また見てないふり。そんなことしてもどこにもいかないよ」

うるさいどっかいけ向こうに行っちゃえ。

持っていた包丁でめった刺しにした。血も何も見たくないので適当に拭いたタオルは部屋の角に放った。


私は奴を見ない。観測なんて絶対にするもんか。大きく、冷たくて暗いかなしみは時折こうして等身大に切り取られた形で迫ってくる。


一人にしてよ。さようならあっちいけここにはいらない。私にはいらない。


私の目に映るのは穢れのない土。それと曇り一つない青空。かなしみなんていらない私を放ってどっかに行け。そんなもの必要ない



「僕を受け入れれば甘美な棘で貫かれて。痛烈な蜜で体を包んであげるのに」

「黙ってよ。そんな気分じゃないの」

血だらけになって横たわっても話しかけてくる。大きな口を開けて私がからめとられるのを待っているんだ。

「そういって裏切るんでしょ。涙なんてつかれちゃうから嫌いなの」


そのままかなしみはみえなくなった。とりあえず今は。




「もし脳内で悲しみが実体として見えるなら、悲しみの対象が見えるのか、悲しんでいる自分が見えるのか」

「はぁ?」

「どっちだと思う?」

「………まず」

「うん」

「前提条件から頭が拒否して情報が入ってこないし、なんならルール決めてんのがあんたなんだから私が何言っても答えはでしょ」

「まぁ、そうなるかぁ」



「じゃあ、これはなんなんだ………………?」


真っ白な壁に向けて一人ごちる

梅雨はまだ始まったばかりだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る