【第101話】白金愛梨と万屋太陽⑨
愛梨が次に飛ばされた場所は――――彼女が通っていた高校だった。
今は休学中で、もう二度と……足を踏み入れる事はないと思っていたその場所に、愛梨はいた。
校庭から校舎を見上げ、少しもの思いに浸る。
「……ほんの数日、通ってないだけなのに……懐かしい気持ちになる……ここで……沢山思い出を作ったのよね……嫌な思い出も……楽しかった、思い出も……」
しかし、今はのびのび感傷に浸っている時ではない。『恋愛ツアー』の最中なのだから。
どこかに、元ヒーローがいる筈だ。
「ま……探すまでもないかな……。舞台が学校、という事は……あの二人だろうから」
愛梨は迷う事なく歩き出す。
一直線に……一本の桜の木を目指して。
「よう……良くここが分かったな」
到着すると、声を掛けられた。
男の人の声だ。
愛梨が答える。
「今回は、あなた達だったんですね――火焔さん、皐月さん……。この学校が舞台……となれば、あなた達以外考えられませんから……ここかな、と……」
「良い推理力だ」
と、剛士が言った。
するとその直後……隣にいた皐月が駆け寄り、愛梨を思いっ切り抱き締めた。
「ごめんね愛梨ちゃん……苦しかったよね……怖かったよね……。ちゃんと話を聞いてあげられなくてごめんね……? 私がもっともっと……話を聞いてあげていられていたら……こんな事にはならなかったのかもしれない! 本当に……ごめんなさい……!」
「…………良いんです……皐月さん……。謝らないでください……悪いのは全部……私なんですから……」
「そんな事ない……! だって……だって愛梨ちゃんは……苦しんでたもの……!」
「それは……私が、勝手に苦しんでいた、だけなんです……今回の、このツアーで……その事をよく、理解出来ました……」
「全くもって、その通りだ」と剛士が言う。
「この一件は全部――――お前の責任だ。相手をコントロールする為に、自分を変えようとして、勝手に失敗した……紛れもない……お前自身の、責任だ」
「ちょっと剛士くん! そんな言い方――」
「良いんです、皐月さん……その通りですから……」
「……愛梨ちゃん……」
皐月が抱擁を解くと、愛梨は剛士を見据えた。
「火焔さん……以前、あなたが言っていた言葉の意味が……ようやく……分かったような気がします……」
「ほう……聞かせてもらおうか」
「はい……」
愛梨が……答えを述べ始める……。
「私はこれ迄……【読心能力】のせいで、人間の闇を知り……それが故に人間を信用出来ない事……その解決方法ばかり探していました……それが――間違いだったんです……」
「ふむ……」
「『監督ではなく選手になれ』という言葉……アレは――――
嫌な所と向き合えという事だったんですね……。相手との……そして、自分との……」
この愛梨の答えを聞き……剛士は笑って頷いた。
「そうだ……」と。
「ここまで……球乃や天宮、星空、木鋸に海波と話して来て、気付いただろう……? 大なり小なり、皆――本当の意味で他人を信頼する事なんざ、誰にも出来ねぇんだよ。別にお前の葛藤は……お前だけが持つものじゃ無いんだ。そんな誰しもが抱いている葛藤を、克服しようと、考えた事自体がお前のミスであり責任なんだよ……。言っただろ?
【読心】を……万能だとか思うなってよ」
「……はい……その通りでした……」
ここで皐月が疑問を持つ。
「剛士くん……どういう事? 【読心能力】が万能じゃないって」
「簡単な話だ、【読心能力】者は、人の心が読めるがあまりに……人間の全てを理解したつもりになっちまうんだよ。自惚れちまうんだ」
「自惚れ?」
「例えば皐月……【読心能力】のメリットって何だ?」
「メリット……? 相手の心を読めるという事は、それ自体がメリットでもあり、デメリットなんじゃないの?」
「それが間違いなんだよ」
「え……?」
「そもそも、この【読心能力】って言葉自体が諸悪の根源なのかもしれねぇな……だって、白金の能力で読めるのは――
他人が脳内に浮かんだ言葉――だけなのだから」
「あ……」と、皐月は察した。
剛士が続ける。
「つまり、【読心能力】って呼ばれてる能力は……他人の感情などの把握をする事は出来ない――他人の全てを理解出来る訳じゃねぇんだ」
「確かに……言われてみれば……そうね……」
「なぁ皐月……お前、自分が抱いた感情……例えば、怒りとか喜び、沈んだ気持ちや、他人への疑心暗鬼……それら全てをわざわざ脳内で言葉にするか?」
「しないわ……」
「だろ? それをしていると思い込んでいるのが――――【読心能力】者って奴だ」
つまり、本質的には――
思考は読めても――心は読めない、という事だ。
剛士は言う。「過大評価な能力名だ」と。
「他人を全部分かったつもりになる――だから、自分は特別なんだと勘違いする――故に、裏の顔の表面だけを見て絶望するんだ。
本当の人間の思いは――更にその奥にあるって事に気付きもしないでな……【読心能力】者に自殺者が多いのは、その勘違いのせいだ」
「その奥にある気持ち――即ち、恋愛で言う所の……『無自覚なツンデレ』みたいなタイプには、気付けないって事よね」
「そういう事だ。皐月の例で言うと、ツンしてしまう理由を、『本人が自覚出来ていない場合』……【読心能力】者には、ただその相手の事が嫌いなんだなと映ってしまう」
「えっと……つまり、愛梨ちゃんが、他人を信頼しないといけないって、ずっと悩んでいたのって……」
「ああ――白金は勘違いな事に、オレ達全員、皆が皆――他人の事を信頼しきっていて、自分だけがそれを出来ていない等と、思い上がっていたからだ」
剛士はここまで答えを述べた後、「そうだろ? 白金……」と愛梨へ話を振った。
「お前は既に、この答えに辿り着いているんだろ?」と。
愛梨は答える。
「……はい……このツアーの中で……皆と話している内に、気付きました。皆……私が知らない所で……私や太陽に、色んな思いを抱いてくれていた事を……知れたので……」
「状況によって、頭の中で浮かぶ言葉は変わるからな……。ま、これで気付けた事だろう……白金……お前は別に――――
変わる必要のない、ただの普通の女の子であるという現実にな」
「はい……私は……バカでした……」
「それが分かれば良い。もう……答えは出てんだろ?」
「はい……私の答えは……」
「ああ、別にオレに答えなくて良いよ。答えが出たのかどうかが知れたら……それで良い。それは、本人に直接伝えてやってくれ。
その方がきっと、あいつも喜ぶだろうからな」
「……はい……!」
何かを決意した表情の愛梨。
清々しい……そんな表情にも見えた。
皐月が大きな溜め息を吐く。
「というか……剛士くん、そこまで分かってたのなら、何でもっと早く教えてあげなかったのさ。そしたら、こんな事にはなってなかったんじゃないの……? 防げたんじゃないの?」
「皐月……お前、勉強は出来るけど、こういう所はマジで鈍いよな……? お前はもっと、他人の気持ちを汲み取れるようになった方が良いぞ」
「剛士くんに諭された!! 人生で一番の衝撃っ!!」
「平常時のメンタルでコレを伝えても、きっと白金の心には響かなかった。こういう状況だからこそ、スっと受け止める事が出来たんだ……白金のこの成長は――オレの言葉によるものじゃなくて、先に話した全員の言葉によって齎されたもの、なんだよ……理解した上での、答え合わせが今なんだ」
「ちぇっ……剛士くんの癖に……」
「何だ? 不満か? 勉強の出来ないバカに諭されたのが、そんなに嫌か? ひょっとして、お前の方がバカだったりしてな」
「もぉー! 剛士くんっ! 意地悪な事言わないでよぉー!」
剛士と皐月がバカを言い合う様子を、愛梨は満面の笑顔で見つめていた。
微笑ましい光景だなぁ……と、笑顔で。
「終わったか?」
ここで忍が【瞬間移動】で現れた。
忍の姿を見た、剛士が「お、時間か?」と声を漏らす。
「はい。時間となりましたので」
「話は終わってる。『最後のステージ』へ連れてってやってくれ」
「了解です」
剛士と忍のこのやり取りを聞き、「最後?」と愛梨が反応する。
答えたのは皐月だった。
「ええ……この『恋愛ツアー』も、次が最後のステージよ。待ってるわよ……最後の一人が」
「最後の……一人……」
「おっかないのがな」剛士が笑って続ける。
「本当は、オレと皐月が最後の予定だったんだけどなぁ……どう考えても、最後の役はオレ達には合ってないと思ったから、無理言って順番を変えて貰ったんだ」
「順番を……どうりで、私が思っていたのと順番が違った訳ですね……」
「そういう事だ。それに――最後に相応しいのは――あいつ、かなぁ? とも、思ったしな」
「え?」
ここで皐月がクスッと笑った。
「話を聞いて驚いたわ。愛梨ちゃん……あなた――あの子の前では、素を出していたんですってね」
「素……? 私が……?」
「ええ……だからあの子なら、あなたの背中を思いっ切り押してくれそうだったから」
「ただし――」と、剛士が話に割り込む。
「ちゃんと生きてゴールまで来いよ? アイツ、めちゃくちゃお前にキレてるから。次はマジで気を抜いたら死んじまうかもだから、気を付けろよぉー?」
「えぇ……」
「どんな風に危険なのかは……行ってからのお楽しみという事で」
「気が重いですね……」
げんなりする愛梨。
人の気も知らず、剛士が笑って彼女の肩を叩く。
「まぁ、そんな暗い顔するなって! ゴールの方は、ちゃんとオレらが時間稼ぎしといてやるからさ」
「時間……稼ぎ?」
その言葉の意図を探ろうと、【読心】を発動しようとしたのだが……皐月のハグによってそれは出来なかった。
「愛梨ちゃん……私は、あなたの事を信頼しているわ」
「……はい……」
「だから……私の事も信頼してくれると……嬉しいな」
「…………はい……ありがとう、ございます……」
「『最後の試練』……頑張ってね!」
「はいっ!」
愛梨が、忍の方へと向き直る。
「忍くん、【瞬間移動】……お願いします!」
「……覚悟は出来ているんだな?」
「はい! 出来てます!」
「ならば――――行って来い! 最後のステージへ!!」
そして彼女は――剛士と皐月に見送られながら……最後の場所へと移動した。
最後の場所――
『日本超能力研究室』の『市街戦闘訓練場』へ。
(え!? ここは――)
まさかの移動先に驚く愛梨。
てっきり彼女は―― これ迄の傾向から察するに、『空港』だと思っていたのだ。
しかし、現実は――まさかの市街戦闘訓練場だった。
その瞬間――愛梨は理解した。
何故、この『恋愛ツアー』には、服装に指定があったのか?
何故――戦闘服着用が、絶対条件であったのか?
このステージの為だったのだ。
この場に到着した愛梨を、大きな影が覆った。
黒い影が。
咄嗟に上を見上げると……巨大なビルが落ちて来ていた。
愛梨目掛けて。
咄嗟に全力疾走で回避し、直撃は免れたものの、巨大なビルが落ちた衝撃で吹き飛ばされてしまう。
「きゃっ!」
膨大に舞う砂煙の中から声が聞こえてくる。
「あんたは今――私との約束を破っている」
と。
「死に値するわ……」
砂煙が晴れ、現れたのは――倒壊したビルの上に、仁王立ちしている万屋月夜だった。
「月夜……ちゃん? こ、これは一体……」
「御託はいい。私からの要求は一つ――――死ね」
月夜の物騒な言葉から……最終ステージ――
愛梨VS月夜の……。
模擬戦闘が、始まったのであった。
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