第27話 古城の狩りと廃教会の乱
(あンの変態研究者かぶれめ……!)
そんな悪態を吐く金髪緑眼の美丈夫は、ビンツの繁華街から外れた森の中にいた。
ラフなリゾートシャツから着替えたいつもの黒い隊服が闇夜に溶ける。
通信を切ってから小型の懐中電灯を口に咥え直し、身軽に木々の枝を飛び移った。
彼が追うのは三頭の獣の影。
大きな耳が立ったキツネの姿をしているが、四つ足から生える
鬱蒼と茂る木々の間を自由自在にすり抜けていく三頭を追いかけているうちに、観光客向けに整備された古城へ辿り着いた。
四方を囲む塔が特徴的な、狩のために建てられた城だ。
日が沈んだ時間、森の奥に眠る城へ訪れる一般人はいない。
開けた場所に出た途端、ユリウスは抱えていたアルミケースを開く。
そこから自動で飛翔した四台の小型ドローンはあっという間に古城の周りを旋回し始めた。
「
声紋認証で発動したドローンの照射装置から放たれた緑の光線がオーロラのように降り注ぐ。
「類似する
アルミケースに内蔵されているデバイスに対象のデータを打ち込んでいく。これが奴らに貸し与える仮の肉体だ。
羽衣キツネが情報という名の理解の器と結びつき、足元から実体化していく。
一通りの操作を1分弱で終え、背負っていたアサルトライフルを構える。
「さっさと片付けて合流させてもらう。あの人を野放しにしておくと、ろくなことにならないからな」
緑葉の瞳孔がドットサイトの奥を見据えて
フルオートで連射された銃弾は、データで作られた仮想の肉体を次々と貫く。
古城の狩りは、一方的な展開で幕を閉じた。
* * * * *
フィリップに連れて来られたのは、街の隅にひっそりと佇む廃教会だった。
参拝者が訪れなくなった建物は雨風で一部の天井が抜け落ち、礼拝堂には月光が惜しみなく降り注ぐ。
妙に雰囲気がある場所を見回していると、フィリップはようやくマコトの拘束を解いた。
「手荒なことをして悪いね。でもここなら誰にも見られないだろうから安心だ」
「何を……――ッ!?」
次の瞬間、しなやかな蹴りが予告なくマコトを吹き飛ばした。
石削りの祭壇へ勢いよく突っ込み、角に後頭部をぶつけた衝撃で一瞬だけ意識が遠のく。
それを見て一気に距離を詰めたフィリップが、血を流す頭を掴んで細い身体を祭壇の上に叩きつけた。
「ッ……!?」
「ボクね、デイドリーマーズの生態にと~~~っても興味があるんだぁ。君にも聞きたいことがたくさんあってねぇ」
「こ、のっ……!」
「あっは、血だぁ! サンプル採取~」
仰向けに倒れるマコトに覆いかぶさり、鼻歌混じりに
「っぐ、ぁ……!?」
「はい、あ~ん」
「特性濃縮した医療用麻酔だよぉ」と薄ら笑いを浮かべたフィリップの眼鏡が光った。微かにリンゴジュースの味がする。いらない気遣いにマコトが眉をひそめる。
「おいしい? 普通の人間なら心臓まで麻痺ってるけど」
「んぐっ」
いつの間に用意したのだろう。ゴム手袋に包まれた指が、開きっぱなしの口の中に突っ込まれる。
無理やり舌を引っ張り出されて嘔吐感が込み上げるが、超濃縮の麻酔のせいでろくな抵抗ができなかった。
そして
「みぃつけた♡」
前世の恋人でも見つけたかのように熱っぽく笑うフィリップ。彼のアイデバイスにはその全てが記録されている。
何十ヶ国もの血が入り交じった瞳は、光の具合で色を変えるアレキサンドライトのごとく怪しく輝いた。
見つめるのは赤く色づいた舌の上に、焼けついたように黒く刻まれた文字。
――
デイドリーマーズが視える者に刻印された固有の番号、ロットナンバー。
生まれつき身体のどこかに保有している者もいれば、前触れもなく表皮に生起する者もいる。
5種のギリシャ文字と数字で構成される番号が何を表すのか、全てが解明されいるわけではない。この悪夢を打破するための糸口として、組織が独自に収集・管理しているのが現状だ。
分かっているのは、ギリシャ文字が表すのはおそらく巨像・
そして巨像が現れた地域を中心に、共通のギリシャ文字を有する者が生まれた。
意味のない事象はこの世にない。ロットナンバーが何のために存在するものなのか、ヴィジブル・コンダクターは今も解析を続けている。
そしてエネミーアイズが持つ番号の確認例は、これで2件目だ。この記録はデイドリーマーズの研究を大きく前進させる足がかりとなるだろう。
「カタリナが言った通りだ。まさかこんなところに隠してるなんてねぇ。しかも
「は、なへ……」
「あ~あ、舌っ足らずになっちゃって。かわいいもんだ」
ようやく舌が解放されて咳き込むマコト。だが身体が思うように動かず、神への生贄のように祭壇に放置された。
「毒や薬も耐性があるんだろう? ユーリの始末書から導き出した麻酔の有効時間は5分だ。その間にボクが立てた仮説を聞いてくれよ!」
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