4


「はあああっ!」


 怒りに燃えるマーロンが決闘開始と同時に取った行動は、全力での突進だった。


 彼は両手に持った長剣の切っ先をヘルベルトへ向け、真っ直ぐに駆けてくる。


 一見すれば猪突のようにも見えるが、マーロンは並大抵の男ではない。


 事前に注意を受けていたからこそ、ヘルベルトはその裏に潜む冷静な戦士の側面に気付くことができた。


「フレイムランス!」


 ヘルベルトは、一直線にこちらへ向かってくるマーロンに対し中級火魔法であるフレイムランスを放つ。


 魔法の構築速度は、学生としては申し分ない。


 炎の槍はマーロンと同様直線的な動きで、地面と平行に飛んでいく。


 マーロンはいきなり現れたフレイムランスに驚きながらも――見た上で、己の反射神経を頼りにそれを避ける。


 彼の着ている制服の端が焼け、周囲から悲鳴が上がる。


 ヘルベルトは自分が追い込まれていることをアピールするために、敢えて大きな舌打ちをする。


 彼の態度に、ヘルベルト憎しという人間たちから歓声が上がる。


 表情を変えてはいないが、マーロンにも間違いなく伝わったはずだ。



『決闘で俺はまず最初に、中級火魔法のフレイムランスを放った。マーロンはそれをあっさりと避けてみせた。そして二発目、三発目と打っても俺の魔法は全てかわされる。フェイントを入れて変則的な動きをするあいつのやり方に、まともに戦ったことのない俺は翻弄されっぱなしだった』


 今のヘルベルトの腕では、マーロンの持つ運動神経と反射神経を掻い潜って、遠距離から魔法を命中させることはできない。


 もし勝負を決めるための一撃を当てに行くのなら、剣が届くほどの至近距離から、マーロンでも対応しきれないように工夫して魔法を当てる必要があった。


「ファイアボール! ――場を形成、ディレイ。――フレイムランス! エアカッター、ウィンドショット」


 決闘の筋書きをなぞるように、ヘルベルトは二発目、三発目の火魔法を発動させる。


 未来の自分が言っていた通り、マーロンは時にフェイントや軽い一撃を織り交ぜながら、狙いをつけさせない。


 ヘルベルトが使った魔法は、その全てがマーロンの手前か後ろの地面へ落ちていく。


 だが問題はない。


 ヘルベルトは攻撃の合間に、球形の魔力場を形成し、初級時空魔法であるディレイを発動させていた。


 そしてディレイのかかった魔力球の中に、初級風魔法であるエアカッターとウィンドショットを入れることに成功する。


 発動した魔法の速度が、ゆるやかなものへと変わる。


 聞こえてしまわぬよう、火魔法以外は全て小声で発動している。


 さいわいなことに、周囲の歓声がうるさいおかげで、マーロンには聞き取られずに済んだ。


(よしっ、上手くいった! しかも魔法を二つ込められた、想定以上だ!)


 これら全てを、火魔法を放ちながらも行うことができたのは、練習の賜物である。


 マーロンよりも高速で移動するロデオを相手に、同じことができるように訓練を重ねた甲斐があった。


 何度も痛い目を見たおかげで、二つ目の風魔法を入れるだけの時間的な猶予まで作ることができた。


 風魔法を選んだのは、マーロンにディレイの細工を見破られぬようにするためだ。


 球形で固定している魔力自体は見えずとも、その中に入れた、ゆっくりと進む魔法は目視できてしまう。


 風魔法は他の属性魔法と比べれば威力は低いが、その分視認されにくいという利点がある。


 今ヘルベルトの横には、ディレイがかかった状態の魔力球がある。


 これはある程度の制御が可能で、あまり離しすぎない限りは動かすこともできる。


「――ひいっ!?」


 ヘルベルトはゆっくりと進む二つの風魔法の入った魔力球を制御しながら、近付いてくるマーロンを恐れるような素振りを見せる。


 わざと小刻みに身体を揺らすと、顎の下の肉がプルプルと震えた。


 それを見た、誰かの笑い声が聞こえてくる。


(無様だと笑えばいい。たとえどれだけ醜かろうと、勝利を得るためになら嘲笑われてやろうじゃないか)


 バカにされればされるだけ、舐められる。


 そしてマーロンにはできるだけ、自身のことを侮ってもらっていた方がいい。


 恥や外聞を捨て、ヘルベルトは勝利のために演技を続けた。


 マーロンとの距離が近付いてくる。


 ヘルベルトはおっかなびっくりといった様子で、持っている片手剣を構えた。

 

 ――ここまでは万事、事前に聞いていたシナリオ通り。


 次にマーロンと二回剣を打ち合い、三度目に焦れたヘルベルトが大振りの一撃を当てようとしたところで、カウンターをもらって勝敗は決する。


 だから筋書きがあるのは、あと少しだけ。


 模造刀がぶつかり合う。

 鋳つぶした鉄同士がぶつかると、真剣が擦れ合った時より鈍い音が鳴った。


 これで一回目。


 両手で剣を持つマーロンと、片手で持つヘルベルトでは力の差が大きい。


 自然、ヘルベルトの方がのけぞることになった。


 無理な体勢を誤魔化しながら、ヘルベルトは横薙ぎを放つ。


 マーロンはそれに対し勢いをつけた振り下ろしをぶつけてくる。


 これで二回目の打ち合い。


 ここでヘルベルトが更に無理押しをした瞬間、勝負は決する。


 だからここから先は――完全なアドリブだ。


「しっ!」

「――なっ!? くっ!」


 次にヘルベルトは大振りの一撃ではなく、速度を重視した突きを放った。


 マーロンは身体をよじって対応する。


 コンパクトな突きの軌道が腿のあたりを狙っているのを確認してから、マーロンは更に強引な制動でそれを回避してみせた。


 話に聞いていた通り、でたらめな身体能力だ。


 だが体勢的にかなりきつかったらしく、そこからカウンターを放たれることはなかった。


 ヘルベルトの方も無理押しはせず、大人しく数歩下がる。


 剣術でまともに相手をしても勝てないことはわかっている。

 ヘルベルトがするのは、あくまでも時間稼ぎだ。


 剣ではなく、魔法で勝つ。

 そのための仕掛けディレイは、既に発動済みだ。


(十三……残り十二秒)


 朝まで続けたおかげで、今ではかなり正確に時間を体内時計で計れるようになっている。


 バックステップで大きく距離を取ったマーロンと向き合いながら、ヘルベルトは冷静に残り時間から、次に打つ手を計算した。


 左手で片手剣を持ち、右手で時空魔法の制御を。


 剣の打ち合いでは劣勢なので、基本的には距離を取って一撃離脱の構えを取る。


 その様子は魔法戦に持ち込もうとしているヘルベルトを、接近戦を仕掛けるマーロンが防いでいる……という風に見えるはずだ。


 必死になって打ち合いをしているおかげで、時間稼ぎをしているとは思われていないはず。


 ディレイの範囲から外れ、魔法が本来の速度を取り戻すまでにかかる時間は約二十秒。


 ヘルベルトが勝つためには、その瞬間にマーロンに確実に魔法を当てる工夫が必要だ。


 絶対に自分に意識を向けさせ続けなければならない。


 魔法が来るとわかっていれば、マーロンならば初見でも避けかねない。

 実際に戦ってみて、ヘルベルトはそう認識を改めた。


(ロデオとの特訓を思い出せ! 俺の身体よ、あと数秒くらい耐えてみせろ!)


 ヘルベルトは悲鳴を上げている身体を強引に動かし、前に出た。


 魔法がディレイの効果範囲を出るまで――残り十秒。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る