最期の忠義

蘭野 裕

第1話

 ちかごろみんなの様子がおかしい。

 ダンジョンのかべのひびわれからひさしぶりに出て外のようすをうかがってみた。


 とおくに魔王城がみえるはずが、そこにあるのはがれきの山だ。


 魔王さまが倒されたんだ!


 ざこモンスターのおれには何のしらせもない。けど、ずっとまえ、おれのすむエリアでいちばんえらいヴァンパイアの旦那がいってた……。


「愚かなお前にも分かるように説明してやろう。魔王城には、魔王さまが倒されると城も崩れるように魔法がかかっているんだ」


 おれはヴァンパイアの旦那が嫌いだ。

 おれがゾンビだから、脳みそがくさってるってバカにするからだ。


 でも、いま起こっていることは旦那からきいたとおりにちがいない。

 旦那も、ゆうしゃのなかまの尼さんの血を吸ってやると張りきって出かけたきり戻ってこないもんな。


 もうすぐ……いや、きっともう始まっているんだ。「ざんとうがり」が。


 こんなときどうすればいいんだ?

 おもいだした。魔王城をかこむ塀のなかに、魔王さまのだいじな一人娘のすむ「王女の館」もある。


 姫さま!

 かならずお守りします!


 魔王城まで、おれのすみかと迷宮の通路でつながっている。でも外をとおるほうが迷わないし早そうだ。


 そのうち、迷宮の外にも、入口ちかくにも、人間がたくさんあつまるだろう。

 魔王さまが生きていたころは怖気づいてちかよらなかった人間どもが、勇者たちのとりこぼした宝物をあさりにくるんだ。


 おれはこわくなんかないぞ!

 人間のほしがるような立派なもちものは何もない。魔王軍の装備すらもらえない下っ端で、たぶん生きていたころのボロボロのよろいをそのまま着ている。

 けど、けっこうつよいんだ!


 姫さまが心配で大いそぎで、山のてっぺんの魔王城のあったところにたどりついた。

 王女の館がどこか分からない。魔王城のくずれたときに埋もれてしまったかもしれない。


 でも、姫さまは母親が人間だから、少し人間のにおいがするだろう。

 それをたどって、がれきをどかしながらすすめば……いた!


 小さいながら魔王さまのとおなじ形の凛々しい角と、おれをひきつけてやまない人間のにおい(いかんいかん、たべちゃだめだ!)

 それを兼ねそなえるお方は、姫さましかいない!


 姫さまはまるで陸にうちあげられた人魚みたいに、つややかな髪、なめらかな肌で、苦しそうにお顔をゆがめている。

 脚を挟まれているのだ。

 レンガの塊をどけると、とてもうれしそうにほほえまれた。立ちあがろうとなさるとき「いたっ」とよろけたので、おれはうけとめた。


「ありがとう。もう少しそうしていてね」


 姫さまはおれに寄りかかったままきれいな声で呪文をとなえた。すると、あしのきずがすっかり治ったようだ。よかった。


 それにしても、その優しいお顔……。

 どこかでみたことがあるような……懐かしいような切ないような気分になる。

 でも、こんなきもちにひたるのは、姫さまを安全なところにおつれしてからだ。


 もんだいは、どこまでにげれば安全なのか、まったくわからないことだ。




(続く)

 









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