臨時休業

 朝が明けた。


 スズメ達がさえずり、新しい一日の始まりを告げる。


 昨晩の雨はとうに上がり、目が痛くなる程の朝日が町を照らし始めた。


 大村はソファーから起き上がろうと、体を動かしたと同時に、痛みが再び戻ってきた。



 ――頭が痛い。それに顔が熱い。



 うっ血しているのか、顔がやけに重たく感じる。



 ――それも、そうだろう。昨日、あれだけ、蹴られたのだ。死なずに朝日を見れているのが、不思議なくらいだ。



 痛みを堪えながら、事務所の隅に設けてある、簡易的な給湯室に向かった。



 冷蔵庫の製氷庫から、氷をガラガラと、取り出した。


 それをタオルに包み込む。


 流しで、水道水に一度くぐらせた後、顔に押し当てた。



 ――気持ちいい。



 普段なら、少し冷やしただけで、氷を肌から離したくなるものだが、熱を持った肌には、丁度よく感じる。



 冷たさで、肌の感覚が鈍くなった後も、しばらく冷やし続けた。


 大村は事務所の壁に掛けられている時計をみた。




 ――8時か。そろそろ、工員が出勤してくる時間だな。



 事務所を出て、1階の工場へと移動するため、階段を降りた。


 4、5段下った所で足を止め、まだ乾ききらない、雨痕うこんに濡れた、鉄の階段に腰を下ろし、工員を出迎える事にした。




 ――小さな町工場だ。




 従業員は事務職を入れても5名しかいない。



 大村は、父から受け継いだ工場をまじまじと眺め、懸命に頑張ってきたこの5年間を思い返していた。


「社長、おはようございます」


 出勤してきた工員達が大村に気づき、挨拶をした。


 座っていた階段から腰を上げ、工員達の元へ下る。



「おはようございます」と、大村が挨拶を返し終わるやいなや、「うわっ。社長、その顔どうしたんですか?」と、大村の痛々しい顔をみて訳を聞いてきた。



「いや~、昨日、納品を終えて戻ってきたら、急に雨が降り出してきたもんだから……、急いで事務所に駆け上がったら、足を滑らせてこのザマです。痛みが治まらないので、今日はちょっと、臨時休業と言う事で病院に行ってきます。全く、面目次第もない限りです。勿論、皆さんには、有給という形を取らせて頂きますので」と、皆に申し訳なさそうに深々と頭を下げ、今日の休みを告げた。



「そりゃ~大変でしたね。分かりました、社長。ちゃんと病院に行って診てもらって下さい。明日も無理そうなら、社長は休んで下さいよ。仕事の方は、納期までに少し時間があるものばかりだし、この不況続きでは、大きな仕事も入ってこないでしょうから。そしたら社長、有給、有難く取らせてもらいます!」



 工員達は口々に、大村の怪我に対して一言、見舞いの言葉をかけ、そして、急に出来た休みの使い道に、和気あいあいとしゃべりながら、引き返していった。



 大村は、事務所に鍵を掛け、一度、実家の近くに借りているアパートに戻る事にした。


 工場からアパートまで車で約10分足らずの場所だ。


 右半身の自由が利かなくなった父と、身の回りの事を世話する母を心配し、週に何度かは実家で過ごす事にしている。


 実家の様子が気になるが、今は時間が無い。



 大村はアパートに着くとシャワーを浴びた。


 シャワーの湯に暖められた体に、痛みが広がる。


 浴室の鏡に映る姿を見て、改めて怪我の具合を確認した。


 顔は一部、赤黒く腫れてる。肋骨が痛む。



 シャワーを適当に済ませ、着替えた。



 ――こんな顔で表を歩くのは抵抗がある。



 そう思った大村は、目元を隠す様にキャップを深々と被り、白いTシャツの上に、オフホワイトのスウィングトップを纏い、ジーンズを履いた。




 ――三田の住んでる場所――確か〇×町の近くだったな。



 ――車で行けば2~30分で着くはずだ。


  先ずは、そこに行ってみよう。



 ――居なければ、入院先の病院に行けばいい。



 大村は車に乗り込み、〇×町へと急いだ。


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