【第73話】泡水透士郎と万屋月夜③


 前回のあらすじ。

 太陽と月夜が口論し、その裏で透士郎と皐月が込み入った話をした。


 そして現在……透士郎と月夜は並んで夜道を歩いていた。

 唐突に透士郎が問い掛けた。


「お前さ……もう、白金の事は嫌ってねぇの?」

「はぁ? どうしたのよ、藪から棒に」

「純粋な疑問だよ。お前随分と嫌ってたじゃねぇか……いや、つーか避けてたじゃねぇか」

「そうだっけ?」

「そうだよ。忘れたのか? ったく……太陽に似て、都合の良い脳みそしてやがる」

「えぇっ!? ウソウソっ!? 私似てる!? 兄貴に似てる!? どこがどこが!? どこがぁ!? うわマジ嬉しい!! 嬉しいなぁー!!」

「……お前のブラコンっぷり……何度見ても引いてしまう時があるよ……」


 目をキラキラさせ、異常な程喜ぶ月夜。

 太陽に似てるって言われて、そんなに嬉しいか? と透士郎は疑問に思う。


「……うーん……まぁ、今は嫌いじゃないよ」

「…………ああ、白金の事ね」


 突然話が本題に戻った為、一瞬ついていけなくなった透士郎だが、何とか話の内容に着いて行く事が出来た。


「話してみたらさ……すっごく優しい人でさ、兄貴が惚れるのも分かるなぁーって感じ」

「そっか……」

「最近、よく一緒にケーキとかクレープ食べに行ってるよ。美味しいんだよ。白金さんが紹介してくれる店」

「ケーキ……? お前らが? 一緒に? ……へぇ……そっかそっか」

「うん……。だから今は嫌いじゃない……むしろ……」

「むしろ?」

「…………ううん、何でもない。ねぇ、透士郎」

「……何だ? 月夜」

「兄貴と白金さん……あの二人も……昔色々とあったんだよね?」

「色々とあった――何てもんじゃねぇよ……アイツらのは……随分と走り回ったもんだぜ……特に、な……それはもう、今アイツがあんな風に笑えているのが不思議なくらいには」

「……そうなんだ……」

「だからきっと白金は……かなり太陽に助けられたと思う……。何つーか……からかわれまくってるからよく分かんなくなっちまうけど……あのカップルはきっと――――太陽が白金を好きって気持ちよりも、


 比べようがないほどに――桁違いに――と、透士郎は続けたのだった。

 「そっか……」月夜は呟く。


「悪い事しちゃったなぁ……」

「ん? 何が?」

「いや……その、あの二人がくっ付くの遅くなったのって、私のせいなのかなぁー……とか、最近思っちゃってさ」

「それは違うだろ」

「え?」

「その件については、ただ単に太陽が腰抜けだっただけだろ? 最初から、太陽が動こうとしたのを察知してから、白金は動くつもりだったんだと思う。……多分な」


 動く――月夜との和解交渉に。

 太陽との交際を、認めてもらう為に。


「だから、あの件についてお前が気に病む必要なんてねぇよ。…………まぁ……強いて言うなら、ブラコンはちょっと控えた方が良いかもな……とは思う」

「…………そっかそっか……そうだね。ありがとう、透士郎」


 礼を言いながら透士郎を振り返り、満面の笑みを見せる月夜。

 その瞬間――ドクンッと、心臓が高鳴ったのが分かった。


(ああ……本当に、可愛いな……月夜は……)


 そしてそんな透士郎の心中を察する事なく、月夜は続ける。


「いやぁー。本当に不思議なんだよねぇー」

「不思議?」

「うん……何故かさ、透士郎と話してると、いつも気が晴れちゃうんだー」

「え……?」

「こうね? モヤモヤーってしてる気持ちが、あんたと話してるとパァーって晴れるの! えへへっ、不思議だよね?」

「…………!」


 透士郎の、胸の高鳴りが止まらなくなる。

 辺りが暗くて良かった。明るかったら……今のオレの顔を見られていた事だろう。

 ふにゃけた情けない表情を、まじまじと見つめられていた事だろう……ここ数ヶ月の間、それでからかわれる可能性すらあった。


 本当に……夜でよかった……。


 月が出ている……夜で……。


「あの……さ……」

「な、何だ?」

「さっきの話……私と兄貴の言い争いをさ、聞いて……。堂々と、あんたの前でを兄貴がしたって事は……聞いてるんだよね?」

「……ああ」

「そう……ねぇ……あんたはどう思う?」

「どう思う……とは?」

「私が……戦場に行く戦士に恋愛感情なんていらない――って、言った事……」


 「どう思う?」と、念を押すように再度尋ねてくる月夜。

 透士郎は少し言葉に詰まる……。

 迷った挙句、自分の本心を話す事にした。


「お前の人生だし。お前が思うように思ったら良いと思う……」

「だ、だよねぇ! やっぱ兄貴の言い分がおかしいんだよ! うんっ! 私は正しい!!」

――――



 お前が死んで――帰って来ないのは、嫌だなぁ……」



「え……?」


 それは本音だった。

 紛うことなき、透士郎の本音だった。

 嘘偽りのない……言葉だった。


「ねぇ……透士郎……それって……」

「もう家に着いた。送ってくれて、サンキューな」

「え? あ、う、うん……」


 タイミング悪く、透士郎の家に着いてしまったのだった。

 楽しい時は――瞬く間に過ぎていくものなのだ。


「気を付けて帰れよ」

「……ありがと」

「頑張れよ。ポルターガイスト退治」

「うん……頑張る」


 そう言い合って、二人は別れた。


 帰り道……月夜は一人寂しく、今来た道を引き返す。

 さっきまで、あれだけ楽しかったのに……あれ程幸せだったのに……。


(寂しいなぁ……)


 月夜は思う。

 まるで流れ星に願うように……思う。


(あの幸せな時間が……ずっと……ずーっと……続いたら良いのに……)

「あーあ……家がもっと遠かったら良かったのになぁ……」


 そして月夜は……小さな声で、そう……呟いたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る