【第20話】球乃大地と天宮姫③
翌日――
大地は、姫の自宅へ足を運んだ。
可愛らしい雑貨や勉強道具、ぬいぐるみ、ベッドが立ち並ぶ姫の部屋に通され、テーブルを挟んで向かい合っている状態だ。
「……突然押し掛けて来て……何の用?」
「えっと……」
大地が、言葉を選ぶように……恐る恐る口を開いた。
「今日も……学校に、行かなくて……ごめん」
「謝らなくても良いよ……だって、私にはもう……関係のない事だもん……」
返答から察するに、姫はまだ怒っているようだった。
しかし大地が怖気付く事はない。これは想定通りだ。当然の反応なのだと理解している。
それ程……大地がした発言は、酷いものであったのだ。
彼自身も、それを十分理解している。
その上で、大地は話を切り出した。
「……あの後……月夜さんが、オレの部屋に来たんだ」
「うん、知ってる。けど、あなたを説得する事は出来なかった……月夜さんにも強く出たらしいじゃない……あなた、月夜さんの事が好きだった筈よね? そんなに、学校行くのが嫌だったんだなって……ちょっと私も反省しちゃったわ……ごめんなさい……」
「いや……違うんだ」
「え?」
「オレは……オレは別に、学校に行くのが嫌だった訳じゃないんだ」
「嫌だった……訳じゃ、ない?」
姫は首を捻る。
「どういう事……?」
「…………」
「ねぇ、大ちゃん。私はさ、大ちゃんみたいに頭良くないからさ…………話してくれなきゃ……分からないよ?」
「……分かってる……だからオレは今日……お前に、全てを話す為に、ここに来たんだ」
「え……」
大地が続けた。
「昨日の昼過ぎ……太陽さんと、白金さんがオレの元に来たんだよ……」
「太陽さんと、愛梨さんが?」
「知らなかったのか……?」
「うん……今日も、月夜さん、何も言って来なかったし……」
「そうか……」
「それで? 太陽さんと、愛梨さんに、何か言われたの?」
「……一言で言うと……めちゃくちゃ詰められた」
「うわぁ……」
姫は今、大地に対して怒っている。
しかし、その状況下であっても、姫は大地の事を『気の毒』と同情してしまう。
太陽と愛梨――真面目なこの二人を相手にして、取り調べのようなものを受けた場合、恐らく逃げ切れる人間など世界中に一人として居ないだろう。
物理的に逃げようとすれば、太陽に捕まるし。
心理的にやり過ごそうとすれば、愛梨の読心に引っ掛かる。
この二人に詰められるという状況は、既に詰んでいるという事実に等しいという訳だ。
「二人に言われたんだ……『お前の口から直接話すべきだ』って……『今お前がしている事は、ただの自己満足だ』って……」
「自己満足? 私じゃなくて……大ちゃんの……?」
「……ああ……そうだ」
「どういう事?」
「今からそれを説明する……少し長い話になるかもしれないが……聞いてくれるか?」
「もちろん」
姫は即答で頷いた。
かくして、大地は語り始める。
学校に行かなくなった訳を……。
暴言の理由を……。
嘘をついた訳を……。
そして――
自分自身の自己満足を。
「最初に確認するけど……オレってさ、あの暴言吐くまでは、クラスで人気者だっただろ? 女の子にもチヤホヤされててさ」
「自分で言うなとツッコミたい所ではあるけれど……まぁ、事実だもんね。頷いておくわ」
「だからさ……色々と話が耳に入って来てたんだよ。スクールカーストトップの特権って言うのかな? 噂話が、聞きたくもないのに、ガンガン耳に入ってくる状況だった訳だよ……。良い情報も、悪い情報も……」
「……うん……」
「ここから先は……姫、お前が嫌な思いをする可能性がある……だけど、全てはそれを話さなきゃ語れない……覚悟して、聞いてくれるか?」
「当然よ」
これもまた、姫は即答だった。
大地が続ける。
「ある日……こんな噂話を聞いちまったんだ――」
『天宮ってさぁー、最近調子乗ってなぁーい?』
『それねー。何か大地くんにベタベタ馴れ馴れしくしてるしさー。ちょーキモいんだけどぉー』
『だからさぁー、ハブっちゃおうよー』
『ギャハハっ! それ最高ー! やろやろ! 明日からやろぉー!』
「――という……噂話を」
「……そっか……そうなんだ……」
「オレは、それを聞いた瞬間――頭がグラついた。身体が暑くなって、全身の血が沸騰しそうになって……何より――悔しかった!」
「大……ちゃん……? 悔しかった……とは?」
「だって……だって!! 考えてもみろよ! この世界でまだ、人類が生きていられたのは――普通の生活を送れるのは――姫も含めた、あのメンバーが居たからなんだぞ!? あの十一人が居たから! アダムを倒す事が出来て! 世界の平和を守る事が出来たんだ!! 姫はその内の一人なんだぞ!? 世界を救ったヒーローなんだぞ!? それなのに――『ハブる』だの、『キモい』だの、『調子に乗ってる』だの――ふざけんな!! どの口が言ってんだって話じゃねぇか!!」
「お、落ち着いて、大ちゃんっ!」
あの時の感情を思い出し……ついつい声が大きくなってしまった大地を、姫が宥めるように声を掛ける。
昂った感情を抑える為、大地は軽く深呼吸を五回行う。
「ごめん……取り乱した。話を続けても良いか?」
「う、うん……!」
気を取り直して、大地は続きを語り始める。
「だからオレは、そいつに一言言ってやろうって思った訳だ。あの女は毎日、日課の如くオレに勉強の事聞きに来てたから、その時に――『少しは頭使ったら?』的な事を……」
「それが……あの暴言に繋がったんだね……」
「でもな? 最初は、あそこまでするつもりはなかったんだ。本当は、あの女共に一言言ってやろう、傷付けてやろうって思っただけなんだ……けど、さ、言い終わった後、奴らの青ざめた表情を見て、閃いちまったんだよ」
「閃いた……?」
「ああ……このままオレがコイツらに嫌われたら――
コイツらのイジメのターゲットが、姫からオレに代わるんじゃねぇのか? ってな」
「――――っ!!」
姫が……青ざめた表情のまま、口に手を当てた。
「だからオレは……そのまま、その勢いのまま……クラス全体に向けて暴言を吐いたんだ。わざと嫌われる為に……ターゲットを、こちらに向けさせる為に」
「…………」
「結果、それは大成功。目論見通り、オレはイジメの標的となった。しかし、まだ危機回避が完全には至っていない。このままオレが学校に来続ける事で、あの女共がどういった動きに出るのかが読めない……万が一にでも、和解の方向なんかに進められたら、また姫がターゲットにされてしまう可能性がある。だからオレは、万全を期した」
「……まさか……まさかそれが――」
「そう、それこそが――オレが学校に行かない理由だ。オレが学校に行かなきゃ、万が一の和解もなく、陰口だけが広まり、悪評が浸透する。よって、ターゲットが変更される事もない……。ただしそれは――オレが学校に行かなければの話、って訳だ。だからオレは……学校に行けなかったんだ。万が一に備えて……な」
「そ……そんな……」
次々と明らかになっていく真実を前に、姫の肩が小刻みに震えている。
大地は更に続ける。
「けど、さ……この作成にはまだ一つ、重大な問題が残されていた。……何か分かるか?」
「……分からない……分かんないわよ……」
「姫、お前だよ」
そう言いながら、大地は姫を指さした。
「え……?」
「きっと……お前の性格からして、オレを何としてでも、学校に連れて行こうとするだろうし、学校に行かない理由を聞かれるのもマズイ……そんな訳で、お前を意図的に、オレから距離を取らせる為に……一つ――
オレは嘘をついたんだ」
「……嘘……?」
「ああ……この嘘については、太陽さんや月夜さん本人には、バレバレだったみたいだったけどな……。どうやらオレの目論見以上に、お前には効果があったみたいだった」
「…………ひょっとして……その、嘘っていうのは……」
「ああ……多分、想像している通りだと思う……。オレは――――
月夜さんに、恋愛感情なんて抱いていない」
「…………っ!!」
ここ迄話して……大地は一息ついた。
「……こんな所かな……以上が、オレの隠していた事の全てだ」
大地が話終えるも……姫は俯き、何も言葉を発さない。
いや――何も発せないのだ。
涙が止まらないのだ。
彼女は勘違いをしていた。
大地が学校に来ないのは、陰口を叩かれるのが嫌だから――そう思っていた。
大地が悪態をついたのは、傲慢だから――そう思っていた。
大地が好きな人は、月夜なのだと――そう、思っていた。
しかし……それは全て、間違いだった。
全ては、姫の為だったのだ。
姫の為に、隠れて、気付かれないように動いていただけだったのだ……。
今の彼女の気持ちは、怒りが半分。
そして残りの半分は――
喜びだった。
大地が自分の為に、自己犠牲をしてくれた事。
大地が月夜を好きではないという事実。
嬉しく思うのも当然だ。
(良かった……まだ、私は……大地の事を――好きでいて良いんだ……)
「う、うぇぇぇぇえん!」
姫は、大声で泣いた。
慌てふためく大地。どうしよう……と、オロオロしている。
姫は今、無性に大地の事を泣きながら抱き締めたかった。それが本心だった。
しかし、いくら自分の為、とはいえ、このやり方は見過ごせない。
彼の優しさに――甘えちゃいけない。
「…………な、何よそれぇ! ひっく……人に自己満足、とか……言っといてさぁ!
「……ごめん……分かってるし、分かってた……こんな事をしても……決して、姫は喜ばない奴だと、分かってはいたんだ……けど、思いついた以上、動かないと駄目だと思ったんだ……自分が犠牲になる事で、お前が救われるのなら――」
「バカっ!!」
「っ!?」
姫は、嗚咽混じりに……大粒の涙を、ボロボロと流しながら、叫ぶ。
「私だって! 大地と一緒だもん!! 大地の為なら! 私だって陰口なんか耐えられるもん!! ひっく……私は……私はぁ!! 大地が横に居てくれるだけで! 嬉しいんだもん!!」
「……姫……」
「なのにさぁ!! ひっぐ……勝手にさぁ……一人で決めて突っ走っちゃってさぁ!! それこそさぁ! 余計なお世話……だよぉ!! 少しはさぁ……相談、ひっぐ……して欲しかった、なぁ!」
「……ごめん……」
「自分……一人で、何でもかんでも、抱え込ま、ないでよねぇ! 私の事も……私の気持ちも!! 少しは考えてよぉ!!」
姫が、そう叫んだ瞬間――
大地の目からも、涙が溢れた。
「そうだな……ごめん……本当に……ごめん!」
そんな風に、謝りながら、大地は姫の事を抱き締めた。
強く強く……抱き締めたのだった。
「バカぁ!!」
姫も、強く抱き締め返す。
「でも嬉しいよぉ!! ありがとう!! 大地ぃ! うわぁぁぁん!!」
号泣しながら叫ぶ姫を抱き締めながら……大地は、改めて思った。
(ああ……やっぱりオレは……どうしようもなく、オレは……姫の事が――好きなんだ……)
その気持ちを、再確認したのだった。
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