【第81話】新たなカウントダウン


 大晦日――

 一年を締め括る最後の一日。


 そんな貴重な日を、愛梨は太陽と過ごしたいと思ったのだ。


 普段ならば、な予定調整を行いデートの日時を決める愛梨が、急遽予定に組み込もうとする程に。

 締め括りの一日を、太陽と過ごしたい……。

 新たなる年を……太陽と共に迎えたい。

 そう……思ったのであった。


 しかし、この愛梨のお誘いは、先日の剛士への相談が故に出た勇気があったからこその結果である。


 もし、あの剛士の言葉がなければ……この日も、、愛梨は一人寂しく自宅で、テレビを見て年を越していた事だろう……。


 某赤と白の歌合戦。

 はたまた、有名芸人がおしりを叩かれるバラエティー。

 よもやよもやの、格闘技……等々。


 いずれかを鑑賞しながら、年を越していた事だろう。


 勇気のかいあって、今、こうして……愛梨は、最愛の人と締め括りの一日にデートが出来ているのである。


 大晦日デートが出来ているのである。


「それにしても、珍しいな。愛梨が突然予定をぶっ込んで来るだなんて……そんなにオレと一緒に年を越したかったのかぁ?」


 太陽が、デリカシーの欠片もない表情でデリカシーのない発言をした。

 しかし愛梨は動じない。

 だてに長い間、彼をからかい続けてはいない。

 心を読み続けてはいない。


「そうねぇ。太陽と、には、そう思ってたなぁ」

「ぐっ!」


 カウンター気味に、愛梨が図星を言い当てる。


 そう、何を隠そう太陽自身も、大好きな愛梨と一緒に新年を迎えたいと思っていたのだ。

 その心を読まれるのは当然であり。そこを突かれるのは当然の流れである。

 太陽の浅はかさが露見しただけのやり取りとなった。


「相変わらず……的確に心読んでくんなぁ……」

「ふふ、そういう力だからねぇ……。私のこういう所……嫌い?」

「好きに決まってんだろ」

「ありがと」


 こういう所だ――


 太陽のそういう素直で、裏表のない所に――愛梨は惚れたのだ。


 透士郎はかつて、こんな推論を並べていた。

 愛梨と太陽のカップルにおいて、それぞれの好きの大きさを表した場合……圧倒的に、愛梨へ軍配が上がる、と。

 太陽が愛梨を好きな事に、間違いはない。

 しかし、その何倍も……何十倍も……何千倍も……愛梨は、太陽のことが好きなのだ、と。


 その推論は正解である。


 愛梨は、太陽の事が大好きだ。

 大好きという言葉では言い表せない程に――白金愛梨は、万屋太陽に恋しているし、愛している。


 世界中を捜しても、今後彼以上に自分が好きになる人間は現れない――そう、断言出来る程には――愛している。


 要するに、愛梨の愛はのだ。


 一方で――そんな彼女の重い愛情を背負う事が出来るのも……。


「なぁなぁ愛梨! 焼きそば専門店だってよ! 紅しょうが焼きそば――だって! 食おうぜ!」

「紅しょうが……う、うん! 食べよう食べよう!」


 紅しょうがが嫌いな彼女に、躊躇なくこのような提案が出来る、無神経で自由人である――太陽だけなのかもしれない。


「紅しょうが焼きそば二人前お願いします!」

「おっけぇー! おお? 兄ちゃん達、大晦日デートかい? よっしゃああー!! サービスして紅しょうが特盛にしてやるよぉ!」

「うおぉっ! サンキューおっちゃん!」


 「特盛……っ!」愛梨の表情が引き攣った。

 出来る事ならば……焼きそばの方を増量して欲しかったと、愛梨は思ったが……決して口には出さない。


 愛梨は……万屋太陽の事を愛している。


 しかし……。


「ラッキーだな愛梨! 紅しょうが特盛だってよ!」

「う、うん! やったぁー!!」


 太陽の事を愛している……、彼女は――――


 白金愛梨は知っているのだ。

 裏表のなさそうな人間にも、裏がある事を……。

 期待があれば……失望もある――という事を……。



 そんなこんなで二人きりのデートを楽しんだ愛梨と太陽。


 間もなく、年越しのカウントダウンが始まろうとしていた。


 これでもかとイルミネーションを飾られている大きな時計台を見つめながら、二人は手を握り合う。


「なぁ……愛梨……」

「何? 太陽……」

「去年の今日は……今こうして……お前と年を越せるだなんて思いもしてなかったよ……」

「ふふっ……私も……」

「だからさ……オレ、すっごく嬉しい」

「うん……私も」


 見つめ合う二人。


 そして――カウントダウンが、始まる。


 周囲の人達が声を上げ始めた。


「「十っ!! 九っ!! 八っ!! 七っ!! 六っ!! 五っ!! 四っ!! ……――――」」


 それに続くように……二人も小さくカウントダウンを刻んで行く。


「三……」

「二……」



「「一……」」


 二人は口付けを交わした。


 それと同じくして――――世界は……少なくとも日本は――新年を迎えたのであった。


「あけましておめでとう……今年もよろしくな……愛梨」

「あけましておめでとう……太陽。今年もよろしくね」


 けれど、二人はまだ知らない。


 新年を迎えても――――時計の針が止まる事はない、という事を……。

 カウントダウンの終わりは……新たなカウントダウンの始まりであるという事を……。


 秒針が、新たな時を刻み始める。


 さぁ――次なるカウントダウンの始まりだ。


 来たるべき――――





 二人の『別れの日』を告げる――――カウントダウンの……始まりだ。

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