【第32話】どこに惚れたんですか?


 この日は、少し天気がぐずついていた。

 それでも夏だ。蒸し暑さは健在である。


 そんな天候の下、天宮姫は近くのコンビニに足を運んでいた。

 勉強に使うノートを購入する為だ。


「うーん……本当はA4サイズが良いんだけどなぁ……コンビニでそこまで求めるのは酷だよねぇ。よし、これにしよう」


 陳列されているノートに手を掛けようとした、その時――


「あら、姫さんじゃない。久しぶりね」

「え? あ……宇宙さん! お久しぶりです!」


 久しぶりに会った宇宙に頭を下げる姫。

 「そんなにかしこまらなくても良いわよ」と、宇宙は応える。


以来ね、元気にしてた?」

「はい! それはもう、元気元気です!」

「そっ。…………特に最近は、いつもより元気って噂を耳にしたのだけれど……」

「え?」

「聞いたわよ――――球乃くんと付き合う事になったんですってね」

「…………っ!」


 急に恋愛話をぶっ込まれて、驚きつつも顔を真っ赤にする姫。

 宇宙は、そんな彼女を見て(初々しいな)と思いつつ、こう述べた。


「色々と大変だったみたいじゃない。上手くいって良かったわね。おめでとう」

「あ、ありがとうございます。そうなんです、色々大変で…………。月夜ちゃんや太陽さん、愛梨さん達に本当に救われましたよ。おかげさまで、無事…………」


 そんな事を言っている内に恥ずかしくなってきたのか、顔を真っ赤にさせながら、「わ、私の……私達の事なんて良いんですよ!」と、話を変えた。


「宇宙さんも、土門さんと付き合ってるんですよね? まだ直接言えてませんでしたよね? おめでとうございます」

「…………ええ、ありがとう」

「いやぁ、お二人は私達と違ってスムーズにお付き合い出来たようで羨ましいなと思ってました! 深い所で繋がってるんだなぁって! 私達もそうなりたいなぁって!」

「………………」


 しかし宇宙は、姫のその言葉に、何も返事を返さない。


(え? なぜ無言なの? 私今、変な事言った?)


 すると宇宙は、姫に聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。


「深い所で……繋がっている……ねぇ……」

「宇宙……さん……? 今……」

「何でもないわ。気にしないで」


 気にしないで――そう言われたら、逆に気になってしまうものだ。

 姫は察した。(ひょっとして……)と。


「あの……もしかしたら、の話で。こんな事を尋ねるのは失礼にあたるかもですけど……。ひょっとして――



 土門さんと、上手くいってないんですか?」



 姫のその問い掛けを聞き、宇宙は目を細めた。


「本当に失礼な問い掛けね……何故、そう思ったのかしら?」

「そ、それは……その……何となく……です」

「そ…………良い勘、してるわね」

「じゃ、じゃあ! やっぱり上手くいってないんですね!?」


 見つめ合う姫と宇宙。

 ほんの数秒間の沈黙後、口を開いたのは宇宙だった。


「なぁーんてね。冗談よ」

「え?」

「順調も順調。超順調。私と忍くんの間を引き裂くなんて、例え神様でも不可能よ」

「本当ですか!? でも、さっきまで……」

「さっきまでのはジョークよジョーク。あ、ジョーズではないからね? ジョークよ」

「……それは、心が冷めてしまうジョークですね」

「あら、お上手」


 何だか、しょうもないダジャレで話を逸らされた気がするが、姫はそれを甘んじて受け入れる事にする。

 甘んじて――信用する事にしたのだ。


「まぁ……宇宙さんが順調、と言うのなら、私はそれを信じます……」

「……そう。相変わらず良い子ね、姫さんは」

「?」

「きっと……球乃くんは、あなたのそういう所に惚れたのだと思うわ」

「そ、そうなんですかね? それは大ちゃんに聞いてみないと分かりませんけど……」

「……そうよね。本人に聞かなくちゃ、分からないわよね……」

「…………宇宙さんは……」

「ん?」

「宇宙さんは、土門さんの?」

「随分と、踏み込んだ質問をするのね」

「あ、いや、すみません……気になったもので……」

「……どこに惚れた、かぁ……そうだなぁ……」


 宇宙は、答える。


をしてでも、私に合わせようとしてくれる。そんな……優しい所かな?」

「優しい所……」

「ご理解頂けたかしら?」

「ええ……まぁ……そうですね……」


 姫はやはり、(何かがおかしい)と感じている。

 その違和感が、ただの杞憂なのか、はたまた真実なのかが煙に巻かれているようで見抜けない。


「ねぇ姫ちゃん。最後に私から一つ、質問して良い?」

「……どうぞ」

「姫ちゃんは――――球乃くんの事、好き?」

「好きですよ」


 即答だった。


「そっか……なら、大事にしてあげてね」

「もちろんです。…………最後に、私からも質問良いですか?」

「どうぞ」

「宇宙さんは――――土門さんの事、好きなんですか?」

「私から告白したのよ? 好きに決まってるじゃない」


 これもまた、即答だった。


「久しぶりに会えて、少し話し過ぎちゃったわ。時間を取らせてごめんなさい」

「いえいえ、そんな……」

「じゃあね姫さん。…………お幸せに」


 そう言い残し、宇宙は去っていった。

 姫は結局、その違和感を払拭出来なかった。


「大丈夫……なのかなぁ?」


 コンビニの外……空が真っ暗に染まり、ゴロゴロと雷の音が聞こえてきだした。

 まもなく――大雨が来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る