【第85話】火焔剛士と万屋皐月③
「きっと……火焔さんも必死なんだよ……。あの二人は……皐月さんと剛士さんは……間もなく始まる受験の為に、ここまで我慢し合って来たのだから……無駄にしたくない、応えたいって気持ちが強いんだと思う。今回の火焔さんの決断は、その決意の現れだと思う……だから、私達ではどうする事も出来ないんじゃないかなぁ……」
「うむ! まだオレは、お前と今日会って何一つ喋っていないのにも関わらず、出会って早々にオレの心を読み、状況説明をしつつ自分の意見を述べてくれた事に感謝しよう! 話が早くて助かる。だけど出来る事なら心を読むのは控えていただきたい! この通りだ!」
と、ここまでが、太陽と愛梨が会って三分以内の出来事である。
この通りだ――の言葉と共に、もう読まないでと言わんばかりに頭を下げている太陽。
愛梨は言う。
「……この通りって、どの通り? 頭が高いんじゃない? 私にお願いするなら、頭で雪や地面を掘るぐらいしないと」
「どんな土下座だよ……お前、そんなキャラだったか?」
「あははっ、なーんてねっ」
クスクス笑う愛梨。
しかし太陽はその笑顔を見て(妙だな……)と思った。
「んん? ……何か今日……お前、元気ない?」
「え? いつも通り元気だけど……え? 私、何か変かな?」
「いや…………気の所為なのかな……? まぁ、お前が元気と言うなら、それで良いんだが……」
ここで太陽が話を皐月と剛士の話題へと戻す。
「そうなんだよなぁ……この一件は、これまでの四件とは違って……何も問題が発生してないんだよなぁ……しかも相手は、あの火焔先輩と皐月姉だ……。うーん……何とかしようにも、どうすりゃいいんだって話なんだよなぁ……」
「どうもしなくていいんじゃない? だって、これは問題ではないんだし……ただの、火焔さんと受験とのバトルストーリーみたいなものなんだから」
「そのバトルストーリーが、ハッピーエンドで終わるか、バッドエンドで終わるかの問題ではあるんだよなぁ……」
はぁ……と、大きく溜め息を吐く太陽。
「……相当心配なんだね……火焔さんの事……」
「そりゃそうだろ……。オレはあの人に救われたんだ……ただの悪ガキだったオレを、今のオレに変えてくれた紛うことなき恩人なんだ……幸せになって欲しいじゃねぇか……」
「…………」
「それに……あの人がこの一年、どれだけ努力してきたのかも知ってるし、皐月姉がどれだけ我慢してあの人を支えて来たのかも知ってる……オレも……あの二人のそんな努力が散る姿を…………見たくねぇんだよ……」
「……こういう言い方はしたくないけど……マイナス思考だよね? 太陽らしくもない。まだ散るって決まってる訳じゃないのに……いつものあなたなら、『火焔先輩なら出来るはずだ!』とか、根拠なく信じきると思ってたんだけど……何でそこまで、火焔さんを心配するの?」
「何で……?」
愛梨に問われ、「うーん……」と唸り、頭を悩ませる。
「何だろう……駄目っぽい感じがしてるから?」
「駄目っぽい?」
「嫌な予感がする、というか何と言うか……」
「嫌な予感……」
「何て言葉で表していいのかは分かんねぇけど……何故か不安になるんだよ……コレ――――多分、皐月姉も同じ気持ちだと思う……」
「皐月さんも……?」
「ああ…………」
するとここで、太陽が話題の矛先を皐月へと向けた。
「大体、皐月姉も悪いんだよ……何でそんな無謀な提案受けちまうんだ……断りゃ良かったのに……その方がもっと確実に――――」
「分かるよ――皐月さんのその気持ち」
「え?」
愛梨が強い口調で、太陽の言葉に被せてきた。
『分かる』――と。
その時の彼女の表情は、儚げで……闇を含んでいて……まるでかつての愛梨を見ているようだった。
かつての――――出会ったばかりの頃の、白金愛梨を見ているようだった。
「愛……梨……?」
「分かるのよ……残念ながら、分かってしまうの……。相手を尊重し過ぎて……不本意なのに受け入れてしまう気持ち……凄く分かる」
「尊重し過ぎて……? 不本意なのに……?」
「うん……その原点にあるのは……自分の我儘が相手の負担になるかもっていう恐怖心……きっと皐月さんは――――自分が干渉し過ぎて、火焔さんの志しを折ってしまう事を……恐れたんだと思う……」
「志し……?」
「火焔さんにとってこの受験戦争は……『皐月さんと肩を並べる為の試練』でもある……。自分に課した……『試練』……。早い話が、ソレを乗り越えなくては、自分は皐月さんと付き合う資格がないとさえ思っているのよ……だからね? 太陽……この一件は、ただ受験に受かれば良いって話じゃないのよ……大事なのは――――
火焔さん自身が――皐月さんと付き合える資格を得たと認められるか否か。それが……重要なのよ……」
愛梨は続ける。
「ソコをちゃんと理解しているからこそ…………皐月さんは、今回の約束を交わしたんだと思うの……。だから……だからね? 太陽……」
愛梨は言う……。
儚げな表情のまま……こう言った。
「皐月さんを悪く言うのは……やめてあげてね……」
「……悪く言うつもりなんてなかったよ」と、太陽は答える。
そしてこの言葉は……皐月に対してだけに述べた言葉ではなかった。
その意図を理解したのか……愛梨はこう返答をした。
「ありがとう――太陽……」
と。かつての表情のまま……。
結論から言うと……この愛梨との話し合いの末に、太陽は剛士を信じて見届けようという結論に至った。
そんな訳で何もせず……ただ、時は過ぎていく……。
そして一月十六日――
共通テストの翌日だ。
剛士本人より、『第一関門突破』という一報をスマートフォンのメッセージで受け取った太陽は、『おめでとう』の言葉とほんのささやかな差し入れを持って剛士の家へと足を運んでいる。
積もった雪をサクサク踏みながら、向かっている所だ。
(なぁーんだ、やるじゃん火焔先輩! 結局、杞憂だったって事かぁー! 何の心配も要らなかったなぁー! やっぱり信じて見守るってのが一番だったんだよ! うんうん! 悩む必要なんてなかったんだ! 流石は剛士先輩! このまま合格までひとっ飛びして欲しいものだね!)
陽気にスキップしながらアパートの階段を登り、軽やかな足取りで剛士の部屋へ。
インターホンを押し、ウキウキ気分で彼が部屋の中から出て来るのを待つ。
しかし……待ってもなかなか出て来ない。
(ん? 何だ何だ? 一安心して寝てんのか? まぁ……仕方ねぇか……今日ぐらいはゆっくり……)
等と楽観視し、また出直そうと考えた所で……。
ガチャリ……と、力無く玄関の扉が開かれた。
(おっ! 居るんじゃん! 起こしちゃったかな……? まぁいいや、おめでとう言って、手土産渡してすぐに帰ろう!)
「火焔先輩! おめでとう!! 二次試験もがんば……――――――――っ!!」
太陽は絶句した。
ヨロヨロとした足取りで姿を見せた――剛士の姿を見て。
「……お……太陽か……悪いな……わざ、わざ……来て……くれたんだな……」
ボロボロでやつれた…………剛士の姿を、見て……。
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