29
ヘルベルトはまずは魔力場に己の身体を入れずに、通常の状態で攻撃を行った。
放った振り下ろしに対し、イグノアは対応。
マーロンと比べれば速度に劣るヘルベルトの攻撃を容易く捌いてみせる。
そしてヘルベルトが行う攻撃の最中に、反撃を差し込んできた。
「ちいっ!」
ヘルベルトはイグノアのカウンターを避けるため大きく距離を取る。
けれどその動きをイグノアは許さず、すかさず背後に回ろうとした。
「ファイアアロー!」
即座に発動できる火魔法を使って牽制をしながら、イグノアの攻撃をなんとか捌く。
しかし明らかに、魔法を発動しなければならないタイミングが多い。
このままのペースでは明らかに損耗が速すぎる。
けれどヘルベルトは焦らない。
彼の狙いは、先ほどのマーロンのようになんとかして打開策を探していた時とは違う。
ヘルベルトは着実に己の一撃が当てられるタイミングを、まず探しているだけなのだ。
それにヘルベルトの魔力量は、その血統と魔法の訓練によってマーロンと比べればかなり多い。
未だヘルベルトには、かなりの余裕があるのだ。
だが次の次の次、三手先のことまで考えるとあまり魔力をロスするわけにはいかなかった。
ヘルベルトは自分の身体に傷がつくことを厭わぬスタイルに切り替え、相手の攻撃をもらいながらも自分の攻撃を当てていくドッグファイトへと移行した。
傷が増えていく。
切り傷だけではなく、時折織り交ぜられる蹴り技が厄介だった。
今はマーロンの援護も期待はできない。
ヘルベルトは致命傷だけは負わぬように気を付けながら、自分の最大の武器である時空魔法が、最大の効果を発揮できるタイミングを見計らっていた。
イグノアの方は、途中から明らかにヘルベルトのことを舐めていた。
ヘルベルトの前で余裕ぶりながら攻撃を捌いている魔人は、明らかにマーロンの方へ意識を向けている。
マーロンが動きを止め、支援を止めてまで行っている、上級魔法発動のための精神集中。
明らかに大技の用意をしているとわかったのだろう。
目障りなヘルベルトをさっさと片付けて、マーロンの方へ向かいたいという意識が見え見えだった。
そのためヘルベルトは一計を案じる。
今までマーロンの方に向かわないよう細かく行っていた位置調整をやめ、必死に防戦している風を装うことにした。
「もらったっ!」
イグノアの放った、首筋目掛けての一撃。
しかしロデオの死ぬ気の特訓に耐えてきたヘルベルトには、その一撃が本気で自らの命を刈り取るために放たれたものではないことがわかった。
そしてヘルベルトの思ったとおり、イグノアのその攻撃は真の目的を悟らせぬためのフェイントだった。
ヘルベルトが防御姿勢を取ると、にやりと笑いながら……踵を返しマーロンの方へ向かおうとする。
マーロンの方にばかり意識が向いているせいで、イグノアは気付かなかった。
――ヘルベルトが取っていた防御姿勢もまた、自身と同様に見せかけのものであったことに。
「アクセラレート」
魔力球を形成し、その中へ自身を入れる。
そして相手の意識が完全にマーロンへ向いたその隙を逃すことなく、全力で突進する。
更にその間に、後の布石を打つ。
ヘルベルトはもう一つ魔力球を作ると、時空魔法を込めぬまま自分の近くに滞空させた。
(まずはここで絶対に、デカい一撃を入れる!)
ヘルベルトは身体に力を込め、叫び声と自らを軽く見たイグノアへの怒りを己の内に閉じ込めて、その思いを上乗せし、全力で走り出す。
痩せ始めたヘルベルトの三倍の全力疾走は、イグノアのそれを容易く凌駕した。
一閃。
「ギィヤアアアアアアアッ!」
ヘルベルトの振り下ろしが、イグノアの背から股下にかけて直撃。
甲殻が断ち切られ、内側にある肉が見えた。
気味の悪いことに、身体の内側は紫色であり、流れ出す血は緑色だった。
相手は不意の一撃を食らい、完全に体勢を崩している。
(まずはこれで一手!)
ヘルベルトはくずおれるイグノアを追い詰めるべく、断ち切った甲殻の内側にある肉体めがけて突きを放った――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます