10
「――以上が、私からさせていただく報告になります」
「……ふむ、なるほどな」
さて、ヘルベルトがなんとかロデオ相手に一撃を入れた次の日。
公爵の持つ騎士団に関する定期連絡の際、ロデオは早速マキシムにことの次第を伝えていた。
どこまで話せばいいかもわからないので、全てを話した。
既に公爵も聞き及んでいた決闘騒ぎのことから、改心し鍛錬を重ね、ロデオから一本を取ってみせたこと。
そして――ヘルベルトが時空魔法の使い手であるということまでを含めた、ありのままの全てを述べた。
公爵であるマキシムも、王女イザベラからの覚えめでたいマーロンと呼ばれる特待生相手に、ヘルベルトが勝利を収めたことまでは知っている。
だがそのマーロンと現在も仲良くして、昼休みは手合わせまでしていること。
そして決闘が終わっても、毎日ロデオにキツくしごかれ続けていたこと。
何よりもヘルベルトが――有史以来二人目の、時空魔法の使い手であること。
それら全てが初耳であり、特に最後の一つだけは相当なインパクトを残していた。
そのあまりの衝撃に、思わず一度聞き直してしまったほどだった。
「さすがに信じられんな……まさかあのヘルベルトが、リンドナー第二の賢者だと……?」
「私も実際に見なければ同じ反応をしたでしょう。別に使っても減るものでもなし、一度見せてもらえばよろしいかと思います」
「時空魔法、か……」
努力をやめ、己との対話を拒絶し、公爵家嫡子であることを盾にあらゆる横暴を尽くしてきたどら息子が、それこそ数百年ぶりに出た時空魔法の使い手であるという事実。
ヘルベルトに関する全てを諦めたマキシムは、だからこそロデオの報告を信じることができなかった。
ロデオが器用に嘘をつけるような人間ではないとはわかっている。
だがそれでも信じられないほどに、あり得ないことなのだ。
ヘルベルトにそれほどの才能が眠っていたなど……。
(――そんなもの、到底信じられるものではない。……恐らくはロデオなりに気を回し、なんとかしてヘルベルトと話をする機会を作ろうとでも考えたのだろう。要らぬ気遣いではあるが……たしかに一度、本人から話を聞いてもいいとは考えていた。いい機会だと思うことにしよう)
マキシムは自問自答を繰り返し、結論を出した。
そしてこちらに気遣わしげな顔を向けるロデオの方を見て、ゆっくりと頷く。
「わかった、今度ヘルベルトと会う機会を設けよう」
「はっ、差し出がましい申し出、誠に申し訳ございませぬ」
「構わん。もしそれが本当なら、私の目は間違っていなかったことになるな」
言外にいくつかの意味を匂わせたマキシムは、ロデオが相好を崩さぬ様子を見て鼻を鳴らす。
ロデオはそれに対しては、何も言わず、くるりと踵を返した。
そしてその去り際――。
「マキシム様……全てはあなたの目で、ご確認なさるとよろしいかと」
パタン、と小さな音を立てて扉が閉まる。
そして室内にはマキシムと、すぐ近くに控えている使用人だけが残る。
マキシムは一度立ち上がり……そのまま力なく、椅子へ座り直した。
ヘルベルトはロデオからの言葉を聞き、ようやくこぎ着けることができたかという達成感に包まれていた。
そして山頂へたどり着いた登山者のような心境になってから……本番はここからだと思い直し、緊張から頬をヒクつかせている。
「ハーブティーなどいかがでしょうか、ヘルベルト様」
「ありがとう、爺」
その変調を即座に見抜いたケビンが茶を入れようと動き出す。
ヘルベルトは自分はそんなにわかりやすいかと、少し憮然とした様子で椅子へ座った。
「ロデオ、お前も一緒にどうだ」
「それではご相伴にあずからせてもらいましょう」
ちょうど鍛錬で汗を掻いた後の、身体が冷え始める時間だ。
風邪を引かぬためにも、温かいハーブティーがちょうどよかった。
ふわりと香る薬効じみた匂いに心を落ち着け、ヘルベルトはほぅと息を吐く。
ロデオは淹れられた茶をガバッと飲み干し、すぐに二杯目をもらっていた。
「あなたは、本当に淹れ甲斐がありませんね」
「所詮は味のついた水だ、喉を潤せればそれで問題ない」
「相変わらずですね……」
ロデオとケビンが話している雑談に耳を傾けながら、ヘルベルトはそっとカップに口をつけ、唇を湿らせる。
(とうとうこの時が来てしまったな……)
会わなければならないとはわかっていても、ヘルベルトの心境はそれほど明るくない。
マキシムの好感度が上がらない限り、ヘルベルトが廃嫡の運命から逃れることはできない。
そして学園で多少の変化はあったとはいえ、父の息子へ対する好感度は最底辺に近いまま。
ヘルベルトはどれだけ考えても、ここからマキシムが考えを百八十度回転させるとは思えなかった。
そしてそんな、父の自分に対する好感度を一瞬で爆増させるような手立ても、まったく思いついていなかった。
(父上は俺に似て、かなり頑固なところがあるからな……)
プライドを保つために、自分を変えられなかったヘルベルト。
息子の変心をなんとかできると思い続け、その度に裏切られてきたマキシム。
二人は間違いなく、血の繋がった親子であった。
「若、何を悩んでいるんです?」
難しい顔をしているヘルベルトに、三杯目のハーブティーを飲み干し、お腹をたぷたぷにしたロデオが尋ねてくる。
ロデオは不思議そうな顔をしていた。
ヘルベルトが何を思い悩んでいるのか、本当にわかっていない様子だ。
「いや、父上と何を話したものかとな……」
「そういえばロデオはティナと、いったいどんな話をするんですか?」
言い淀んでいるヘルベルトに対し、助け船を出したのはケビンだった。
彼の言葉にロデオは少しだけ頭を捻らせてから……。
「最近あった出来事や、昨日食べた飯の話とかだろうか」
「……普通ですね」
「そりゃあ毎度面白い出来事が起こるはずもない。それに父と娘の話なんて、そんなもんだろ」
「つまり普通の話をすれば、それでいいということですかね?」
「そうですなぁ……若は普段通りに話をすれば、いいと思いますよ」
ロデオのアドバイスに面食らったのはヘルベルトである。
普段通りと言われても……というのが正直なところだ。
そもそも平素の態度が悪かったから、こんなことになっているのではないか。
であれば普段通りに過ごすのは、むしろ悪手だろう。
そんな反駁をすると、ロデオは笑う。
彼は元冒険者らしく、豪快に快哉を叫んだ。
「若は小難しいことを考えすぎです。もっと簡単に、ズバッと本心を打ち明けるくらいでいいんですよ。それこそ――『俺は心を入れ替えました! これからの俺を見ていてください!』とでも言えばいいんです」
「……下手を打てば、廃嫡して辺境に飛ばされるかもしれないぞ」
「そんなことは実際に飛ばされてから考えればいいのです」
「そんな無茶苦茶な……」
ロデオのアドバイスに最初は呆れていたが、考えても堂々巡りが続いていたのも事実。
幸いなことに、未来の自分からは、今でもまだマキシムが自分のことを思ってくれているという話は聞けている。
それによくよく考えてみれば、もし辺境に飛ばされた場合は、未来の自分が伝えている通りのことが起こる。
そうなったらなったで、未来の予測は立てやすくなる。
もちろん色々と失ってしまうものもあるが……。
(だがたしかに、ロデオの言うとおりかもしれない。さすがにあそこまで直截な物言いはできないが……当たって砕けろの精神で、少しばかり挑戦してみることにしよう)
こうしてヘルベルトが覚悟を決め――運命の日が、やってきた。
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