0-002 今後の方針

 時間はお昼から、大分過ぎている。

 私が呼び出されたのがお昼前、彼がなくなったのもまた、朝のことだという。

 お昼を終えた私達は一先ずお店から出た後、近くの公園に来ていた。

 新聞と一緒に買ったノートとボールペンに書いたメモを纏めてから、私は彼に今後の方針を相談することにした。

「まずは優先順位を決めて、それの準備から始めようと思うの」

「優先順位……住む場所、とかですか?」

「そう、衣食住も大切ね……今後の住居なんて特に」

 褒められたのが嬉しかったのか、彼は照れた表情になっている。

 実際、公園のベンチに座るまでの間も……彼は遊具に夢中になっていた。

 ずっとベッドでの生活だったからか、運動できることを楽しんでいるようだった。だから考えを整理する間、彼には好きなように遊んでもらっていて……また一つ、疑問が増えてしまっていた。

(ずっとベッドの上だって言ってたのに……何で歩けるの?)

 人間が歩くというのは、思ったよりも難しい。

 簡単に歩けるというのなら赤ちゃんもハイハイなんてしないだろうし、怪我をした人間も完治次第リハビリ無しで歩けているはずだ。

 それなのに彼は、まるで最初から歩き方を知っているかのように、すいすいと危なげなく歩いている。

(これも能力チートの力? それともライトノベルとかでよくある、脳内ダイブ型のVRゲームの成果?)

 もしかしたら、私が元居た世界よりもはるかに未来から来た可能性も出てきた。

 しかし今は、この疑問について調べる必要はない。ある程度考えを纏めてから、今後の方針を決める為に彼を呼び、私は相談を始めたのだった。

「だからまずは拠点、住む場所を見つけましょう」

「どこにするんですか?」

「そうね……」

 もし政治家を目指すのであれば、関東圏での活動が中心になってくる。けれどももし、彼の能力チートが表沙汰になると、まずいことになってしまう。護衛は付けるにしても、目立たないようにするのがマスト。

 そうなると……

「どこか……住みたい所はある?」

「海辺の豪邸……あ、でもタワーマンションの最上階にも住んでみたいです」

 多分、映画か何かの影響だろう。でも、住みたい所がいくつもあるのなら……むしろ好都合だ。

「それなら、いろんな場所に住んでみない?」

「いいんですかっ!?」

 都度適当な理由を用意する必要はあるけれど、状況に応じて彼に引越しを強要できるのは大きい。何かあれば事前に逃がせるし、定期的に環境を変えれば外に目を向ける機会も必然的に少なくなってくる。

 下手に外に興味を持たれてしまったら……どうなるかは分からない。危険は避けておくに越したことはなかった。

「でも……最初は首都圏にしましょうか。まだまだ必要なものは多いから、他の家を買うついでに用意しましょう」

「家以外に必要なもの……ですか?」

 そう……私達の、表向きの・・・・身分をしなければならない。

「まずはお金をたくさん使っても、不思議に思われない身分になりましょう。そうしておかないと、私達の邪魔をする人達が出て来るかもしれないから、ね」

「お金持ち……会社の社長さんですか?」

「いいアイデアよ。そこの御曹司とかなら、たくさんお金を使っても不自然じゃないわね」

「やったあ!」

 実際、彼のアイデアは良かった。

 お金持ちの社長の息子で、普段は何らかの創作活動をしていることにしておけば、出所不明のお金も不審に思われない。成果だって、最悪『道楽息子』のイメージを周囲に植え付けておけば、結果が出せなくても問題はなかった。

(まあ、ベストなのは……彼が創作活動を優先する為に人間関係を最小限に留めている、って全員がイメージすることなのよね…………)

 下手に『道楽息子』のイメージを広げてしまえば、先程言ったみたいな有象無象が押し寄せてくる可能性が高い。最悪それを囮にして、私や他の人達が目的を達成するという方法もあるけど、下手に彼を利用して暴走されたら厄介だ。

 それならいっそのこと、息子の創作活動を支援する社長、という肩書が一番便利だ。そうすれば社長経由で政治家と繋がることもあるだろうし、その支援を行っていたとしても不審がられない。

「拠点と身分、後は……人員ね」

「人員ですか? 誰を呼びましょうか?」

 そして嬉々として、私のようなNPCを呼び出そうとする彼に、私は一度ストップを掛けた。

「ねえ、それなんだけど……もう少し詳しく聞いてもいいかしら?」

 私が気になっているのは5、『NPC召喚(収集的な意味で持っているキャラクターを呼び出すことが可能)』と彼が説明してくれたものだ。

 でもそれだって、条件が微妙に曖昧な気がする。全員が私みたいに好感度が高くなるわけじゃないと思うし、それに……『収集的な意味で持っているキャラクター』ということは、ゲームの分身アバターは召喚、もしくは自身に変換できないのだろうか?

 聞いている限りでは、能力チート関係以外に自身が変貌している様子はないらしい。外見も、多少は身体付きががっしりしたらしいものの、ほとんど前世でのままだとか。

「誰を呼び出せるのかは一先ず置いておいて……あなたがプレイしていたゲームって、どんなものがあったの?」

 それならいっそのこと、先に呼び出せるNPC達の世界や価値観を知っておいた方が早い。自分が居た世界も含めて、誰を呼び出せば有益なのかがはっきりしやすいからだ。

「えっと、一番遊んでいたのは……」

 1、恋愛シミュレーション(学園系が多いものの、ソシャゲ等を含めると雑多)

 2、戦略シミュレーション(三国志や戦国時代がメイン、異世界系も有)

 3、経営シミュレーション(現代社会に近いものから異世界系まで)

 4、操縦シミュレーション(車や航空機、ロボット等の操縦も含めて)

 5、オンラインFPS、TPSをいくつか(主にブラウザゲームで行っていた)

 6、オーソドックスなRPG(TVゲームが多かったが、MMORPGの経験も有)

 7、カラオケやスポーツを含めたパーティゲーム(TVゲームのみ)

 8、後は細々としているものの、上記に近いものが多い

 と、主に遊んでいたゲームを教えて貰った。

 ちなみにほぼ無限とも言える経済力の原因は、3の店舗運営で加減無しにハマってしまい、いくつものゲームで徹底的に利益を上げていたかららしい。それらを全て換金、一元化したらとんでもない金額になってしまったのが、ほぼ無限とも言える経済力の正体だとか。

 でも、そう考えてしまうと……彼が『ゲームに費やした時間分、もっと生きたかった』というのも理解できる。別に無益とまでは言わないけれど、行動に対する対価がなければ、モチベーションを保ち辛いのもまた人間なのだ。全員が全員、ゲームクリアという達成感を得る為にゲームをしているわけじゃない。単純な面白やさ時間潰し、そして共通の話題を作る為の……周囲から受ける同調圧力ということも考えられる。

 何にせよ……今後の活動を考えれば、資金力が豊富なのは正直言って助かった。

 後は味方だけど……やっぱり一生徒には荷が重すぎる。私の話を聞いてくれて、かつ政治方面にも強い大人の女性。そしてできれば……彼の好みから外れていて、近くにいなくても不満に思われない人物。

「その人物、って……私でも確認できないかしら?」

「できたと思いますよ。えっと……こうかな?」

 すると彼の手には、二の腕に装着できるタイプのコンピュータ端末が具現化した。

 私は慌てて周囲を見渡したけれど、幸いなことに誰もいなかった。その間にも彼は端末を操作して、空中に電子画面を投影させている。こんな未来的なもの、できれば隠し通しておきたいけれど……

「これでリストを表示できると思います。あ、でも……」

「これは……さすがに多いわね」

 私自身はそこまでゲームをしていた方じゃない(という設定だったのかもしれないけれど……)。でも世界観を問わずにこれだけの人数が居れば、たしかに法案の可決なんてものも可能だと考えていても、おかしくはないだろう。

 となると……

「これ……リスト内の絞り込み検索とかもできる?」

「できると思います。たしかここの……」

 インターネットのブラウザページにもよくある検索項目があるのを、彼はリストの端を指差して教えてくれた。

 私は彼に頼み、検索項目を指定してリストを絞って貰った。そして表示された名前をざっと見て……適任者を見つけたことで思わずガッツポーズし掛けてしまう。

 何とか堪えてから、私は……その人物を呼び出せないか、彼に交渉を持ち掛けた。

「呼び出す人、私も選んでいいかしら?」

「いいですよ。僕ももっと、たくさんの人を呼びたいですし」

「でも説明とかもあるから、最初は一人ずつにしましょう」

 あまり多くの人は巻き込みたくなかったけれど、今はそうも言っていられない。

 彼は一番のお気に入りのNPCキャラを、私は一番頼りたいNPC人物をそれぞれ選び、そして呼び出したのであった。




「そういう、ことね……」

「すみません。私だけでは、とても対処しきれないので……」

 今、彼は席を外している。

「次は……これは分かる?」

「えっと……『ポンド』、かな」

「……うん。きっとそう」

 彼にとって一番のお気に入りの人物、私の後輩と共にクロスワードパズルをしていた。ここにいる理由を簡単に説明してから手渡した、新聞と一緒に買った雑誌に掲載されていたものだ。

 無論、後で後輩の彼女にも詳しく説明をしなければならないだろう。でも今は、席を外してくれているのであれば、何でもいい。少し申し訳ないけれど、彼の意識を逸らすことに集中して欲しかったからだ。

 その間に私は……協力者・・・を得なければならないのだから。

「でも私を選んでくれたのは、本当に助かりました。ただ利用される為だけに、生きることにならずに済んだのですから」

 私には、その利用される人物の中に、彼自身も含まれているように思えた。

 実際、そうなのだろう。外見こそ若々しく見える美魔女ではあるものの、彼女は私が知る限りでは頼りになる人物の上位であり、かつリスト内では一番の権力者。

「ありがとうございます……教頭先生・・・・

 私は、私が居た(と思わされていた)学校の教頭先生を選んだ。

 立場的にも政治方面には強いと踏んでいるし、何より、生徒想いな人だ。悪い結果にはならないと信じて。

「それにしても……私達は、運がいいですね」

「ええ……本当に」

 仲睦まじくクロスワードに興じている二人を見ていると、事情を知らない人からすれば『素敵なカップル』に見えるのかもしれないけれど、実際は違う。精神年齢的な理由で、『小柄なお姉さんと、健やかに育った弟』といった構図になるのかもしれない。

「そして、あなたが聡明で助かりました……」

「そんな、私は――」

「……本当は気付いているのでしょう? 簡単に・・・目的を果たす方法を」

「…………はい」

 たしかに……強引に解決できる手があることには、もちろん気付いていた。

 でも……私は、

「できれば、最後の手段にしようと考えていました……」

 そう、味方の政治家を用意するよりも簡単な方法が、一つだけある。


『彼の能力チートを使って圧倒的な脅威を用意し……それを使って国に対して恐喝、強引に法案を可決させる』


 たしかにその方法なら、手間暇を掛けることなく目的を達成できた。

 でも私には、それができなかった。

 彼を過去へと送った『声』の正体が分からなくて迂闊な手段が取れないということもあるけれど……それ以上に、自分はまだ人間だと・・・・思いたくて・・・・・無機質な・・・・NPC・・・じゃないと・・・・・思いたくて・・・・・、ただ、そう、あがきたく、て――

「……大丈夫ですよ」

 気が付けば私は、先生に抱き締められていた。

 嗚咽を漏らす、いやただ泣きじゃくる私を、先生は、ギュッと抱き締めてくれていて……

「戦いましょう。生きた証を残す為に……と共に」

 彼が、『声』との取引で告げた望みを、先生は理解し、共に協力することを伝えてくれた。

 私はただ、見知らぬ誰かに作り出された、紛い物の存在だ。


 でも先生が、私を本物の人間にしてくれた。


 いや……私は皆、人間になるんだ。


 作り物でしかなかった私達と、後悔を抱いて死んだ彼と共に。


 世界を滅ぼすのではなく……救う為に生きよう。




 ……目的が『映画上映中にスマホを点ける人間を無くす』というのが、少し引っ掛かるけれども、ね。

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