1-003 新たな日常(午前~昼食前)

「じゃあ、お昼までには戻るわね」

「はい。後は任せて下さい」

 書斎に着いた若様のことは、ここを管理している司書さん―元々読書好きで、図書委員会にも所属していた同級生―に任せて、私は休憩がてら、メイドさんと共に部屋を後にする。

 一応、書斎は図書館や学校の図書室の様な間取りにしてある上に、部屋の一角には一人掛けソファ等の設備も用意してあるけれど……メイドさんと話もしたいので、一度部屋の外へと出ることにした。

「休憩室でいいかしら?」

「はい。そうしましょう」

 丁度書斎近くのトイレに入って行くメイドAさん―後輩の少女で、小柄で可愛いものが好きな娘―に会釈してから、私達は誰もいない休憩室へと入った。

 この時代にはまだ分煙の意識がないので、屋敷の設計段階から念の為に、喫煙室を用意してある。ただ、この屋敷に居る人は若様含めて喫煙者ゼロなので、煙草を吸われるお客様が来ない限り、灰皿は仕舞われている。

 それにお客様自体もそこまで多くないので、実際は応接室に灰皿を置くだけでも十分だった。

 この休憩室も、元々は喫煙室として用意した部屋だけど、中には無料の自動販売機や座り心地の良いベンチやテーブル席を設置してある。けれども喫煙者ゼロという状況の為、灰皿の類は全て撤去してあり、代わりにデザート類常備の冷蔵庫を追加しようかと検討しているところだった。

 私達だけじゃなく若様も利用しているから、予算は使い放題なのよね。

 ただ……時代的な理由で、ファミレスにあるようなドリンクバー等の設備を用意することができないのは残念だったりする。空き缶等のゴミの手間を考えたら、そっちの方が結構お手軽だったりするし。

 いっそのこと、今の内に特許とか取っといた方がいいのかしら?

「さて……」

 普段から若様と一緒にいるメイドさんだけど、彼女のメンタルケアも私の仕事だ。

 若様のお気に入りかつ内緒の恋人関係という、ある意味重労働をこなしているメイドさんだけど……

「若様とは……どう?」

「結構楽しいですよ?」

 ……能力チートの有無を問わず、エッチなこと含めて楽しんでいるのには、正直驚いた。

 若様に対しては(私みたいに自我を形成できている等の理由で)個人差があるものの、好感度が高い娘は軒並みエッチなことに躊躇がない。しかも若様が手を出していない人達だって、内心関係を持ちたがっているのを私は知っている。

 思春期的な理由で興味があるだけならいいけど……私達のいた世界って、エッチなゲームとかじゃないわよね?

「でも外見は大人で精神が子供っぽいのは、異性としてはちょっと考えちゃいますよね……これで老けてて見た目最悪だったら、ただのこどおじ」

「それ以上は言わないで」

 多分若様の周りにいる人全員(私含めて)が思っていることなので、その件は伏せさせていただきます。

 精神ショタ、ってジャンルがあるとは思えないし……

「でも私、何で若様に気に入られているんでしょう?」

「さあ? ただの好みだと思うけれど……」

 でもこの数年で、若様の女性の好みは大体把握できてきている。

 若様には、外見年齢が自分(の精神年齢)よりも若い身体の人を好む傾向があった。別にロリコンとかじゃないとは思うけれど、あまり背が高くなくて胸がそこまで大きくない……言ってしまえば同年代か年下で、かつ平均的な身体付きの人が好きみたい。

 というよりも……年上の雰囲気が苦手なように思えていた。

「ずっと見ていた限り、初見の年上女性が苦手みたいね。付き合いやすい雰囲気のあるなしじゃなくて、年上の包容力が苦手なんじゃないかしら?」

「そう言われますけど……執事さんは若様に、苦手意識をもたれなかったんですか?」

「私? う~ん……」

 そして私は、彼と初めて会った時を思い出して……ただの相談役だったことを思い出した。

 大きな胸(Fカップ)を持つ私にも手を出しているけれど、それだって身近に居ることが多くて慣れてきてからだったと思う。だからエッチをした時私は初めてだったけど、若様はとっくに童貞じゃなかったし、すでに何人かの女の子にも手を出していた。

 若様の童貞は……ちょっと食べてみたかった気もするけどね。

「少なくとも……私に手を出したのは、何人か経験をこなした後だったわね。もしかしたらだけど、最初は女性として見てなかった気もするわね」

「それって……お姉さんみたいな人、とかですか?」

「ああ……それもあるかも」

 前世での家族構成とかは聞いたことないけれど……どちらかと言えば、『大人の女性=医療関係者』を思い起こすのかもしれないと、私は考えている。

 特にこの時代だと『看護婦』という、『看護師=女性』のイメージを定着させやすい言葉が出回っている。男性を意味する『看護士』という単語自体、あまり出回っていなかったはずだ。

 それだけ看護師の女性比率が高いのだから、前世での若様の周囲に大人の女性が多くて、苦手意識を持ってしまっていてもおかしくはなかった。

「あなたも一緒にいたから知っているでしょう? 彼が研修センターで泊まる部屋を見て、精神的外傷トラウマで苦しみ出したことを」

「はい。たしかに……ありましたね」

 その時のことを思い出しているメイドさんを見ながら、私はようやくコーヒーに口を付けた。

「でも今はエッチなことも平気でしていますし……不思議なものですよね」

「それは本当にね……」

 そして彼女から今日の情事を簡単に聞いてみたけれど……若様はやっぱりお猿さんね。

 まあ、そっちの方がいいかも知れないわね……

 今のところは若すぎる精神年齢と性欲で気が逸れているからいい。でも若様が能力チートを用いて暴走する可能性は、今でも残っている。

 だからこそ未だに、親しくしつつも警戒を解かないようにしなければならなかった。

「ところで話は変わるんだけど……若様って、創作活動の方はどうなの?」

「発想力は高いんですけれど、実力が追い付いていませんね。その辺りは努力次第ですから、何とも言えませんけれども……」

 それは私も思っていた。

 若様が書いてくれた文章を見せて貰ったことがあるけれど……『才能がない』というよりかは、『勉強量や相応の努力が足りない』と考えちゃったのよね。他にも、美術方面は専門外だから別の人達からの批評を聞いた限りだけど、概ね同意見だった。

 こればっかりは能力チートの恩恵を得られず、前世でのベッド生活が大きく影響しちゃっているのよね。

 努力できない・・・・生活をしていた若様の為にも、正攻法で成長を促すのも、私達の重要な仕事だった。だってその方が、彼に健全かつ危険なことをさせない人生を歩ませることができるのだから。

「そろそろ時間ね……じゃあ、午後からもお願いね」

「はい、お疲れ様です」

 そろそろお昼になるので、私達は休憩室を後にした。

 しかし書斎に戻ってみると、そこに若様はいなかった。

「……あ、先程トイレに行かれましたよ」

 そう答えてくれた司書さんにお礼を言ってから、長くは掛からないだろうと書斎の前で待つことにした。

 でも先に来たのは若様じゃなくて……トイレ掃除をしていたはずのメイドAさんだった。

「……あ、若様はもう少ししたら戻られますよ」

『…………』

 メイドAさんが去った後、私はメイドさんと視線を合わせる。

 そして書斎の前に戻ってきた若様へと視線を向けたのだった。

「またエッチなことをしてきたのね……」

「若様のエッチ……」

 メイドさんが若様にジト目を向けている中、私は額に手を当てて目を伏せた。

「……ごめんなさい」

 申し訳なさそうに頭を下げる若様だけど……私はすでに、お昼ご飯の時間を少しずらすことに決めていた。




 ……私の用意した新聞の切り抜きがそのままになっていた件は、たとえ危険度を度外視してでも、絶対に許さないわよ。

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