【第70話】細かい事は気にするな!


 とある日の放課後――万屋皐月は、同級生である火焔剛士に料理を振る舞う為、彼の家へと足を運んでいた。

 手際良く作られた料理を、受験勉強の息抜きとして剛士は口に運んでいる。

 大袈裟に言うのでもなく、皐月の料理は絶品である。

 妹の月夜が、『何故神様は私にもその才能を与えてくださらなかったの? 呪ってやる』と神様を呪おうとする程度には、皐月の料理の腕はピカイチなのだ。


 それはさておき、剛士がハンバーグを食しながら皐月へ問い掛ける。


「月夜と泡水が良い感じなんだって?」


 台所で食器洗いをしている皐月が振り向かずに答える。


「うん、良い感じも良い感じだよ。お互いに良い影響与え合ってて、とても良い関係だと思う」

「だよなぁー。怪しいと思ってたんだよ。あの暴走族の一件の時から」

「暴走族の一件?」


 ここで皐月の手が止まり、疑問符混じりに振り向いた。


「ほら、泡水が『月夜なら出来ます』って押したやつ」

「ああー、アレね」

「あの発言って……相当信頼してなくちゃ出来ねぇもんなぁ。あの時から、怪しいと思ってたんだよなぁ」

「ふぅーん……私はもう少し前から、怪しいと思ってたけどねー」


 食器洗いへ意識を戻す。

 剛士が「そりゃ、お前はしょっちゅう月夜と顔合わせてんだから、気付いて当然だろ?」と反論。

 皐月は「そうね」と納得した。


「月夜ってば、本当に分かりやすいのよ」


 思い出し笑いをしながら皐月は言う。


「だって、透士郎くんの話題出した時や、透士郎くんと一緒にいる時――凄く幸せそうで、嬉しそうな顔してるんだもの。私や太陽の前では見せない程の顔を」

「へぇ……お前や太陽には見せないぐらいの顔ねぇ……ふぅーん…」

「え? 何か気に掛かった?」

「んにゃ? 別に? ただ――――月夜がどれだけ、泡水の事が好きなのか分かった気がしてな」

「?」


 食器洗いを続けながら首を捻る皐月だった。


 「それにしても……」と、剛士が話を変える。


「月夜がようやく、ブラコンから殻を破ろうとしたタイミングで――――、か……」

「…………うん……」

「良いやら、悪いのやら……」

……太陽が何か、みたいよ?」

「面白い事? 太陽が?」


 剛士が露骨に顔を顰めた。


「…………悪い予感しかしねぇな……」

「あら? そんな事はないわよ。太陽あの子も、愛梨ちゃんとお付き合い初めてから変わったわよ? 以前のようなめちゃくちゃっぷりが随分と也を潜めたもの」

「前がめちゃくちゃ過ぎたんだよアイツは……也を潜めて普通以上かもしれねぇから、安心出来ないなぁ……」

「ふふっ」

「……何だよ?」

「何か、そんな風に太陽の事心配してる姿、まるでお兄ちゃんみたいね」

「……まぁ、それについては否定しねぇよ……。太陽は――……できの悪ぃ、な……」

「お、さすが。荒れていた太陽をお兄ちゃんの、言う事は違うねぇ」

「改心させただなんて、人聞き悪い事を言うな……アレは太陽が勝手に変わったんだよ」


 剛士は言う……。


「他人がどうこう言っても、結局の所……自分自身が変わろうとしなきゃ、変わる事が出来ないもんなんだからよ」

「…………」

「太陽も、白金も……月夜も泡水も……そして――――」


 「……ね」皐月が、さも剛士の台詞を奪うかのように言った。

 私達も――と。

 そう述べた。


 皐月は言う。


「ま、その点から考えると。剛士くんは今――ー? おかげで今、私はー」

「…………さぁーて。お腹もいっぱいになったし。勉強勉強! 晩飯ありがとう、美味かった」


 分かりやすく話を逸らし、終わらせて、再び参考書の前に座ろうとする剛士。

 お礼の言葉に「どう致しまして」と皐月は答える。

 どうやら話は完全に終わってしまったようだ。

 皐月としては、良いようにはぐらかされてしまった形となる。


 けれど彼女は――――


「ねぇ……剛士くん……」


 これだけは言いたかった。


「絶対――大学合格してね。そして絶対に――――同じ大学に行こうね」


 対する剛士の返事はあっさりとしていた。

 何を当たり前の事言ってんだ? と、言わんばかりに。


「おう、頑張る」


 そう……返答したのだった。




 そして丁度その頃――


 万屋家の食卓では、太陽と月夜が神妙な面持ちで向かい合っていた。

 否、神妙なのは太陽だけだ。

 月夜は、突然彼に真面目な顔で『大事な話がある』と言われ少し混乱気味の様子である。


(え? え? 何? 何なにー? 急に真面目な顔して『大事な話がある』だなんてー! 告白!? ひょっとして告白なの!? キャー!! ついにこの時が――ああでも待って! 私と兄貴は兄弟なのよ!? 列記とした、兄と妹!! 私達は家族なのよ!? それでもいいの? 兄貴……ううん、太陽が良いって言うのなら私もやぶさかでなんかないんだからぁー!! キャー!!)


 …………前言撤回。

 の混乱などではなく、混乱しているの間違いだった。

 しかも、混乱ではなく、明確に混乱していた。

 それに全然ブラコンの殻を破れたりはしていなかった。

 むしろ末期症状である。


 そんなブラコン妹の感情などいざ知らず――太陽が迷いなく話を切り出した。

 自らのスマホ画面に映された、一通のメッセージを提示しながら。

 当然、ソレに目を奪われる月夜。


「良いか? 月夜……簡潔に言うと。『日本超能力研究室』……まぁ、主に犬飼さんと猫田さんなんだが……と言っている」

「私の……力を……?」

「ああ――経緯だけを述べると……今、海外で【霊想像】という、所謂ポルターガイストを引き起こせる超能力者が暴れているそうだ」

「ポルターガイスト……?」

「分かりやすく言うと、お前の【念動力】の下位互換の能力者だ。だからこそ――である月夜――お前に白羽の矢が立った」

「ふぅん……でも、海外かぁ…………長い闘いになりそうなの?」


 太陽は頷いた。

 一瞬、間が空いたが、「ああ」と答えた。


「当然……お前は中学三年だ。その辺の事情は、向こうも分かってくれている。月夜……お前はこれ迄必死に勉強を頑張って来た。だからこそ――

「へ?」

「更に、という、特別待遇っぷりだ」

「ちょ、ちょっと待って? それって即ち――私は、あんた達の通う高校へっていう事? そんな裏技どころかチートじみた事、出来て良いの?」

「良いんだ! 細かい事は気にするな!」


 説明が面倒くさくなったのか、太陽はゴリ押しで話しを進めることに決めたようだった。


「まぁ……こんな風に、悪い話ではない。――お前は思う存分、再びのヒーロー活動に専念が出来る、という訳だ。……どうだ?」

「ど……どうだって言われても……」


 戸惑う様子の月夜。

 戸惑うのも当然だ。

 かつて、一度世界を救いヒーローとなった月夜とはいえ、いきなり『もう一度ヒーローになってくれ!』とお願いされて、戸惑わない訳が無い。

 狼狽えない訳がない。


 ヒーローとしての人生が終わり――せっかく、普通の生活にも慣れてきたのに。

 せっかく――



 ……。



 戸惑い、狼狽えない訳がないのだ。


 しかし――とは言っても……万屋月夜は、万屋月夜である。


 彼女が、ヒーローであった当時から立てている心の柱――揺るがぬ価値観には、何ら変化は伴わない。

 だからこそ……


 太陽は、それを理解した上で、改めて説明を行う。


 改めて――念を押すかのように。


「この話を引き受けたら……お前は当分――オレや、とは。どうだ? 月夜……それでもお前は――この話を引き受けるのか?」

「うん」


 即答だった。

 彼女もまた、何を当たり前の事言ってんだ? と、言わんばかりに即答したのだった。


「もちろん――引き受けるよ。だって私の力は――


 こういう時――弱き人を守る為。悪を挫く為。


 その信念に、何ら揺らぎは無かった。

 例え――大好きな兄と暫く会えなくなろうとも……。

 例え――大好きな姉の美味しい料理が暫く食べれなくなろうとも……。

 例え――仲が良く、楽しくて頼もしい仲間達と、暫く会えなくなろうとも……。

 そして――


 恋愛感情を抱こうとしていた彼と――暫しの間、離ればなれになろうとも。


 月夜の信念は、変わらない。

 微動だにしない。

 天秤にかけるにも値しない。かけるべくもないのである。


 戸惑いはしたものの、太陽に再度詰められ、彼女は我を取り戻した。

 彼女にはもう……迷い等なかった。


 「分かった……」そう太陽は頷いた。


「犬飼さんと猫田さんには――承諾って事で、オレから伝えておくよ」

「私からは? 私の件なんだから、私が伝えた方が良いんじゃ……」

「ああ、それは大丈夫。リーダーのオレからちゃんと伝えておくから。お前は安心して、海外行きの準備を整えてくれ」

「……そう? それなら頼むわ」


 呆気なく月夜は承諾した。

 兄に任せる事にしたのだ。

 普段は馬鹿で間抜けで頓珍漢でどエロな太陽だが……締める所はきっちり締める男なのである。

 月夜は、彼のそんな所を信用しており。そして――


 大好きだった。


 世界中で一番――大好きだった。


 しかし、今は違う……。

 少なくとも……一番ではない。


 今の月夜にとっての一番は――――


(あーあ……せっかくこれから……仲良くやっていこうと、思ってたのになぁ……)


 確かに月夜は、即答で海外行きを承諾した。

 かと言って……全く無い訳ではないのだ――


 後悔が。

 そして……未練が。


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