5

 勝つためには、どこかで魔法を当てるタイミングを作らなければならない。


 着実に当てられる何かが、今のヘルベルトには必要だった。


 振り下ろしと振り上げがかち合う。


 体重は圧倒的にヘルベルトの方が重い。

 自重を利用した振り下ろしを、しかしマーロンは容易く捌いてみせる。



 ヘルベルトそのまま勢いを利用し、二撃目となる袈裟斬りを放つ。


 自分の重さを利用する戦い方に、マーロンは最初は戸惑っていたが、それに即座に対応。


 ヘルベルトの攻撃を避け、無防備などてっ腹に一撃を入れる。


 身体がのけぞったところで、マーロンのラッシュが始まった。


 真剣ではない模造刀でも、叩かれれば痛いし突かれれば打撲になる。

 いくつもの傷が、ヘルベルトの身体に刻まれていく。


 しかしヘルベルトの目は死んでいない。


 虎視眈々と何かを狙う様子に、マーロンが違和感を覚えているのがわかる。


 しかしその正体がなんなのかは、つかめていないはずだ。


(七秒、六秒……)


 痛みに耐えながら、秒数を正確に数え上げていく。


 今すぐ剣を取り落としてしまいたいと思う自分に、喝を入れる。


 マーロンの剣閃は鋭く、防御することで精一杯。


 なんとかして魔力球の制御を手放さないよう意識を傾けているせいで、攻撃を何発ももらってしまっている。


(痛い……痛いっ!)


 絶えず押し寄せてくる痛み。

 こらえきれずに涙が溢れた。


 だがこの痛みなら、まだ自分でも耐えられる。


 ロデオに容赦なくぶちのめされていた時の方が、ずっとつらかった。


 皆が自分を認めてくれないことの方が、そしてそれを認められなかった過去の自分の心の方が、ずっとずっと痛かった。


 この程度、歯を食いしばれば耐えられる。



 マーロンが連撃を終え、一旦距離を取ろうとした。


 よく見れば、少し息が上がっている。


 ――それは間違いなく、マーロンがこの試合中初めて見せた隙だった。


 ここが勝利の鍵だと、ヘルベルトは震える膝に鞭を打って駆ける。


 そしてこみ上げてくるものを必死に飲み込みながら――タックルを放った。


 虚をつかれたマーロンは、その一撃をもらってしまう。


 剣を取り落とさなければ、何をしてもいい。


 お行儀がいいとは言えない行動だが、勝つためならば手段を選ぶつもりはなかった。


 二人はもつれ合い、絡み合いながら地面へ倒れこむ。


 当たり前だが、マーロンも手から剣を取り落としはしなかった。


 残された時間は三秒。


 ヘルベルトは体躯を利用し、そのままマーロンを押しつぶそうとする。


 対しマーロンは武術の心得でもあるのか、ヘルベルトの剣を持つ右手に対して関節技をかけようとしていた。


 だがそれが決まり剣を取り落とすより、魔力球から魔法が飛び出す方が速い。


 これほどの至近距離なら、外すはずもない。


 勝った――自分の勝利を確信したヘルベルトの顔が、一瞬のうちに驚愕に変わる。


 関節を極めようとするマーロンが、すぐそばにあるはずの魔力球の方にバッと視線を移したのだ。


(残り一秒……おいおい、冗談だろっ!?)


 マーロンはヘルベルトを盾にするように体勢を変え始めた。


 このままでは風魔法が当たるのは、マーロンではなく自身の身体だ。


 ヘルベルトは即座に決断、身体ではなく魔力制御に全力を傾ける。


「アクセラレートォォォ!」


 もう一つの初級時空魔法、アクセラレートを発動。


 魔力球の中の魔法を加速させ、自分を盾にしようとするマーロンの背中へヒットさせにいく。


 本来狙っていたものとは軌道がズレるため、自分にも攻撃の余波は飛んでくるだろう。


 マーロンは異変に気付き、慌てながら身体をよじった。

 だが、魔法を避けるにはもう遅い。


 二人が全身に切り傷ができていく。


 そしてマーロンが防ぐために咄嗟に上げた手に、二発目の魔法のウィンドショットが当たる。


 風の衝撃を受け、剣はあっけなく飛んでいった。


 音もなくコロコロと転がっていく模造刀。


 会場を静寂が支配する。


 ヘルベルトは己の手を見た。

 組み付かれてこそいるが、その手には未だ剣が握られていた。


「しょ――勝者、ヘルベルト・フォン・ウンルー!」







「ヘルベルトが……勝った?」

「マーロンが……負けた?」


 会場からはそんな声が聞こえてくる。

 自分の勘違いではないのだ。


 ヘルベルトは自分の力で、未来を変えてみせたのである。


 しかしそれを飲み込み理解するまでには、しばしの時間が必要だった。


 ヘルベルトはゆっくりと、呆けながらも立ち上がる。


 全身の節々が痛んでいて、いくつもの切り傷と打撲痕がある。


 治癒魔法を使ってもらわなければ、数日は痛みそうだ。


 周囲を見渡すと、観客たちは黙りこくったままだった。

 誰もが、想定外の出来事に愕然としている。


 まさかヘルベルトが勝つなどとは、誰も思っていなかったのだろう。


 そのあまりの信頼のなさは、逆に笑えてきてしまうほどだ。


「俺は……負けたのか」


 回していた首を戻すと、同じく立ち上がっていたマーロンが頬に手を当てている。


 狐につままれたような顔をして、今の状況を飲み込んでいるようだった。


 マーロンからすれば、負ければ幼なじみに何をされるかわからない状況。


 彼にとってこの決闘は、ヘルベルト同様、勝たなければいけないものだった。


 マーロンは明らかにショックを受けた様子で、立ち尽くしている。

 ヘルベルトから何を言われるのか、戦々恐々といった様子だ。


「マーロン、それでは俺の願いを言わせてもらおう」


 ヘルベルトはそれには取り合わず、勝利者としての権限を高らかに行使する。


 彼が喋りだすと、場内を満たしていたざわめきは消えていた。


 みながヘルベルトの一挙手一投足に注目している。

 こんなことは、自分の人生で初めてのことだった。


 浮かれそうになっていることに気付き、ヘルベルトは改めて自分を戒める。


(俺は変わらなければいけない。軽挙妄動を慎み、公爵家の人間として恥ずかしくない男にならなくてはいけないのだ)


 気合いを入れ直し、ヘルベルトは勝利の報酬を口にした。

 既に何をしてもらうかは決めてある。


「俺は……お前に、やり直し係を命じる!」

「……?」


 マーロンはジッと見つめてから、こてんと首を傾げる。


 元の顔がいいせいで、そんなあざとい動きもどこか様になっている。


「「やりなおし……係……?」」


 観客たちまで含めて、みなが不思議そうな顔をしていた。


「ふ、ふふふ……あっはっはっは!」


 してやったりという顔をして、ヘルベルトは笑い声をあげる。


(俺は己の運命を……切り開くことができたのだ!)


 ようやく実感が湧き、ヘルベルトは一人高笑いをする。


 決闘の興奮が冷めるまで、会場にはヘルベルトの笑い声が響き渡っていた――。

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