【第62話】木鋸千草と海波静②


 千草が静に別れを切り出したその翌日――


 月夜が通う中学校では、とあるニュースの話題で持ちきりとなっていた。

 そのニュースとは、『静がアフロの彼氏と別れた』……ではなく――


 この中学校の生徒五名が、最近噂の『暴走族に襲われた』というものだ。

 先生達もこの一件に対する対応でバタバタしており、生徒達も不安を隠しきれずにいた。

 これがトップニュースになった事で、昨日の市川冬夜の公開告白の件は皆――綺麗さっぱり忘れてしまっていた。


 市川冬夜としては、大勢の前でフラれた――恥をかいたという事実を……上手く、洗い流せた形となる。


(これは偶然なのかしらねぇ……?)


 月夜は、そんな風に思っていた。


 彼女は別に、暴走族な話に何の興味も持っていない。

 この一件を耳にしても、『次は自分達が襲われるかも……』なんて恐怖や不安は抱かない。

 何故なら彼女は――強いからだ。


 だからこそ、月夜の焦点は別の所へ向けられている。


 静が学校を休んでいるという所へ。

 が――――に、驚きを隠せないのだ。


 台風の日、休校を登校と聞き間違えて登校してしまうような彼女が学校を欠席するなど……彼女の性格が明るくなって以降、一度もなかった。

 それが今……起こっている。


(木鋸千草との別れが……それだけショックだったって事か……)


 千草との別れ……それ即ち、心の支えを失った――という事なのかもしれない。月夜はそう思考する。

 要するに、静の精神状態は――


 のかもしれない、という事だ。


 そしてそれは――


(木鋸千草の方も…………か……)


 その全ての元凶は……とある一人の男子生徒に集約される。

 元野球部のエース――


 市川冬夜に。


(よくもまぁ……たった一日で、事態を掻き回せたものね……の癖に……見事と言わざるを得ないわ……そして――今起きてる、様々な事に……)


 月夜は、太陽から昨日あった出来事のあらましを聞いていた。


(……今日はもう、授業どころじゃなさそうだし……静の所へ言ってみようか……)


 鞄を持ち、席を立つ月夜。

 教室から出ようとした所で――


「静の所へ言っても無駄だよ。万屋さん」


 と、市川冬夜に話し掛けられた。


「オレも今日の朝行ったけど、どれだけチャイム押しても出てくれなかったから」

「……そ。情報提供ありがとう。それじゃあ、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰る事にするわ」

「うん。それが賢明だ。それにしても心配だよねぇ……が体調を崩すなんて。暴走族の一件を耳にして、怖くなっちゃったのかな?」


 月夜はその言葉を聞き、(白々しい……)と感想を抱いた。


「……心配しなくても、すぐに元気になるわよ」

「だよね!」

「あんたがこれ以上――あの子に

「え?」

「それじゃあ、先生に言っといて。万屋月夜はお腹が痛いので帰りまーっすって」

「…………分かった」


 そして月夜は、静の家へと向かった。



 一方その頃――


「…………千草くん……ぐすっ……」


 静は自宅で引き篭っていた。

 家中の鍵を全て掛け、カーテンを全て閉め、電気を消し、体育座りで布団にくるまり、握り締めているスマホに映された千草と自分のツーショット写真を眺めながら……引き篭っていた。


 その状態のまま……彼女は数時間を過ごしていた。


「もう……駄目……なのかなぁ……? 千草くんは……私の事……ぐすっ……嫌いに、なっちゃった……のかなぁ……?」


 そんな不安を、何度も何度も口にしていた。


「あの人に嫌われちゃったら……私は……ぐすっ……千草、くん……ぐすっ……」


 静の心は……潰れそうになっていた。


 そんな時――――


 

 カチャンッ! と、音を立てて。

 そして自然に窓が開いた。カララ……と、音を立てて。


 その突然の物音に少し驚きつつ、音がした方へ静がゆっくり顔を向けると……。


「何ウジウジしてんのよ……あんたらしくもない」


 月夜が居た。

 溜め息混じりにそう声を漏らした月夜がいた。


「月夜……? 何……で?」

「何でって、あんたが心配だから来たに決まってるじゃない! 私相手に居留守が通用するなんて思わないで。あーもうっ! こんな暗い部屋でいるからメソメソしちゃうのよ! カーテン開けて! 光を浴びて! その暑苦しい布団を取って! そして――



 その泣き顔を! やめなさい!!」


 まるで親のように振る舞う月夜を見て。

 静は尚更、涙が止まらなくなる。


「月夜ぉ……。私……千草くんに、酷い事しちゃったよぉ……」

「うん、そうね。今回の一件は間違いなく……あなたにも落ち度があるわ。反省しなさい」

「千草くんに……フラれちゃった、よぉ……」

「そうみたいね。兄貴から聞いたわ……」

「私……千草くんの事……醜いなんて、思ってないよぉ……」

「当然でしょ。そんな事、皆知ってるわ。知らないのは本人だけ」

「私……千草くんと……別れたく、ないよぉ……」

「うん……。それは、今の静を見れば、痛い程伝わって来てる」

「でもぉ……私の言葉は、信じてくれない……私の声はもう……千草くんには……届かない、のぉ……ぐすっ……うぇ……」

「………………」

「…………月夜……?」


 月夜は黙って、静の事を抱き締めた。

 優しく……そして、包み込むように。


「大丈夫……私が、必ず何とかするから……必ず……。木鋸さんに、静の声が届くように頑張るから……だから、安心して……」

「……月夜ぉ……ぐすっ……」

「あなたは今……千草さんにフラれて、拒絶されて……昔の自分に戻っている気持ちなのかもしれないけど……違うわよ? あなたはもう……一人じゃない……。私もいるし、兄貴もいる。透士郎さんだっているし、皐月姉もいる……姫や大地……星空さん。土門さんや火焔さん……そして――――白金さん。沢山、仲間がいるわ……。だから静……木鋸さんという考えは捨ててくれる? 私達がいるから――そう考えれば、ね? 少しは気持ち……楽になるでしょう?」

「…………うんっ……」


 静は……そんな言葉を掛けてくれた月夜を、強く……抱き締め返した。


「ありがとぅ……月夜…………」


 月夜は言う。


「あなたの声が届かないのなら、私達が何とかする! もう……これ以上――――!!」

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