エピソード4『木鋸千草と海波静』

【第61話】木鋸千草と海波静①


 その後、市川冬夜は宣言通り、静を自宅まで送って行く。

 静の足取りが……重い。

 呟くように問い掛けた。


「……何で……あんな嘘……ついたの?」


 市川冬夜が答える。


「君を……あの男から解放する為だよ」

「……は?」

「静……恋は盲目って言葉を知ってるかい?」

「……知ってる……」

「君は今、

「…………意味分かんないんだけど……」

「だってそうだろ? あのアフロは――――

「千草くんの悪口を言う――――」

「君も見ただろう!? あのアフロのさっきの態度を!!」

「っ!!」

「君の言う事に! 何一つ!! 耳を傾けていなかったじゃないか!!」

「違う! あれはきっと……混乱してて……次話せば、きっと――」

「きっと――じゃ駄目なんだよ! 大切な人の話には、絶対! 耳を傾けなくちゃいけないんだよ!!」

「それじゃあ! 絶対だよ! 次は絶対! 千草くんなら分かってくれるもん!!」

「目を覚ますんだ!! 静!!」

「うるさい!! 目を覚ますのは冬夜の方だ!! 野球してる時は、そんな奴じゃなかったじゃないか!! 何でこんな事するんだよ!!」

「言っただろ!? オレはお前の事が心配なんだよ!!」

「余計なお世話よ!! 私の事を……そして、千草くんの事を……何も知らない癖に! 何もかも悟ったような事、言わないでよ!!」

「……静……」


 涙を流しながら激昂する静……。

 ここまで言い争った所で……僅かな沈黙が訪れた。

 数秒後……ポツリと、静が声を落とした。


「帰る……」


 そして市川冬夜へ背を向ける。


「後は一人で帰れるから……ついて来ないで。ここまで送ってくれて、ありがとう……」

「……分かったよ……」


 とぼとぼと帰って行く静の背中を……。


「…………」


 市川冬夜は……黙って見つめていた。


 静は……一人、残りの帰り道を歩く。

 おもむろにポケットからスマホを取り出し、電話を掛ける。


 相手はもちろん――――最愛の人である、千草だ。


『プルル……プルル……プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……』


 止まない呼び出し音……。


「何で……何で出てくれないのさぁ……千草くん……」


 静は夜空を見上げる。

 昨日まで、綺麗に見えていた星空が、今は滲み……ボヤけて見える……。


「何で……こんな事に、なっちゃったんだろう……私が、あの時断れなかったから……だよね……? 一日デートなんて……するんじゃ、なかったなぁ………………。



 最低だ……私は……」



 一方で……千草はというと……。


『あんっ、あんっ……いやんっ!』


 自宅で、体育座りをした状態でエロ動画を見ていた。

 しかし……いつもの、エロ動画を見ている際に見せるキラキラしたゲスい笑顔は見る影もなく……意気消沈と、言ったところだった。


 同室には、太陽、透士郎、忍の姿がある。


 ブーッブーッ! と、千草のスマホからバイブ音が鳴っている事を知り、それを伝える太陽。


「おい千草……電話が鳴ってんぞ――――静からだ」

「………………」

「出ねぇのか?」

「……うん……今は話したくない……嫌な気持ちになっちゃうから……」

「……そっか……」


 なかなか鳴り止まないバイブ音……この長さが如何に今、静が千草と話したいのかを……物語っていた。

 そんな気持ちを察する太陽が提案する。


「なぁ……千草。お前が出ないなら……オレが出ても良いか?」

「…………好きにすれば良いよ……もう……どうでもいいし……」

「なら、好きにさせて貰うぜ」


 太陽がスマホを操作し、通話ボタンをクリック。


『あっ! 千草くん!?』

「悪いな静、オレだ。太陽だ」

『……何だ……太陽さんか……』


 露骨にガッカリとした様子の静。


「悪いが、今千草はお前と話したい気分じゃないらしい……だからオレが、千草に代わって聞くぞ? お前は本当に今――あの男と……付き合ってんのか?」

『…………』

「千草との関係は――――本当に、遊びだっだのか?」

『………………』

「今日のアレは……一体何だったんだ?」

『…………』

「答えろ静…………その返答によっては、いくらお前だろうと、オレは許さねぇぞ……」


 太陽の言葉には、明確な怒気を含んでいた。

 少しの沈黙の後……静が話し始める。


『付き合ってもないし……遊びなんかでもないよ! だって私は……私はぁ……千草くんがぁ……一番、好きだもん……』

「…………じゃあ……手を繋いでたのはどういう事なんだ?」

「アレは――――」


 ここから、静は全てを話した。


 千草と自分の関係が……クラスで話題に上がった事。

 周囲はそれに否定的であるという事。

 市川冬夜に公衆の面前で告白された事。

 そして一度断った事。

 その後、一日限定のデートに誘われた事。

 それを断りきれず受けてしまった事。

 放課後……あちらこちらでカップルごっこをした事。

 手を繋いだのは諦めてもらう為、だった事。


 それらを聞いて……「なるほど……」と、太陽は頷いた。


 静が以上の事柄を話していた時、スマホはスピーカーモードであった為、当然……千草を始めとする透士郎や忍にも、一連の流れは伝わっている。


 太陽が確認の為問い掛ける。


「って事は……あの男が言ってた事は嘘が大半……って事で良いんだな?」

『……うん』

「――だ、そうだぜ? 千草……」


 太陽がそう言って、千草へ話題を振る。


 するとようやく、千草が重い腰を上げた。

 体育座りを崩し、立ち上がり、太陽からスマホを渡される。


 全ては誤解だったのだ。


 これで、わだかまりもなくなった。


「もしもし……?」

『あ、千草くん! 話が出来て良かった。あのね……?』


 後は一言……千草が『勘違いして悪かった』と言えば。全てが丸く収ま――――


「何が……オイラの事が、一番好き――だよ……」

『え?』


 ――らなかった。


 千草のその言葉を聞いた太陽達は驚愕する。


「結果として、静が……。それを何、誤解してた、騙されたみたいに言ってんのさ……」

『そ……それは……向こうがあまりにも必死だったから……断り……切れなくて……』

「被害者面すんなって」

『っ!!』

「分かってんの? アイツは、静の事を好きだって言ってる奴なんだぞ? たった一回とはいえ、そんな男とデートするなんて……どう考えても可笑しいっしょ? そんな言い訳――オイラには通じないよ」

『……ごめんなさい……』

「もうさぁ……正直に言ったら良いじゃん……デートに誘われた瞬間ドキッとしたって……オイラの事が一番じゃなくなったって……乗り換えようと考えたって……オイラみたいな醜い奴と恋人関係なんて恥ずかしいって!!」

『そんな事思ってない!! 全然……そんな事、思ってないよ!!』

「嘘だ!! そんなの可笑しいもん!! 静みたいな人気者が、オイラみたいに醜い奴と付き合う事自体、違和感があったんだ!! そもそも! 釣り合いが取れてなかったんだよ!! こうなるのも時間の問題だったのさ!! 早いか遅いかの違いだよ! いずれこうなるなら……オイラは――――オイラは早い方が良い!!」


 この千草の発言に、太陽達も息を飲む。

 「駄目だ千草! ――」と太陽が声を掛けようとした、その時……。


『それって……どういう意味……?』


 静が、震える声で問い掛ける。

 千草は即答した。


「オイラ達、別れよう――って事だよ」


 止める暇もない程に……。

 太陽が咄嗟にフォローに出る。


「おい静! 今のは違うぞ!! 今のは――……」

『ブツッ! ツー……ツー……ツー……ツー……』


 通話終了音が、虚しく……鳴り響いていた。

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