エピソード5『泡水透士郎と万屋月夜』

【第71話】泡水透士郎と万屋月夜①


 秋も終わりが近付いてきた。

 そんなとある日――月夜が帰宅する。


「ただいまぁー」


 帰宅すると、そこにとある来客者の姿があった。

 その来客者が、「お、月夜じゃん。おかえり。お邪魔してる」と返事を返す。

 月夜は意表を付かれたと言わんばかりに、少し動揺した面持ちでその人物の名前を呼ぶ。


「あ――泡水透士郎!?」

「へ? 確かにオレは泡水透士郎だけど……どうかしたのか?」

「い、いや……何でもない……何でもないわよ!!」

「お……おう……そ、そうなのか……」


 明らかに不審な対応となってしまったが、透士郎は気にする事なく太陽と途切れた話の続きを再開した。

 (危ない危ない……)と、月夜は二人のいるリビングから一度撤退し、自らの両頬を叩く。


(明らかに動揺してしまった。私は……恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないんだ……。世界を平和にする為に、ポルターガイストを打倒する為に、語学の勉強をしなくちゃいけないんだ……! 取り敢えず英語がある程度話せれば良いよね? 向こうにも当然仲間がいる筈、その為にはコミュニケーションは必須だもの。うん! 今日は部屋に籠って英語の勉強をしよう! そうだ、そうしよう……別にご飯なんて食べなくても――)


 そんな風に心を決めながら、制服から部屋着に着替える月夜だったが……。


「あんた! 何でここに居んのよ!」

「え!?」


 気が付いたら透士郎の横――真横に座って、そんな風に彼を罵っていた。


(何やってんのよ私はぁー!! そして何言ってるのよ私ぃー!! 話し掛けるなら話し掛けるで、もっとまともな声掛けがあるでしょー!!)


 と、心の中で自分にツッコミを入れる。

 どうやら彼女のツンデレは、自分自身でも制御不能な様子だ。


 透士郎が少し唖然としながら声を零す。


「え……悪い……オレ、来ちゃダメだったか……?」

「い、いやっ……! そんな訳ではないけれど……むしろ……」

「……むしろ……?」


 ドクンドクン……心臓が高鳴る。

 ここ最近ずっとこうなのだ、透士郎の事を考えると、透士郎の名前を聞くと、透士郎の姿を見ると、透士郎の声を聞くと……心臓が高鳴ってしまう。

 嬉しい――そう心が叫んでしまう。


「な、何でもないわよ!」


 そんな、嬉しいと思う心を自分で無理やり裏切るのが、ツンデレというものなのである。

 透士郎は「ぷっ」と、吹き出すように笑った。


「何だそりゃ…………変な奴」

「誰が変な奴よ! 誰が!!」

「お前だよ。そこのお前」

「あんたねぇ!」


 ………………。


 そんな月夜と透士郎の様子を、蚊帳の外に出された太陽が見つめている。

 黙って見つめている。

 しかし、かといって別に無表情な訳ではない。

 その口元は醜く歪んでいた。

 愛梨がもしこの場におり、太陽の心を読んでいたら『あ、何か悪い事企んでる』と感知していたはずだ。

 まぁ、感知した所で止めようはないのだが。


「なぁ……お前ら」


 そんな、悪い企みを企てている太陽は言った。

 故に、月夜と透士郎の視線が、彼に集まる。

 そして太陽は、爆弾のような言葉を言い放った。


「本当に仲が良いよなぁ。いっその事――――付き合っちまえよ」


 「「っ!?」」驚愕の表情を浮かべる、月夜と透士郎。

 片や太陽はヘラヘラと続ける。


「なぁ? 月夜。お前は、って思ってるのかもしんねーけど……恋人ってのは、わざわざ作る必要はなくても――いたら幸せなものだぜ? オレも愛梨っていう存在がいて、ものすごく幸せだし」

「いや……太陽……お前の惚気けは知らねぇけど……。まぁ月夜……コイツのこんな軽口は、いつもの事だって、お前なら………………月夜?」


 透士郎が、気にするなよと声を掛けようと、月夜へ視線を向けると……。

 何やら思い詰めたような表情を浮かべていた。

 考え込んでる――とも言える表情を。


 太陽の言葉を……真剣に捉えたのであろう事は一目瞭然であった。


 月夜は頑固者である。

 嫌いな人間が出来れば、とことん嫌いになるし。

 自分がコレと思った道筋は、絶対に外れない。

 そんな人間だ。

 最近、その傾向が少し薄れて来たようにも思えたが……。


「うーーん……やっぱ違う。兄貴、それは違う――――戦場に行く兵士に、恋愛感情なんて要らないわ。死にたくない、また会いたい……なんて考えちゃったら、それが足枷になっちゃうかもしれないから」


 どうやら、このレベルで自分の意志を曲げる事は、まだ出来ないようだった。

 「ふぅん……」と、太陽が言う。


「愛する人の元に帰ろうと……生き延びたいと思いながら闘う事は、何もおかしい事ではないと思うが?」

「それも素敵だと思う……だけど、どちらが勝ちに繋がりやすいのかは一目瞭然でしょ? いざという時――自分の事を待ってくれる人がいないのか、はたまたいるのでは――いない方が、リスクをより高く取れるに決まってる」

「それは分かってねぇな……」

「は?」

「お前、成長したのは間違いないが……如何せん、がまだ変われてねぇ。そんなんじゃ、高リスク背負った上で無駄死にするだけだ。知ってるか? 人って死んだら死ぬんだぜ? オレと違ってな」

「何が言いたいのよ」

って事だ」

「なら何!? あんた私に、透士郎と付き合えって言ってんの!?」


 「そうは言ってない」興奮気味の月夜へ、太陽が淡々と返答する。


「透士郎が良い――と、そう思うのなら、透士郎と付き合えば良いってだけの話だ」

「だったら同じ事じゃない!」

「オレが言ってるのは――――



 お前が――戦士に恋愛感情なんて必要ないって、思っているって事だ」


 月夜が怪訝そうに表情を作る。

 どういう意味か分からない、私は間違ってない――そう言わんばかりに。

 表情からそんな感情を読み取った太陽が続ける。


「前の闘い……アダンとの闘いでは、周囲にお前の無鉄砲さを上手く活かす事が出来ていた……。だが――には、その

「っ!!」

「分かるか? 月夜……お前が死ぬ気で突っ込んでも、今回は『お前が死なないようにサポートしてくれる』人間は……いないと思った方がいい……深く考えろよ。そうでないと、今回は――?」

「っ!! …………るさい……!」

「あん?」

「うるさい!! 兄貴のバカっ! 変態の癖に!! 白金さんがいるって言うのにオナ〇ール買っちゃう無神経で、性欲に負けちゃう猿みたいな人間の癖に!! 何でこういう時は芯食ったような事言っちゃうのよ!! このオ〇ホール愛用者め!!」

「バカ野郎!! そ、それは今の話に関係ねぇだろうが!!」

「関係あるもん! オナホー〇と超能力戦争には密接な関係があるもん!!」

「オ〇ホールオナ〇ール連呼すんじゃねぇよ!! じゃあどんな密接な関係があんだよ!? 言ってみろ!!」

「それは……その……オナ〇ールとポルターガイストって、両方ともカタカナ表記だもん! ほら関係性あるじゃん!!」

「そういうのは密接な関係性とは言わねぇだろうが!!」

「うっさい! このCHINGA野郎!!」

「その呼び方二度とすんなよ!! オレの心に著しい傷を作るから!! アレ高かったんだぞ!? オレ今でも怨んでるからな!!」

「勝手に恨んでなさいよ! CHINGA、CHINGA、CHINGAーっ!!」


 ………………。

 もの凄い方向に話が逸れた。

 しかし、険悪なムードが一転、いつも通りの兄妹喧嘩モードへ移行した為……一安心する透士郎。

 まぁ……の商品名を連呼する月夜の姿は、見ていて聞いていて安心出来るものではないが……。


(ま……明るくなったようで、何より……か……)


 そんな透士郎に、先程まで黙々と料理を作っていた皐月がキッチンから出て来て声を掛けた。


「この二人、相変わらずでしょ?」

「そうですね……相変わらずです」


 透士郎はそう笑って答えた。


「ねぇ……透士郎くん……」

「? 何ですか?」

「月夜の事について……話があるの。ちょっと、料理のお手伝いして貰っても良いかしら?」

「……え? あ、はい……別に構いませんけど……」

「そ……じゃあ、台所こっちへ来てくれる?」

「はい」


 透士郎がソファーから立ち上がり、言われるがまま台所へ。

 そんな彼の動きに、言い争いに夢中になっている月夜と太陽は気付かない。

 

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