短編集

クーゲルロール

記者会見

 「本日はお集まりいただきありがとうございます。これより、先日弊社よりプレスリリースさせていただきましたプラスチックごみの次世代ケミカルリサイクルシステムについてご説明させていただきたいと思います」


 会議室の前方に据えられた長机の前には三人の男が座っている。二人はスーツ姿で残りの一人は作業服を着ている。それと向かい合っているのは大勢の報道陣。代表取締役の田中から最初の挨拶があった後、事業内容が大々的にスクリーンに映し出された。


 「プラスチック問題は人類社会が解決すべき喫緊の課題でありまして、我々のような中小企業としましても座して状況を窺っているわけにはまいりません。かねてより高効率なプラスチックのケミカルリサイクルシステムの開発に注力してまいりましたが、このほど弊社で開発した次世代ケミカルリサイクルシステムを事業化することが決定いたしましたので発表させていただく次第でございます。では、早速事業の詳細と本計画について、開発本部長の鈴木から説明いたします」


 田中が隣の男に合図を送る。鈴木はそれを受けて椅子から立ち上がり、スクリーンの前に移動した。手にはマイクとポインターを持っており、そのボタンを押してスライドをめくる。


 「開発本部長を務めております鈴木です。では、私から事業の詳細を説明させていただきます。皆様もご存じの通り、我が国にはプラスチック問題が横たわっています。世界的に見ましても生産量は指数関数的に増加する一方、そのほとんどがシングルユースかつ再利用されず、大量に廃棄されています。安価で様々な特性を有するプラスチック材料は利便性が高い一方、特に発展途上国では生じるプラスチックごみに対応する能力が低く、その結果として海洋汚染をはじめとする環境問題を引き起こしています」


 ここでポインターが代表的な写真を示す。海岸線にプラスチックごみが堆積している様子や漁業用ネットに絡まった海鳥が環境問題の深刻さを如実に表している。概要説明が続き、またスライドが進む。


 「これら諸問題を解決するため、プラスチックごみのリサイクルが世界的に推進されています。しかしながら、こちらに示しますようにそのリサイクル率は非常に低く、さらにこちらのグラフの通り、ケミカルリサイクルの割合は他のリサイクルに比べて低い現状があります」


 スライドではプラスチックのリサイクルの種類について概説されている。リサイクルは大きく三つに分類される。マテリアルリサイクル、サーマルリサイクル、そしてケミカルリサイクルだ。


 マテリアルリサイクルとはプラスチックごみを低品質な別のプラスチック製品に再利用することである。また、サーマルリサイクルとはプラスチックごみを燃料とすることで化学エネルギーを回収する技術であり、ごみ発電への展開などが紹介されている。


 「ケミカルリサイクルはこれら二つとは異なり、プラスチックごみから有用な化学物質を取り出すことができます。例えば、もともとそのプラスチックを構成していたモノマーを回収することや、ガス化することで水素やメタノールを合成する技術も知られております。化学原料を取り出すことができるため、他の二つのリサイクルに比べて実用性が高く、また狭義でのリサイクルを達成できることから産業的に重要度が高まっています。しかしながら、技術的問題を多く抱えており、我が国のプラスチックごみの内、ケミカルリサイクルに回される割合は全体の5%以下と非常に低水準です」


 またここで補足的な説明が入る。プラスチックのリサイクルが推進されている欧州の現状や、石油を原料としたプラスチックの規制について軽く触れられ、再びスライドが進む。ここからがようやく本題だった。


 「このような背景の中、我々はプラスチックごみの新しいケミカルリサイクルシステムを開発しました。すでに基盤技術の特許を取得済みであり、名称は太陽光誘起型解重合技術としております。お手元の資料、概要図をご覧ください」


 会議室に紙をめくる音が響く。それが落ち着くのを待って、鈴木は説明を続けた。


 「ごみとして排出されるプラスチックには様々な種類があり、スーパーの袋のような炭化水素より構成されるものから、エンプラのようにヘテロ原子が組み込まれたものまで多種多様です。当然、これらの物理的性質は異なり、一般的にはリサイクルの手法も違うため、ケミカルリサイクルを行う場合には種類ごとの分別を行う必要がありました。


 そこで我々は、全てのプラスチックごみを対象とするユニバーサルなケミカルリサイクル触媒の開発を試みました。また、このステップで大量のエネルギーを消費するようではサステイナブルとはいえません。従って、分解に必要なエネルギー源は主に太陽光を用いることとしております」


 ここで会場から小さく歓声が漏れる。詰めかけている報道陣は科学のバックグラウンドを持っている者がほとんどで、産業的な意味合いだけでなく、科学的な価値を理解できていた。


 「我々の基盤となる技術はこのプラスチックの分解を促進する金属触媒です。構造の詳細を申し上げることはできませんが、数種類の金属を利用した多核錯体となっております」


 鈴木はそう言ってサンプル瓶に入ったやや黄色味がかった結晶を掲げる。写真を撮っても使い道はなさそうであるが、それでもシャッター音が響く。鈴木はある程度待ってから説明を再開した。


 「分解の手法についてご説明いたします。まず、従来のプラスチックごみの処理と同様に、細かく粉砕しペレットを作成いたします。それとこの金属触媒を専用の撹拌機で均一になるまで混合し、続いてこちらの写真の通り上部がガラス張りとなった分解釜において放置いたします」


 写真には直径6メートルほどの反応釜が映っており、説明の通り上部はガラス張りとなっている。透明度が高く、釜の奥まではっきりと確認することができる。


 「この粉末の中で金属触媒が太陽光を吸収して励起状態となりますと、周囲のプラスチックごみに対して化学的に作用し、その結果プラスチックが分解されることになります。それもランダムな分解を促進するものではありません。金属触媒によるエネルギー移動によりごみの中でラジカルが選択的に生じ、解重合のプロセスで大抵の場合はそのプラスチックを構成していたモノマーが回収されます。これらは液体もしくは気体ですので、蒸留塔で回収、分離することによってモノマーを取り出すことができます」


 鈴木は少し誇らしげに説明しているが、その内容を理解できているのは一握りの人間しかいない。その後は生産の規模や投資額、利益の説明に移っていく。


 それらが終わると質疑応答に入る。質問の多くは事業に関する内容であったが、数人がこのケミカルリサイクルシステムについての科学的な質問をぶつけた。


 「励起された金属触媒がプラスチックごみに作用するというお話でしたが、この二つはどれほど物理的に近接しているのでしょうか。固体同士で接触しているように見えても、実際にはエネルギー移動が可能なほどお互いが近傍にあるとは限らないのではないでしょうか」


 「ご質問ありがとうございます。仰る通りでして、分解過程が全て固体状態の場合、エネルギー移動の効率は非常に低いと思われます。しかしながら、この分解室は太陽光によって温度が上がります。場合によってはごみを堆積させているステージを昇温することも可能です。それによって、プラスチックがガラス転移点以上となりますので、これにより金属触媒と上手く反応するものと考えております」


 「となると反応温度は高いということですか?」


 「場合によっては200度を超えることがあります。ただし、嫌気下での反応となりますので燃焼とは異なります」


 次の質問に移る。


 「実際、重量換算でどれほどのリサイクル能力となるのですか?廃棄物は出るのでしょうか」


 「仰る通り、全てが有用な化学物質になるわけではなく、リサイクル率は70%前後となります。しかしながら、固体として残ったゴミは燃焼され、反応釜の温度保持に利用されます」


 次の質問に移る。


 「本当にあらゆる種類のプラスチックに対応するのですか?」


 「はい。テストではポリエチレンやポリスチレン、アクリレート、それに塩ビですね。これらいわゆるビニルポリマーだけでなく、PETのような重縮合によって合成されるものも分解可能です。ただし、重縮合によって合成されるプラスチックに関しては、合成と分解のプロセスが違ってきますので効率が低下する傾向にあります」




 ここで再生されていたビデオが止まる。法廷のスクリーンに注目していた大勢が再び検察官の方へ注意を戻す。検察官は資料を手に主張を始めた。


 「これは三年前、被告人が行ったケミカルリサイクル事業に関する記者会見の様子です。御覧の通り、被告人は本システムがダイオキシンが発生しうる温度に達すること、プラスチックごみに塩化ビニルのような含塩素化合物が含まれること、ならびに不安定ラジカルの生成を介して帰属不能な副生成物が生じることを認識していました」


 広域ダイオキシン被害の刑事裁判が続いている。被告人に対する公訴事実は業務上過失致死傷罪。プラスチックごみの処理過程でダイオキシンの副生を知りつつ、その産業廃棄物を会社が所有する山林に投棄した。その結果、ダイオキシンを含んだ雨水が地下水に混入し、その地下水を生活用水としていた周辺住民300名あまりに深刻な健康被害を生じさせたのである。


 健康被害と産業廃棄物投棄の関連性についても争点となっている。ただ、紹介された健康被害は想像を絶するもので、このような公害が現代に発生したことに社会は驚いた。裁判は淡々と進んでいる。しかし、傍聴席に座る被害者および支援団体の鋭い視線は常に被告人に差し向けられている。


 裁判は続いて被告人質問に移っていく。そして今後長らく議論が紛糾する発言があったのは反対尋問でのことだった。


 「あなたはこのような重大な公害が発生することを予見していながら何ら対策を取らなかった。どうしてですか?」


 「そうですね……あの頃の社会の関心事はプラスチックごみをどのように減らすかでした。それを反映してプラスチック憎しと過剰な対策が多く進み、我々の技術も表層ばかりが評価されて誰にも本質を見られなかった。


 社会というより国民は……なんというか、ミーハーなんですよ。良い面、悪い面ばかりに固執して、まるで深く考えようとしない。我々の事業は必要とされた。だから実際、リサイクルシステムは拡大し、この国のケミカルリサイクルの割合を二桁パーセントにまで向上させることができた。ひっ迫していたプラスチックごみ処理問題も緩和された。社会が望んでいた通りです。それにもかかわらず、技術の深さに気が付いた途端、我々だけに責任を押し付けてあとは知らんぷりですよ。


 そんな態度を社会が改めない限り、悲劇はまた繰り返されるでしょう。私はその警告を行った上で、罪を償いたいと考えています」

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