【第104話】白金愛梨と万屋太陽……そして、愉快な仲間達


 春――四月。


 桜舞う学校までの道のりを、太陽は歩いていた。

 憂鬱な顔をしている。

 どんよりとした空気が、彼の周りを覆っている。


「はぁ……」

「どうしたの? 辛気臭い顔しちゃって」

「うおっ! 愛梨かよっ! びっくりしたぁ!」

「いやいや……別にびっくりするような事じゃないでしょ? 私普通に声掛けて近付いたよ? 聞こえてなかったみたいだけど」

「そ……そうか……なら悪いのはオレか……すまん」

「どうしたの、そんなに暗い顔してさ。新学期だよ? 進級だよ? 明るく行こうよ!」

「進級かぁ……三年かぁ……」


 おや? と思い、愛梨はすかさず太陽の心を読んだ。


「あー、なるほどー。受験生になるから、そんな暗い顔してるんだぁー。ふぅーん」

「ニヤニヤするな。そして勝手に心を読むな。読む時は読むって言ってくれ!」

「ふふっ、やーだよーだ」

「素直だな……」

「私、三月末のあの一件を経て、太陽にはワガママな姿を見せていこうと決めたのです。だから、嫌な事には嫌って答えるよん」

「……まぁ……それは……良い心がけ、だな……。オレとしては前途多難だが……」

「あー! また暗い顔してるー。そんなに、受験嫌なの?」

「いや……それもあるけどよ……。ほら、オレと愛梨って……皐月姉と剛士さんとは違って、明らかに進学先が違うじゃんか?」

「そうだね。でもそれが……あっ……」


 ここでようやく……太陽の『本当の悩み』が彼の脳内で思考され、読み取る事が出来た。


「私と……別々の大学に行くのが嫌なんだ!」

「…………恥ずかしいから、声に出すなよ……。でも、まぁ……その通りだな……って、何だそのニヤケ面は!」


 リスみたいに頬を膨らませ笑っている愛梨。


「ぷぷぷっ! そんな先の事考えるくらい、太陽は私の事が好きなんだぁー! きゃー!」

「おう……好きだけど?」

「へ?」

「? 何だよ、そんな鳩が豆鉄砲くらったような顔して。急に表情をコロコロ変えんな」

「いや……何か……変わったなぁ……って、思って……」

「変わった……?」

「うん……去年の今頃はさ、太陽はこういう時、顔真っ赤にして否定してたんじゃん? 『の、ノーコメント』って……」

「そうだったっけ……?」

「うん、そうだったそうだったよ! 私、ちゃんと覚えてるもん! それがさ……今は素直に気持ちを言葉に出来てる……。変わったよ……太陽……」


 感慨深そうにしている愛梨。そんな彼女に、太陽が言う。


「愛梨も充分変わったよ」

「え? そう? どこがどこが!?」

「明るくなった」

「明るく? わーい!!」

「そんでもって、ちょっとワガママになった」

「うん! 良い傾向だね!」

「ああ……そうだな。……変わる事は、良い事だ。いつまでも……子供のままじゃ要られないしな……」


 太陽は空を見上げる。

 青く……澄み切った大空を……。

 愛梨は釣られるように空を見上げ……「うん」と、頷いた。


 するとここで……。


「あんた達、朝っぱらからイチャイチャしないでくれる? 登校の邪魔なんだけど」


 月夜が現れた。

 これ迄の中学校の制服ではなく、真新しい、太陽達の通う高校の制服に身を包んだ月夜が。

 そんな彼女を見た瞬間――愛梨の目がキラリと黄金色に輝いた。


「お……おぉおおぉーーっ!! つ、月夜ちゃんが! 月夜ちゃんが! 私と同じ制服着ているよぉー!! 可愛いー!! 似合ってるよぉー!!」

「ちょっ! くっつかないでよ!!」

「だって可愛いんだもーん!!」


 全力で月夜に抱きつく愛梨。

 ほっぺをスリスリしてる。


「兄貴! 何とかしてよ!!」

「まぁ待て、ちょっと写メ撮るから待っててくれ。引き離すのは、それからだ」

「何で写真撮るのよバカ兄貴!!」

「いやだって、可愛いだろ? 二人共。こういう姿を写真に残すのが、彼氏として、兄としての役目だ」

「変な所に使命感持たなくて良いから! 早くこの人引き離してよー!」

「月夜ちゃん可愛いー! んーペロペロ」

「ちょっ! 舐めないでよ! 何かこの人、兄貴の変態っぷりが移ってきてない!?」

「良い傾向だ」

「どこがよ!!」


 その後、何やかんや写真を撮り、太陽が愛梨を引き離し一難は去った。

 月夜が膝に手を付き呟いた。


「さ、最悪の高校デビューだわ……先が思いやられる……」

「あら? 月夜ちゃん、高校生活が不安なの? 私が慰めてあげようか?」

「結構です! これはそもそもあなたのせいなんですからね! ! ちゃんと反省して……」

「ちょっと待って!」

「な……何よ……」

「月夜ちゃん……今……?」

「へ……? あっ……。さ……さぁ……? 何の事、かなぁ?」


 惚ける月夜。

 その姿が、『かつての太陽』を想起させ、より愛梨の心に刺激を与えてしまう。


「月夜ちゃーん!! もう一回呼んでー!!」

「あーもう! 面倒臭いなぁー!!」


 愛梨と月夜の騒がしい鬼ごっこが始まった。

 太陽はそんな微笑ましい二人の姿をスマホで撮り、笑った。



 当然……その騒がしさは、他の登校している生徒達の目に映る。

 他の仲間達――にも。


「ん? 透士郎……お前の彼女、一体何をしているんだ?」

「じゃれあってんだろ? あの二人、最近凄く仲良いから」

「愛梨ったら……凄く楽しそう」


 忍、透士郎、宇宙。


「お、千草くん! 愛梨さんと月夜が、入学早々朝からランニングしているぞ!? 私達も見習わなければ!」

「いやぁ……アレはどう見ても違うっしょ……?」


 静と千草。



 そして同時刻……。

 大地のスマートフォンに、太陽から一枚の写真が送られる。

 愛梨が月夜のほっぺにスリスリしている写真だ。


「あははっ! 見ろよ姫、太陽さんから写真が送られて来たぞ。相変わらずバカやってるみたいだ」

「あぁー!! 本当だぁー! 二人共可愛いー!! 良いなぁー! 私も早く高校行きたいなぁー!!」


 大地と姫。



 更に同時刻。

 皐月のスマートフォンにも、同様の写真が送られていた。


「あら……うふふ……仲良くやってるみたいじゃない」

「ん? おー、こりゃ良い写真だな。まるで姉妹みたいだ。太陽が撮ったのか? ほほぅ……あいつも中々やるな」


 皐月と剛士。



 それぞれの……新たな一年が始まる。


 このように、変わっていく時間を繰り返し……子供は大人になっていく……。

 元ヒーローであろうが、それは変わらない。



「さぁーて……『良いもの』も見れたし、やる気が出てきたぞー……今日も一日、頑張るか!」


 太陽が伸びをして、歩き出す。


 舞い散る桜の花弁が……まるでここから先の――――彼の未来を、暗示しているようだった。


 太陽と愛梨は……そしてその愉快な仲間達は、今日を生きる。



 幸せな未来を――目指して。











 エピソードFINAL『白金愛梨と万屋太陽』――〈完〉

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