【第17話】オレの事、何も知らねぇくせに!


「そーらっ、おはよう!」


 連休明けの月曜日――

 登校中、愛梨が前を歩いていた宇宙の肩をポンと叩き挨拶をした。


「おはよう。愛梨」

「ねぇねぇ、どうだったどうだった? 土門くんとの発デート」

「……うーん……どうって言われてもねぇ……普通だったわ。これまで通り。何も変わらない」

「…………そっか……まぁ、普通で良いじゃん。付き合ったからって、固くなるようなカップルは長続きしないって言うし……何より自然体でいられる関係が一番だよ」

「……うん、そうね」

「それにさっ、宇宙が普通でも、土門くんが固くなってる可能性もある訳だし」

「……そういえば彼は、少し緊張していたかも……顔もいつもより固まってた感じだし」

「おーおー! 惚気けちゃってぇー」


 このように、愛梨が話を引き出しつつ、二人は並んで登校していた訳だ。

 そして校門前に辿り着くと、可笑しな光景が二人の目に映った。


「えー……何あれ……?」


 校門前で、四人の男子生徒が正座をしている。

 そして一人の男子生徒が、その四人を見下しているかのように立っている。

 立っている男子生徒は――怒っている様子。眉間の皺ってそんなに寄るの? と疑問を覚える程、眉間に皺を寄せている。


「あれって……火焔先輩、よね?」 

「う……うん、そうだね……」


 宇宙がその怒っている男子生徒の名前を口にする。

 苦笑いで頷く愛梨。


「そして……正座しているのは、泡水くん、木鋸くん、私の彼氏、愛梨の彼氏ね……何やらかしたのかしら?」

「あのぉ……宇宙? しれっと、太陽くんの事を『彼氏』とかいうのやめてくれる?」

「そんな事より愛梨、早く心を読まないと」

「へ!?」

「あの中には私の彼氏もいるのよ? 原因究明は必須よ」

「えー……」

「さぁ、早く!」

「わ、分かった」


 宇宙から放たれる熱気に圧倒されつつ、愛梨は言われるがまま、怒っている剛士の心を読もうとする訳だが……。

 読む必要はなかった。愛梨と宇宙の耳に、剛士の怒号と内容が入って来たからだ。


「学校に何て物持ち込んでるんだ!! このマセガキ馬鹿者共がぁ!!」


 よく見ると、剛士の両手にはエロ本が二冊掴まれている。

 お通夜のような表情を浮かべている太陽、透士郎、千草、忍の四人は、その迫力に圧倒されてビクッとしてしまう。


(うっわぁー……火焔先輩めちゃくちゃ怒ってるよー)

(オイラとした事が……迂闊だった……まさか背後にこの人が居たなんてぇ……)

(オレ……関係ないのに……)

「何でオレまで……」


「何か言ったか泡水ぅ!!」


「い、いえっ、何でもないですよ」


 無関係でありながら、エロ魔人二名のとばっちりで怒鳴られる透士郎。

 気の毒だった。

 そして忍も、とばっちりを受けている一人だ。

 確かに彼は以前まで、千草や太陽と共にエロいバカをやっていた仲間であった。しかし、宇宙と付き合ってからというものの、そういった活動は一切行っていなかったのだ。

 故に、今回の騒動の際、たまたまエロ本を嗜もうとしていたバカなエロ高校生太陽と千草の脇に居たがゆえの巻き添いとなった訳だ。


「――という事みたい」


 愛梨は苦笑いを浮かべつつ、その旨を宇宙に伝える。

 宇宙の目から涙が浮かぶ。


「巻き添え……とばっちり……土門くん可哀想……」

「えーっと……土門くんは、昔のイメージがあるから……むしろ一番気の毒なのは泡水くんなんじゃ……」

「そんな事はどうでもいいのよ」

「切り替え早っ! そしてどうでもいいの!?」

「それよりあんたよ――愛梨」


 「私?」と、愛梨はキョトンとした表情で、自分を指さした。

 宇宙は頷く。


「あなたはどうするの? 本当に、あんなで、告白しないつもりなの?」

「うん!」


 即答だった。

 即答で、そして満面の笑顔で、愛梨は頷いた。


「即答かぁ……しかも、清々しい笑顔で……拗れてるなぁ……」

「別に拗れているって訳じゃ……」

「あ、そうそう。拗れていると言えば……も、相当拗らせてるみたいね」

「あの二人? ……ああ――」


 そして愛梨は、その拗れていると言われるの名を口にした。


「姫ちゃんと大地くんね」




 場面は変わり――球乃家。


「離せよ!!」

「ダメ、絶対話さない。式神ちゃん、強制連行よ」


 二メートルはあるであろう人型の式神が、まるで米俵を担ぐかの如く、大地の身体を担ぎ上げていた。

 式神脳での中で、じたばたと抵抗する様子を見せる大地。


「別に良いだろうが! 学校休んでもよぉ!! オレの人生だ! オレは別に学校行かなくたって――」

「だからダメだってば。大ちゃんが学校に来なきゃ、

「は? 何だそれ……ただの自己満足じゃねぇかよ……」

「え?」


 大地から出たその言葉に、姫が怒りを顕にしつつ振り向いた。

 しかし……怒りが湧き上がってきているのは――


「大ちゃん? あなた今、何て言った?」


 大地もまた、同じ。


「テメェの自己満足か? つったんだよ!!」


 大地は叫ぶ。


「オレがいなきゃ嫌? ふざけんな!! オレはお前の学校生活を満たす為の道具じゃねぇぞ!!」

「ど……道具って……別に私、そんなつもりで……」

「じゃあ他にどんなつもりで言ったんだよ!! 良いか? オレは学校になんざ行きたくねぇって言ってんだよ!! それを無理やり連れて行こうとする理由――他にあるなら言ってみろ!! 言え!!」

「そ……それは……学校には、行かなくちゃいけないから……」

「じゃあ、学校行って何になるんだ!? 勉強なんざ家でも出来る! 何も学ぶ事なんて、オレにはねぇんだぞ!?」

「…………!」


 言葉に詰まる姫。

 大地の怒気が篭もる一言一言に、圧倒されてしまう。


「ほら見ろ!! 結局何も出て来ねぇじゃねぇか!! こんな事すんのは、ただただお前が! にこんな事してんだろぉが!! 自己満足に――他人を巻き込もうとすんじゃねぇよ!!」

「ちっ……違う……私は……――」

「全部……全部っ!! 余計なお世話なんだよ!! オレの事、何も知らねぇくせに! 良い子ちゃんぶってんじゃねぇよ!! この、ブスっ!!」

「っ!!」


 パァン! という、乾いた音が、部屋中に響き渡った。

 大地の左頬が、次第に熱くなる。


「大ちゃん……なんて……」


 そして……。

 姫の目から、大粒の涙が零れ落ちる。


「大ちゃんなんて……もう、知らないんだから!」


 召喚していた式神を元の紙の姿に戻し、姫は部屋から立ち去って行く。


「お、おい……姫っ」


 バタン!! と力強く扉を閉め、姫はその場を去った。

 去って行った。


 一人、取り残された大地は……「ちっ」と舌打ちを一回。

 姫が乗り込んで来た為、中断させられていたゲームに、手を伸ばしたのだった。


(くそっ……頬っぺたが痛え……)


 しかし……一番痛むのは……。

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