31
ヘルベルトが笑うのと、イグノアの背中にディヴァインジャッジがぶつかるのはほとんど同じタイミングだった。
「うぎゃああぁぁぁぁぁっ!!」
イグノアがこの戦闘中初めて、聞いたことのないほどの絶叫を上げる。
その背中に当たった魔法がどれほどの威力を発揮しているのか、ヘルベルトにはわからない。
けれど魔法は命中し、イグノアの体力を確実に奪っていた。
マーロンとヘルベルトが削った分も合わせれば、蓄積しているダメージは相当なものに上っているはずだ。
これでヘルベルトの想定していた二手目が成った形だ。
ここで勝負が決まれば話は早かったのだが……マーロンの放ったディヴァインジャッジが、イグノアの背中から体内を通過し、そしてそのままヘルベルトが投擲で空けた穴を通って貫通しようとしていた。
イグノアの口からこぼれた血が、光線に触れてジュッと音を立てて蒸発していく。
けれど彼の魔人の目の輝きは、まだ失われてはいなかった。
その命の灯火は未だ消えてはいない。
だがそれすらも――ヘルベルトの想定内。
魔人のタフネスについては、未来の自分から教えてもらっている。
故にヘルベルトは三手目を打つために……敢えて前に出た。
マーロン、イグノア、ヘルベルト。
この三人が、一直線上に並んだ形だ。
とうとうマーロンが発動させたディヴァインジャッジが、イグノアを貫通する。
魔人の肉体を通ったからか、打った瞬間と比べるとその輝きはいささか減じていた。
しかしさすがの上級魔法、光線自体も若干細くこそなっていたものの、そこまで勢いを落とさずにイグノアを抜けて更に前進しようとする。
「ぐっ――なぁっ!?」
イグノアは自身目掛けて駆けてきたヘルベルトを見て、呆気にとられていた。
だがそれも当然の話、このままいけばヘルベルトはイグノアごと魔法に打ち抜かれることになる。
ヘルベルトは純粋な人間であるから、魔人であるイグノアと比べれば被るダメージは少ない。
だがそれでも上級魔法をその身に浴びれば、決して無事では済まないはずだ。
しかしながらここで――先ほど打った布石が意味を持つ。
ヘルベルトは作ったまま滞空させていた魔力球を己の眼前に置く。
そして目を閉じ、一瞬のうちに意識を集中させる。
今の勢いが減じたディヴァインジャッジ、ヘルベルトの残存魔力量。
この二つが噛み合うことで放たれる――王手となる三つ目の札。
「ディメンジョン!」
ヘルベルトは中級時空魔法、ディメンジョンを発動させる。
ディメンジョンで作った亜空間の中に、ディヴァインジャッジが吸い込まれていく。
その瞬間、ヘルベルトは自身の魔力がごっそりと持っていかれていく感覚を覚えた。
ディレイやアクセラレートのような初級魔法とは異なり、中級魔法であるディメンジョンは他人の魔法を魔力球へ入れ、
干渉することが可能である。
しかしその分、入ってきた魔法の二倍・三倍もの魔力量を消費することになる。
いくらか減衰しているとはいえ、上級魔法を取り込むのはさすがに無理があった。
全身が冷や汗を掻き、悪寒を感じる。
完全に、魔力欠乏症の症状だった。
身体がブルブルと震え、視線も定まらず、意識が飛びそうになる。
けれどヘルベルトはそれでも――諦めない。
思い切り歯を食いしばると、犬歯が唇に突き立って、血が滲んだ。
ヘルベルトは痛みと根性でなんとか意識を保ちながら魔力球を回転させる。
そう、ヘルベルトが用意した三手目とは……マーロンが放った魔法を、そのまま取り込んで再度イグノアへとぶつけることだった。
「これで――トドメだ!」
イグノアはヘルベルトが何をしようとしているか悟り、身をよじって避けようとする。
けれどマーロンが放った時とは異なり、ヘルベルトは魔力球を動かすことで、ディヴァインジャッジの発射角を調整することができる。
「ぐわあぁぁぁぁぁっ!!」
イグノアは再度、浄化の光にその身を貫かれた――。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
ヘルベルトは膝に手を当てながら、なんとか倒れないようにするのが精一杯だった。
だがその体勢を維持することすらも難しく、すぐに膝からくずおれ、地面に両手をついてしまう。
荒い息を整えながら、ゆっくりと顔を上げる。
すると恐ろしいことに、イグノアはまだ息絶えてはいなかった。
「グ……グググググッ」
イグノアの全身はそれはひどい状態だった。
胸には大穴が空き、内部から破裂したように肉が飛び散って向こう側の景色が見えてしまっている。
そして光の奔流と剣による創傷のせいで、傷がない場所を探す方が難しいような満身創痍の状態だ。
だがなんということか、未だイグノアの目に宿った炎は消えていない。
彼はここから逃走しようという強い気概を未だ保ち続けていた。
魔人は、通説では魔物の特徴を持った人間ということになっている。
けれどここまで異常さを見せつけられると、人間の見た目をした魔物なのではないかと思えてきてしまう。
イグノアの全身の輪郭がぼやけていく。
動きを止めていることで、本来の魔人の能力である透明化能力が発動し始めているのだ。
全身の透度が上がっていき、穴が空いているから向こうが見えるのか、イグノアの身体が透明になっているのかの区別がつかなくなってくる。
明らかに逃走の構えを見せるイグノアを見て……ヘルベルトは笑う。
「ライトアロー!」
「うぐううううううっ!?」
透明化が解かれ、再度イグノアの全身が露わになる。
穴の空いていない腹部に突き立つのは、一本の光の矢。
見れば視線の先には、再度光魔法発動のための精神集中を行っているマーロンの姿があった。
ヘルベルトは既に満身創痍になってしまっているが、マーロンには未だ余裕がある。
途中から完全にヘルベルトがイグノアを引き付けていたおかげで、彼には魔力を温存する余裕が、わずかながらにあったからだ。
無論、決して大量に魔力が余っているわけではない。
既に残っているのは、ライトアローを数発放つ程度だけ。
けれど瀕死のイグノアを倒すのには、それだけで十分だった。
「――ライトアロー!」
「こ、この私が……人間なんぞにいいいいいいいいいっ!!」
再度マーロンが放った光の矢が、イグノアの頭部に突き立つ。
イグノアはぐるりと目を回してから、そのままパタリと倒れる。
そして二度と起き上がることはなかった――。
「ヘルベルト」
「マーロン」
なんとか気力で立ち上がったヘルベルトと、魔力欠乏症の症状が出始めているマーロンが近付き――拳を上げる。
そして互いに拳を合わせ、ニッと口角を上げる。
互いの健闘を称えるのに、言葉は要らない。
くたくたになっている身体を支え合うため、二人は肩を組んだ。
ヘルベルトとマーロンは、無事魔人イグノアを倒すことができたのだ――。
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